第27話「春を越えて」

 冬の空気は、まだ肌に冷たさを残している。

 校庭の隅では、枯れかけた花壇にぽつぽつと新芽が顔を出し始めていた。


 心菜は放課後の部室に一人残り、机の上に札を広げていた。

 大会で使った札。指先に触れるたび、そのときの息遣いや、畳を打つ音が鮮やかによみがえる。

 ――悔しさも、誇らしさも、全部、ここにある。


 窓の外から、夕暮れの光が差し込む。

 やわらかな茜色が、札の金色の縁を優しく照らした。


 背後からドアが開く音がした。

「やっぱり、いると思った」

 振り向くと愛花と実結が立っていた。二人とも部活帰りの格好で、息が少し弾んでいる。

「何してるの?」

「……ちょっと、札と話してた」

 心菜が笑うと、愛花も実結も同じように笑った。


 三人で机を囲み、札を片付ける。

 その動作の中に、次の戦いに向けた小さな決意が芽生えていた。


 外に出ると、校門の向こうに細い月が浮かんでいた。

 冬を越えて、春がやってくる――。

 新しい舞台が、確かにそこに待っている。

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この一枚の札に、思いを込めて 天音おとは @otonohanenoshizuku

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