『俺達のグレートなキャンプ53 ヤクザと長距離ミニ四駆レース』

海山純平

第53話 ヤクザと長距離ミニ四駆レース

俺達のグレートなキャンプ53 ヤクザと長距離ミニ四駆レース


「おい、今度のキャンプ、めちゃくちゃグレートなアイデア思いついたぞ!」

朝の陽射しが差し込むアパートの一室で、石川が突然立ち上がった。手に持ったコーヒーカップが危険な角度に傾いている。千葉は慌ててティッシュを準備し、富山は既に顔面蒼白だ。

「また何を思いついたんですか...」富山の声には明らかに疲労感が滲んでいる。前回の『ファイヤースティック・ジャベリン大会』の悪夢がフラッシュバックしているのだろう。

「今度は絶対大丈夫だって!」石川の目がギラギラと輝く。まるで獲物を見つけた肉食動物のような輝きだ。「前回とは違うから!」

「あれで隣のテントに火が移りそうになったじゃないですか!管理人さんに三十分も説教されて!」富山の声が一オクターブ高くなる。

「細かいことは気にするな!今回のは安全だ!」石川は胸を張って宣言した。その自信満々な表情に、千葉の好奇心センサーが反応する。「ミニ四駆だからな!」

千葉の瞳が一瞬でキラキラと輝いた。まるでクリスマスプレゼントを前にした子供のようだ。「ミニ四駆!?懐かしい!でもキャンプでミニ四駆って、どうやるんですか?」

石川の口元がニヤリと歪む。これは間違いなく、とんでもないことを思いついた時の表情だ。富山の胃がキリキリと痛み始める。

「それがな...今度行くキャンプ場の近くに、面白そうな人たちがいるんだよ。」

富山の嫌な予感が最高潮に達した。血圧が急上昇し、こめかみがピクピクと痙攣している。「面白そうな人たちって...まさか...」

「ヤクザだ!」

「「えええええええ!?」」富山と千葉の絶叫が近所迷惑レベルで響いた。

翌週末、三人は山間のキャンプ場にいた。石川は相変わらずハイテンションで、大量のミニ四駆パーツを軍事作戦のように几帳面に整理している。テーブルの上には改造パーツがずらりと並び、まるで精密機械の工場のようだ。

「石川さん、本当にヤクザの人たちと会うんですか?」千葉が不安そうに聞く。声が微妙に震えている。

「大丈夫大丈夫!」石川は超音速モーターを磨きながら答える。「この前コンビニで偶然会ったんだけど、めちゃくちゃ良い人たちだったぞ!ミニ四駆の話で三時間も盛り上がっちゃってさ!」

「コンビニでヤクザとミニ四駆談義って...」富山が両手で頭を抱える。現実逃避したくなる気持ちがMAXだ。

そのとき、キャンプ場の砂利道から重厚なエンジン音が響いてきた。黒いベンツが二台、まるで映画のワンシーンのようにゆっくりと進入してくる。フロントガラス越しに見える人影がみんな強面だ。

「おおお!来た来た!」石川が子供のように手をブンブンと振る。

車から降りてきたのは、スーツをビシッと着こなした強面の男性たち。しかし驚くべきことに、彼らの武骨な手には色とりどりのミニ四駆がしっかりと握られていた。そのギャップがシュールすぎる。

「石川の兄ちゃん!」先頭の男性が豪快に笑いながら近づいてくる。スーツの下から覗く刺青と、手に持ったピンクのミニ四駆のコントラストが凄まじい。「組長もミニ四駆の話聞いて、めちゃくちゃ乗り気になっちゃってさ!『昔を思い出すぜ』って目を輝かせてたよ!」

「田中の親分!ありがとうございます!」石川が感激で涙目になっている。

富山が千葉の袖をギュッと引っ張る。指先が冷たくなっている。「ねえ、これ本当に大丈夫なの...?」

「どんなキャンプも一緒にやれば楽しくなる!」千葉は既に完全にその気になって、組員たちのミニ四駆を興味深そうに眺めている。

「それで石川の兄ちゃん、どんなレースをするんだい?」田中組長と呼ばれた男性が興味深そうに身を乗り出す。その真剣な眼差しは、まさに戦いに臨む武士のようだ。

「はい!今回は『長距離ミニ四駆レース』です!」石川が軍隊の隊長のように胸を張って説明し始める。「普通のコースじゃありません!キャンプ場全体を使った、総距離3キロのスーパーコースです!」

「3キロ!?」組員たちがざわめく。その声の大きさに、近くでバーベキューをしていた家族が振り返った。

「川を渡り、山を越え、森を抜ける究極のサバイバル・ミニ四駆レース!」石川の声がどんどん大きくなる。「途中で故障したら、その場で修理!制限時間は3分!最後まで走り抜いた者が勝利です!」

組員の一人が拳を握りしめて興奮する。「親分、これは燃えますね!血が騒ぎます!」

「よし!うちの若い衆も呼ぼう!」田中組長が携帯電話を取り出しながら宣言する。「『緊急招集だ!ミニ四駆を持って山に集合!』って連絡するぞ!」

富山の顔が紙のように白くなる。「緊急招集って...この静かなキャンプ場が...」

千葉は既にミニ四駆を手に取って、目をキラキラさせながら改造を始めていた。「うわあ、これめちゃくちゃ楽しそう!このローラーの角度を変えて...」

30分後、キャンプ場は完全に様変わりしていた。まるで建設現場のような活気に満ちている。組員たちが持参した本格的な工事用具で、あっという間に立派なミニ四駆コースが完成していく。その手際の良さは職人レベルだ。

「親分!川に橋が完成しました!」一人の組員が軍隊の報告のように叫ぶ。

「よし!次は山のトンネルだ!」田中組長が指揮官のように指示を出す。

「ちょっと待ってください!」富山が血相を変えて割って入る。声がかすれている。「トンネルって、勝手に山に穴開けちゃダメでしょう!?環境破壊です!」

「大丈夫だ!」田中組長が力強く胸を叩く。その音が太鼓のように響く。「うちの土建部門のプロがいるからな!環境に配慮した工法で、レース後はちゃんと元に戻すぞ!」

石川も負けじと熱血指導者モードに入る。「森のジグザグコースはもう少し複雑にしよう!」汗をかきながら身振り手振りで説明する。「あと、途中に『ピット・ストップ』も作るぞ!」

「ピット・ストップ?」千葉が首をかしげる。

「そう!故障した時の修理場所!でも、修理時間は3分以内!」石川の目が異様に輝いている。「時間オーバーしたら、その場で組の皆さんが特製ちゃんこ鍋をおごってくれる!」

「それ罰ゲームじゃなくて、ご褒美じゃないですか!」千葉が爆笑しながらツッコむ。

隣接するテントサイトの家族連れが、巨大なミニ四駆コース建設現場を唖然として眺めている。お父さんが小学生の息子の肩に手を置いて、感慨深げに呟く。

「...息子よ、これが大人の本気というものだ...覚えておけ...」

夕方、ついにレースの時がやってきた。夕日がキャンプ場を美しく染める中、参加者たちの熱気が空気を震わせている。石川チーム(石川、千葉、富山)、田中組チーム、そして興味を持った他のキャンパーたち、総勢25名がスタートラインに並んだ。

「それでは!」石川がメガホンを手に高らかに宣言する。「第一回『俺達のグレートなキャンプ場・長距離ミニ四駆グランプリ』を開始します!」

「うおおおおお!」参加者全員の雄叫びが山にこだまする。近くの野鳥が一斉に飛び立った。

富山が小声で呟く。「何この熱量...まるでオリンピックみたい...」

田中組長が拳を天に突き上げて叫ぶ。「行くぞ野郎ども!血で血を洗う戦いだ!」

「血で血を洗うって、ミニ四駆レースですよ!?」富山がツッコむが、もう誰も聞いていない。

ピストルの音が山間に響くと同時に、25台のミニ四駆が一斉にスタート!まるで小さな戦車の大軍団だ。

最初は石川のカスタムマシン「グレート・サンダー号」がトップを走っていた。金色のボディが夕日に輝いて、まさに雷神の化身のようだ。しかし川の橋の手前で、組員の「極道スペシャル」が驚異的なスピードで追い抜いていく。

「親分!極道スペシャルが先頭です!敵を蹴散らしました!」

「よし!だが油断するな!」田中組長が戦場の指揮官のように叫ぶ。「石川の兄ちゃんのマシンはまだ本気を出してないぞ!奴は只者じゃない!」

その頃、千葉の「初心者だけど頑張るぞ号」は序盤からエンジン不調を起こし、第一ピット・ストップで組員たちに囲まれてちゃんこ鍋をご馳走になっていた。湯気がもうもうと立ち上る中、千葉の顔は至福に満ちている。

「これ、めちゃくちゃ美味しいですね!」千葉が満足そうに麺をズルズルとすする。「レースより美味しい!」

「千葉さん、一応レースに参加してるんですけど...」富山が呆れ顔でツッコむ。

「どんなキャンプも一緒にやれば楽しくなる!」千葉はお替わりを要求していた。

レースは森のジグザグコースに突入した。木漏れ日が揺れる中、ここで大波乱が起きる。コースの途中で、参加者たちが自分のマシンと一緒に全力疾走しているのだ。

「あ!グレート・サンダー号が木の根に引っかかった!」石川が必死に並走しながら叫ぶ。汗だくになって、まるで本物のレーサーだ。

「大丈夫だ!まだ終わりじゃない!」石川はマシンを抱え上げて、修理ポイントに向かって全力疾走する。

「極道スペシャルもスピード出し過ぎて、コースアウト!」組員が絶叫しながらマシンを追いかける。「親分!敵の思う壺です!」

「慌てるな!まだ勝負は始まったばかりだ!」田中組長も汗だくになって走り回っている。スーツがシワシワだ。

そんな大混乱の中、富山の地味なマシン「心配だから安全運転号」が着実に順位を上げていく。富山は息を切らしながらも、慎重にマシンの様子を見守っている。

「富山の姉ちゃん、やるじゃないか!」田中組長が感動して叫ぶ。「その慎重さ、見事だ!」

「え、私が...?」富山が驚いて立ち止まる。その隙に安全運転号がさらに前に進む。

「そうだ!安全第一が一番大切だぞ!」組員たちも応援の声を上げる。「姉ちゃん頑張れ!」

隣のテントの家族も、いつの間にか全力で応援に参加していた。お父さんは上半身裸になって、子供たちは手作りの応援旗を振り回している。

「頑張れー!安全運転号ー!」子供たちが声を枯らして叫ぶ。

お母さんも興奮して拍手している。「あら、意外と面白いのね、これ!私も参加したくなっちゃった!」

キャンプ場全体が一つになって、ミニ四駆レースに完全に熱狂していた。夕暮れの空に、みんなの歓声が響き渡る。

最終コーナーで大どんでん返しが起きた。隣のテントの小学生が作った「僕の夏休み号」が、まさかの大穴を突いて先頭に躍り出たのだ。少年は涙と鼻水でグチャグチャになりながら、マシンと一緒に必死に走っている。

「やったあ!僕のマシンが一番!お父さん、見てる!?」少年が飛び跳ねながらゴールイン。

石川が感動で号泣している。「これだよ...これこそが、グレートなキャンプの醍醐味だ...」鼻水も止まらない。

田中組長も目を真っ赤にして泣いている。「良いレースだった...久々に童心に帰れたぜ...」ハンカチで目を拭いている。

富山も心の底から笑顔になっていた。「確かに...楽しかったかも」

千葉は相変わらずちゃんこ鍋のお替わりを要求している。「このキャンプ、最高です!来週もやりましょう!」

夜、キャンプファイヤーを囲んで全員でミニ四駆談義が続いていた。炎が揺れる中、まだ興奮が冷めやらない参加者たちの話し声が途切れることがない。

「次回は海でやってみませんか?」優勝した少年が目をキラキラさせて提案する。

「海!?どうやって!?」みんなが身を乗り出す。

「船にミニ四駆を乗せて、島から島へのリレーレース!」

石川の目が再び危険に輝く。「それだ!それこそグレートだ!」

富山が慌てて止めに入る。「ちょっと待ってください!海は危険です!」

「大丈夫だ!」田中組長が胸を叩く。「うちの漁船部門が全面協力するから!」

「漁船部門って何ですか!?何でもあるんですか!?」

千葉が満腹で寝転がりながら、幸せそうに呟く。「どんなキャンプも一緒にやれば楽しくなるなあ...」

キャンプファイヤーの火が静かに燃え続ける中、新たなグレートなキャンプの計画が既に動き始めているのだった。

翌朝、田中組一同は驚くほど丁寧にキャンプ場を清掃してから帰っていった。ゴミ一つ残さない徹底ぶりに、管理人さんも感動している。

「石川の兄ちゃん、今度は海で待ってるからな!」田中組長が力強く握手する。

「はい!絶対にやりましょう!」石川も熱い握手を返す。

見送りながら、富山が疲れ切った表情で呟く。「結局、また付き合うことになるのね...」

「でも、楽しかったでしょう?」千葉が満足そうに微笑む。

「...まあ、否定はしないけど」富山も小さく笑った。心の奥で、もう次回を楽しみにしている自分がいることに気づいている。

石川が青い空を見上げながら、拳を握りしめて宣言する。「次回、『俺達のグレートなキャンプ54』も、絶対にグレートなキャンプにするぞ!」

「「「おーーー!」」」三人の声が山にこだまして、新たな冒険への序章が始まった。

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『俺達のグレートなキャンプ53 ヤクザと長距離ミニ四駆レース』 海山純平 @umiyama117

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