第5話 【幼い記憶】
執筆者:カズヒ
私が小さかった頃は…。
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「アスター、私と会う前にそんなことがあったんだね…。」
「…なかなか伝えられなくてですね。」
「過去の話を聞いたのなら、私もしなきゃだね。」
「あ、無理して言わなくても大丈夫ですよ。」
「いや、聞いただけじゃ申し訳無いし。」
私は自分の過去の話をした。
施設にいた頃の…。
私は少し裕福な家に生まれた。
父が資産家だったため、普通の家庭より少しお金持ち、というくらい。
豪邸みたいな家ではなかったが、普通の一軒家より一回り広い家に住んでいた。
母は植物学者だった。大学の教授でもあったが、昔に途中でやめたらしく、その後は楽しく植物の研究や世話をしていた。
2人ともすごく優しかった。
父は本を読んでいて知らないことがあれば教えてくれたし、母は一緒にお散歩に行った時によく道端に生えている草木を教えてくれた。
シロツメクサで花冠を作ったりした。
家族で過ごす時間はとてつもなく至福だった。
毎日が楽しい思い出で溢れかえっていた。
そんな日常が徐々に崩れ始めたのは小学生になってからだった。
小学生に上がって、父が暗殺された。
資産家だったからなのか、誰か父を恨んでいたのだろうか。
大好きだった父を亡くして、自分の命が半分削られたような気がした。
「カズヒ、大丈夫。お母さんがいるからね…。」
お母さんは優しい言葉で私をいつも慰めてくれた。
そんな母も翌年、父の元に逝ってしまった。
研究中に蠍に刺され、毒が周り、身体機能がどんどん弱っていき、先週末には亡くなってしまった。
私はまだ8歳だった。
お父さんの弟さんが、あ、叔父が私を施設に入れてくれた。
私は衣食住の面では困らなかったが、施設の中の人間関係が辛かった。
私だけ元が裕福だったからか、皆がそれを妬んだ。
妬みが増して、からかうようになった。
靴が片方無かったり、ノートが盗まれたり、ランドセルが高い場所に置かれていたり、と多々あったが、最初はイタズラかなと思っていた。
しかしある日、亡き両親から誕生日祝いにもらった大切なスケッチブックが、シュレッダーにかけられたのかと思うくらいに破り裂かれていた。
お母さんから教わった水彩画で描かれた草花が紙切れになってしまった。
心にズンッと重い物が乗った。
足がその重さに耐えられなくて、床に手をついた。
視界が潤んでいて、頭はぐるぐる
大粒の涙がこぼれ落ちていった。
顔が痛い。
家族との思い出が裂かれたような気がした。
私の最初の反応が薄くてつまらなかったのか?
相手は悔しがってその結果これに至った?
私が困った感じになればよかったの?
大声で泣きたかったが、迷惑になってしまう。
声を殺して、一晩中泣いた。
その翌日から私は学校に行かなかった。
外にも出たくなかった。
外で遊ぶことが嫌になった。
引きこもるようになった。
心が腐って何もできなくなった。
食べ物が喉を通らなかったが、毎日おにぎりひとつなど何かしら持ってきてくれた
施設の大人の人は優しかった。
学校を一週間休んだ週末は少し心が落ち着いたからか、絵を描き始めた。
勉強も少しできるようになった。
外にも出たかったが、まだ日中は怖かった。
しかし、夕方になると外に出れそうな気がした。
そうだ、今なら行ける気がする、外に出てみよう。
久しぶりに履いたボロボロのスニーカー。
初めて施設をこっそり抜けた。
夕日の日がさして眩しかったが、真昼よりはマシだった。
母とよく行った広場に向かって歩いて行った。
そこには5年前と変わらない景色が広がっていた。安心した。
芝桜の近くに新しくラベンダーが咲いていて、爽やかな香りが増した。
ローズマリーのツンとした匂い、風で靡くエノコログサの音、どれもが心地よかった。
広場の近くにシロツメクサがたくさん生えている小山があり、昔そこでよく冠を作った。
久しぶりに作っていると、誰かの声が聞こえた。
「誰かいるのー?」
誰だろう。わからない。少年?の声?
私じゃないでしょ。そう思い冠を結っていると、
「君、誰?みない顔だね。」
といつの間にか遠くにいた少年が私の隣にいた。
「え、え?」
「さっきまで君に言ってたんだけど。」
「あ、あー、ごめん、ね。」
「全然いいんだけど、どこから来たの?」
「ん、んーと、あ、あそこ、ここから近い施設から来たの。」
「へー。そうなんだ。僕はハルノ。」
「私、カズヒっていうの。」
「カズヒ、僕と友達になってくれる?」
「へ?」
初めてだった。相手から「友達になろう」と言われたのは。
腑抜けた声が出て、私は少し顔を赤らめた。
「い、いいの?私で、いいの?ほんとに?」
「全然、友達、普通に欲しかったし。」
「な、なろ…!む、むしろなりたい!」
「毎日この時間帯には僕いるから。」
「わかった…!」
ハルノ、初めての友達1号だ。
静かで運動音痴だけど、逃げ足はすごく早い。
初めて会った日からよく一緒にシロツメクサの冠を作るようになった。
彼の手先はすごく器用で、私が作るものより、より神秘的?に見えた。
彼の家はものづくり屋さんで、親から裁縫を小さい頃から習ってきたから、裁縫がすごく得意らしい。
いつか習ってみたいなー。
1ヶ月後、私はまた学校に行き始めた。
幼馴染の翠くん(翡方翠、ヒガタスイ)が心配そうに声をかけてくれた。
「カズヒお前大丈夫か?」
「ま、まぁね。とりあえず元気取り戻したし。」
「何かあれば僕に言ってね…?」
「言ったってあんた何かするの?」
「キラキラしたもの分けることしかできまてん…んふ。」
「んふじゃないの。」
「ソーリーですわぁ。」
ふざけ半分の翠くんの頭を軽く叩いた。
ごめんて、と謝ってきたので許した。
学校に1ヶ月も行っていなかったが、勉強の遅れは出ていなかった。
そこが心配で震えながら学校へ朝歩いて行ったが、一安心。
学校に復帰して数ヶ月経ち、台風が襲ってくる秋になった。
ある日、私は朝学校へ行く時、夕方頃に雨が降るかもしれないと思い傘を持って行った。
学校が終わって帰ろうとした時、下駄箱に置いてあった傘が消えていた。
あれ?持ってきたはずなのに。
またあれ?施設の時と同じやつ…?
私は諦めて1人でトボトボ歩いて行った。
他の子は親に迎えに来てもらっていた。
私にはその親が居ない。
1人で歩いて施設まで帰るしかなかった。
スニーカーの色が雨水で濃くなっていた。
ぐちょぐちょしていて元々の色がわからなかった。
雨がランドセルを弾く音と、雨が地面を叩く音が重なって騒音となる。
鼓膜が破れそうだった。
大きな水たまりがたくさんできて、車が通るとバシャバシャと大きな飛沫がかかった。
冷たい。寒い。
ついに寒さで体が麻痺してきた。
重いスニーカーを持ち上げて、歩いていた。
脱げば楽になるかも、そう思って私は裸足でコンクリートを歩いた。
痛みなんてそんなものは私には無かった。
すると、知らない花屋に声をかけられた。
「そこの君。」
え…。私のこと…?
「中に入りなさい…びしょ濡れでしょう。」
私のことか。この道にびしょ濡れの人は私しかいない。
その人は全く赤の他人だったが、のちに血の繋がったような関係になる。
お兄さんは優しかった。
暖かいお風呂に入らせてくれた。
徐々に私の身体は感覚を取り戻した。
お兄さんの家の中は植物でいっぱいだった。
観葉植物が多かった。
「濡れたものを干してくるからそこにある服を着てなさい。」
そう言って二階に上がっていって、私のランドセルを干してくれた。
貸してくれた服は白いフリルがついた可愛いワンピース。
一回り大きかったけれど、裾が床を引き摺らないくらいで、丈はちょうど良かった。
お兄さんが降りてきた後、2人でクッキーを食べた。
サクサクしていて、今まで食べてきたお菓子よりも一番最高に美味しかった。
「自己紹介をしていなかったね…私の名前はアスター。君は…?」
「…カズヒ。」
「カズヒ…か。今日は傘を忘れてしまったのかい…?」
誰かに盗られたのか、消えてしまった…だなんて流石に言えない。
「家に忘れた」と嘘をついた。
「親が心配しているんじゃないかい?休んだら早く帰ったほうがいいよ。」
「…居ない。」
「…はい?」
「私…には親なんて居ない…私の家は…施設だから…。で、でも…施設に友達いなくて…いるとしたら学校の友達しかいなくて…毎日辛くて…。」
私は泣いていた。悩みまで吐いていた。
絶対迷惑をかけただろう。
どうしよう、嫌な思いさせちゃったかな。
焦って顔を上げたら、私はお兄さん、アスターに抱かれていた。
安心させようとしてくれたのか。
頭を撫でてくれた。
まるで父が撫でているように思えた。
「カズヒ…一つ、提案があるんですけど…施設が嫌なのなら、私の家に住みませんか?」
「…え、?いいの?」
「もちろんです。」
私の暗い未来に一筋の光が見えた。
小学校を卒業するまで住まわせてもらおう。
大きくなったらこの恩は必ず返す。
私は自分の心の中で約束のリボンを固く結んだ。
その翌日、私は地獄の施設から解放され、アスターと一緒に住むことになった。
少しずつ私は感情を取り戻してきた。
小学校卒業後、私は寮がある中高一貫の学校に行くことにした。
アスターにこれで迷惑をかけることは無いだろう。
彼は、私にとっては血縁関係外だが、大切な人、家族のようなものだった。
「——そして今に至る…と。」
「ゔ…私がもっとカズヒを知っていたらいじめから救ってあげることができたのに…。」
「いやなんか私よりめっちゃ傷ついてない?大丈夫?」
「…ゔ、だ、大丈夫です…。」
「ちっちゃいサボテン持ってくるから、落ち着いてよね。」
小さなサボテンを持ってくるとアスターはそれを腕で囲んで抱いたまま机に顔を突っ伏した。
相当やられてるなこの人…。
顔が引き攣ったが、すぐ戻した。
「ありがとう、いつか恩を返したい。だから、…これからもよろしくね、お父さん。」
灰色に咲く極彩色 紙ヒコーキ。 @Apricot1245780
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