第4話 【特別な一輪花】

執筆者:アスター

性別:男

極彩色階級:緑


昔亡くした友人に毎日電話をかけている。

非常に寂しがり。

ぶつぶつ独り言を呟いている。

観葉植物と2人暮らし。



(全文抜粋)


———————————————————————————


モノクロの世界になってしまってから数日が経った。

窓から差す日光が眩しい。

植物たちもさぞ喜んでいるだろう。

いつ見ても外は白黒のままだった。

さて、今日も電話をかけますか…。


「…もしもし?私です、…アスター。」


私が電話をかけたって、相手からは何も応答が来ない。

それは私にとっては当たり前のことだった。

なぜならかける相手がいないから。

に電話をかけているからだ。

亡くなってしまった友人は今も元気だろうか。

今日もぶつぶつと独り言を呟いていた。


「…では、また。じゃあね。」


そう言って私は電話を切ろうとした時、カズヒがやってきた。

隣には黒髪の人が立っていた。

なぜか顔に見覚えのある人だった。

ああぁ…。

あの子は殺人私の大切な人を殺した。

私の恋人、いや、婚約者を。

新たな人生を歩む寸前に全てを破壊された。

あの子の名前は…ルイ。ルイだ。

目が漆黒に黒かった。

私はルイを見ただけで、心の奥底から沸々と込み上げるドスグロいものを感じた。

頭痛と吐き気が同時に襲いかかってきた。

思い出したくない、二度と思い出したくない。

あの子の顔を二度と見たくない。

そしてカズヒに悲しい思いをさせたくない。

あの子が彼女に何をするか予測がつかないから怖い。


「…二度とその子を連れてきてはいけません。」


…そう言ってしまった。

2人が出た後、大きな「後悔」が心を押し潰してきた。

私はカズヒを泣かせてしまった。

今までそんなことはなかったのに。

大きな「罪」という目に見えない錘が身体を鈍らせる。

私は何をしてしまったんだ。

手で顔を覆い、溢れ出てくる涙を抑えた。

抑えきれなかった。

足の力がふっと消え、その場所に座り込み身体が崩れ落ちた。


「あぁぁ゛ぁぁぁぁぁぁぁぁぁ゛…」


悲しみと罪悪感がぎゅうぎゅうに詰まった声が絞り出てきた。

涙が止まらない。

あぁ…。ごめん。本当に。

こんな私を許してくれ。

いや、許されることはないのか…。

絶望の淵に立った私はとりあえず椅子に座り、机に顔を伏せた。

落ち着け…。落ち着くんだ…。

すると誰かが入ってきた。

心配そうに入ってきたのはカズヒだった。


「あ、あの…。さ、さっきはごめんなさい…。」


なぜ?なぜ彼女が謝らなくてはならないんだ。

謝らなければならないのは私の方だ。

彼女が泣くのを見るのはいつぶりだろうか。

我が娘を守るかのようにカズヒを抱いた。


「カズヒ…あなたが謝るようなことじゃない…。

謝らなければいけないのは私の方だ。本当にごめんなさい…。」


カズヒはしゃくりあげて泣いていた。

気づけば私は彼女を慰めようと頭を撫でていた。

1時間くらいは泣いていたのかな。



「あ、そういえば今日パウンドケーキを買ったの。一緒に食べない?」

「では、ありがたくいただきます。」


少し気持ちが落ち着いた後に2人で糖分を摂取。

私はこの機にあることを伝えようと決めた。


「カズヒ。」

「何?」

「今から話すことはあなたの人間関係に支障を及ぼすかもしれない、これから先生きていくことがカズヒにとって難しくなってしまうかもしれません。…それでも聞きますか?」

「…うん。大事な事なんでしょ?」


なんていい子に育ったんだ…。

今から話す大切な話、それは私の過去のことだ。



私には好きな人がいた。

彼女の名前はツキミ。

透き通った白い肌に、淡い水色がかった長い髪がよく似合っていた。

彼女の目は雪のように白く、まるで月下美人のようだった。

ゲッカビジンとは、年に一度、満月の日や新月の日に咲くという逸話で

有名な白い花である。

彼女は小柄だったが活発で、自分の意見は真っ直ぐ貫き通すことができる、と私とは正反対な性格だった。

しかしそんな私を彼女は愛してくれた。

私も天真爛漫で笑顔がとびきり可愛い彼女を心から愛していた。

そして私たちは婚約をした。

まぁ、プロポーズをしたのは私の方からだったが…。

彼女は快く受け入れてくれ、翌年には式をあげようと話をしていた。

———だが、悲劇は起きた。


ある日。2人で玄関先の植物に水やりをしていた。

すると少年が横を通りかかった。

そのまま通り過ぎるのだろうか、と思っていたその時だった。

少年は刃物を取り出し、彼女の腹元に突き刺した。

ガツンと頭を殴られたような気がした。

何が起こっているのか理解をすることができなかった。

すぐさま彼女に駆け寄って抱き抱え、少年を突き飛ばした。

少年は突き飛ばされたからか、よろよろと走り去っていった。

彼女に目をやると、腹を押さえて苦しんでいた。

私の顔の血が引いて真っ青になった。


「そのまま…そのまま傷口を押さえていろ!」

「…アスター…」


彼女のかすかな声が聞こえた。


「…なんだい…。」

「…わ…私は…もう…生きる…ことは…難し…。」


ごふっ、と彼女は吐血した。


「無理をするな、止血しないと…。」

「もう…いいかな。」


私は呆然とした。

な、なんて言ったんだ?


「あー…ダメ…かもなぁ…もう…。」


彼女はあははと弱々しく笑った。

もうダメとかじゃないだろ…。

足掻けよ、生きようとしろよ…!

私は涙が溢れ出てきた。


「…なんで…死んじゃ…。」

「…アスター…。」


どんどん彼女の体力が消えていくばかりだった。

彼女は最後の力を振り絞ってこう言った。


「…これから先…また…好きな人ができたら…その人に…とことん、尽くしなさいね…。」

「…そんなこと言うなよ…っ!」

「じゃあ…よろしくね…。大好き…。」


私に伸ばしかけていた彼女の手はだらんと落ち、瞳孔が開いた。

どんどん体温が下がっていき、冷たくなっていく。

彼女は死んだ。

彼女は殺された。

信じられなかった。

なぜだ。

なぜ彼女は死ななくてはならなかったのだ。

なぜ彼女は少年に殺されなくてはならなかったのだ。

なぜ私より早く死ななければならなかったのだ。

あぁ、神様。

なぜ私は殺されなかったのでしょうか。

私を、私を殺せばよかったことだ。

彼女が犠牲になる理由なんて無い。

頭の中はしきりに疑問が浮かび上がっていた。

「なぜ」で埋め尽くされていた。

私はカラスが飛び去っていくほど、大きな声で泣いた。

大粒の涙がどんどんこぼれ落ちていった。

止まらなかった。

愛する人を失ったという現実を受け入れたく無かった。

受け入れ難かった。

私は顔が血まみれになるのを気にせず、冷たくなった彼女の死体を抱き抱えた。


彼女が亡くなった後、私の日常は変化してしまった。

日に日に引き篭もるようになってしまった。

最愛の人を亡くし、心が押し潰されてしまい、もうどうやって生きていけばいいのかわからなかった。

…ついに私は自殺を図ろうとした。

彼女の元に逝きたい。

その気持ちで溢れかえっていた。

何回も何回も自分を殺そうとした。

しかし、思い切ってすることはできなかった。

誰かに止められているような気がして、なかなかできなかった。


土砂降りの雨が久々に降った日、外にある植物を室内に入れようとしていた。

そこにずぶ濡れの少女がいた。

小学校帰りかと思わせる紫色のランドセルを背負っていた。

とぼとぼ歩いている姿が可愛そうに思えてきた。


「そこの君。」

「え…?」


彼女はこちらを見た。


「中に入りなさい…びしょ濡れでしょう。」


彼女は初対面の私に怖がること無く歩いてきた。



彼女は全身びしょ濡れだった。

滝の修行でも行ったのかと思うくらい。

濡れた服を洗濯し、彼女にタオルを渡して拭いてもらった。

彼女は着替えて、ランドセルを開けた。


「あ…。」

「…どうかしましたか?」


覗いてみると、教科書やノートが半分濡れてしまっていた。

洗濯物がある意味増えた気がする。

ランドセルを逆さに干して、中身はドライヤーである程度乾かした。


「ふう…ひと段落ついたので、クッキーでも食べませんか?」

「え!クッキー私好きだよ!食べる!」


休憩がてら、2人でおやつを食べた。


「自己紹介をしていなかったね…。私の名前はアスター。君は…?」

「…カズヒ。」

「カズヒ、か。今日は傘を忘れてしまった…のですか…?。」

「うん…。おうちに忘れてきちゃって…。」

「…ちょっとしたら早く帰らないと、家族が心配しますよ。」

「…帰りたくない…。」


すると彼女は俯いてしまった。

「家族」というワードが彼女に何か引っかかってしまったのか…。


「私、家族、いないの。」

「…っ、そうなんだ…。」

「家族はいなくなっちゃって、私は施設に入ったの…。でもっ…施設でのお友達、いなくて、いるって言ったら学校の友達しかいない…から…っ。」


彼女は泣いてしまった。

私はあまり幼い子どもの面倒を見たことがないので慌ててしまった。

何をすればいいのか。

そもそもこんな話をしなければ…。

どうにかして慰めようと、考えた結果、私はカズヒを抱いた。

きっと彼女も内心びっくりしているだろう。

いきなり知らない人に抱かれたなんて、セクハラになってもおかしくない。

本当に申し訳なかった。


「大丈夫…。泣かないで…。」

「えぐっ…う…。」


気がつくとなぜか泣き止んでいた。

私が行ったことはあっていた…のか?

彼女が泣き止んで、心が落ち着いた後、私は決心した。

彼女は私が面倒を見ると。

家族がいないのなら、私がその代わりになる、と。


「ねぇ…、カズヒ。いい提案があるのですが…。」

「なにぃ?」

「施設が嫌なのなら、私の家に住みませんか?」

「えっ、い、いいの…?」

「もちろんです。」

「え、あ、ありがと…!」


翌日、私はカズヒがいる施設に行き、彼女を引き取らせてほしいと話をしたところ、了承を得ることができた。

カズヒは自分の荷物持って施設から出てきた。


「おかえり、カズヒ。」

「…ただいま!」



「…そんなことがあったんだ…私と会う前に。」

「心が壊れかけてた私にとってはあなたは私の生きる理由を教えてくれたんですよ。」

「そう?ならよかった…のかな…あはは。」


一切れのパウンドケーキの最後の一口を食べてカズヒは紅茶のおかわりを淹れに行った。

私は棚に飾ってある自分が若い頃の写真を眺めた。

そこには彼女、ツキミの太陽のような笑顔が一緒に写っていた。

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