迷子救いの、様々な出会い

第3話 私は、“何か”に救われた。(30代男性・会社員)

──1972年11月5日。


 私は、深緑山しんりょくざんに登山に来ていた。連日の仕事に疲れ、真紅に染まる自然を見に来たのだ。


──とはいっても、あいにくの霧で、視界はほとんどなかった。


 それでも、山頂まで登れば、きっといい景色が望める。そう思いながら、ひたすら歩き続けていた。



 ──おかしい。

 地面が舗装されていない。落ち葉は濡れ、足元がぬかるんできている。


 どうやら、標識を見落とし、登山道から外れてしまったらしい。


 こうなってしまうと、地図も方位磁針も、あまりあてにならない。早く戻らねば──そう思い、来た道を引き返そうとした、その時。




 ズルッ⋯

 足を踏み外した。


「っつ⋯!いてッ⋯」

 足をひねり、反射的に地面に手をついた。



「⋯大丈夫?」


 霧の中から、小さな声が聞こえた。


 顔を上げると、霧の向こうに、カンカン帽をかぶった背の小さな少女が立っていた。年の頃は、10代ほどだろうか。不思議と、少女がそこにいることをおかしくは感じなかった。


「道に、迷っちゃったんだね。」少女が私に近づきながら言う。


「⋯あ、あぁ。でも、どうしてそれを?」


「わかるよ。困ってたもの。」


 よく見ると──少女の背に、白い羽のようなものが生えている...ように見えた。しかも、手には棒を持っている...?


 いや、霧のせいかもしれない。目の錯覚だ。


「大丈夫。ついてきて」

 少女は、やさしくそう言って、ふわりと歩き出した。


 なぜか、その声と姿に安心感を覚えた。ほかに頼れるものもなかった私は、迷わずその背を追いかけることにした。


 しばらく、少女の隣を歩いていると、



「崖が近いから、ゆっくりでいいよ」

「⋯ここ、気をつけて。狭いよ」


 ──ん?

 今、声が二重に聞こえたような...。


 気づけば、私の横には、白い服の少女と、濃紺の服の少女、ふたりがいた。

 濃紺の服の少女の背にも羽が生えている...それも、今度は黒い羽だった。白い羽の少女と同じく、棒も持っている。


「君たちは、一体⋯?」

 私がそう尋ねると、ふたりは同時に、そして静かに答えた。


「⋯気にしないで。すぐ戻れるから。」


 不思議に思いながらも、私はふたりについて歩いた。





「ここから、さっきの道へ出られるよ。」


 夢中で歩いているうちに、気がつけば元の登山道へ戻っていた。

「あ⋯ありがとう。ここまで、連れてきてくれて。」


「⋯この先も、気をつけてね。」

「無事に戻れて、よかった。」



「⋯ねえ、あんまり、がんばりすぎないでね。」

白い服の少女が、ふと口にした。



「⋯え?」私が立ち止まって振り返ると、少女は微笑んで言った。




「今日、君がここに来た理由⋯たぶん、私たち、ちょっとだけ分かる気がするの。」


「⋯この山は、休みに来る場所でもあるから。」


 それだけ言うと、ふたりは静かに霧の向こうへ消えていった。

 私の胸の中には、さっきよりも少しだけ、軽くなったものが残っていた。



 その後、私は無事に山頂までたどり着くことができた。





 あのふたりは、一体なんだったのか。今でも分からない。


 あの時、少女たちがそれぞれ持っていた棒のようなもの。  どこかで見たことのある形だと思っていたが──あれは、道路標識に似ていたのかもしれない。


⋯まさか、そんなはずはないが。



 そもそも、本当に少女に出会ったのかさえ曖昧だ。



──だが確かに、私を助けてくれた存在がいた。 それだけは、今もはっきりと覚えている。

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霧の山の、迷子救い。 せーかい @Seeeeeekaaaaaai

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