ひとつの可能性

 うっすらと目を開けると、見慣れた天井が見えた。

 続いて、お母さんの顔。

 心配していたであろう顔がほころんで、嬉しそうに見える。どこか悲しそうにも。


「おかあ、さん。私……」


 どうやらベッドに寝かされているだろう私は、体を起こそうとする。

 お母さんはそれを制すると、私に覆いかぶさるようにして抱きしめてきた。

 重さも圧迫も感じないほどに、とても優しく。


「ばか。二度と、あんなことしないで」


 あんなこと。


 あんなことって、何したっけ。


 ああ、そうだ。たしか私はあの山の山頂に、摘めば死ぬ花を取りに行って。


 摘めば、死ぬ。


 どうして、私は生きているんだろう。



 快復には少し時間がかかった。

 その間訪れていた、村の歴史と山の薬に詳しい医者のような人が私が助かった理由を推測し教えてくれた。


 ひとつは、私があの花の毒に対して人より耐性が強かったであろうということ。


 もうひとつは、あの花の毒は空気に弱いということ。

 空気に紛れて薄れていってしまうなんて話ではなくて、空気が毒を中和してくれるほどの効力を持つようだ。

 私は毒が及ぶ範囲から逃れて、新鮮な空気を体内に多く取り込めたのが幸いしたらしい。


 空気が解毒剤になることは分かっていたけれど、花を摘んだあとで毒が及ばない範囲まで降りて来たなんてのは前代未聞とのことだった。

 運がよかっただけで、二度としてはいけないと言われた。


 それはお母さんも言っていたけれど、もしものときはまたしてしまうんじゃないかなと思う。そのときは、ごめんなさい。

 でも、ひとつの『もしも』はきっと遠ざけたから。



 あの花の効能は本当だった。

 花から作った薬は、彼の体を健康なものへと変えていった。

 私の快復から少し遅れて、もう外を歩けるくらいに。


「君には、本当になんてお礼を言ったらいいのか」


 彼が申し訳なさそうに言う。


「私がそうしたかっただけだもの。お礼なんていらないわ」


 そう、あれは私のためでもあった。彼を失いたくないという。


「それでも、ありがとう。でも、もう僕のために自分の命を捨てるようなことはしないでほしい」


 はぁ。また、か。まったく、みんなで同じようなことを。


「だったら、元気でいてよね」


 本当にそうだ。元気でいてくれさえすれば、あの花を摘みにいくことなんてないんだから。


「うん」


 少し弱々しい返事だけれど、まぁよしとしてあげよう。病み上がりだからね。


「これからは、あなたの話も聞かせてよね。ひとりで一方的に話すのって、ちょっと寂しいんだから」


「うん。君が僕の世界を広げてくれたから、これからはきっと話せると思う。聞いてくれると嬉しい」


 よろしい。


「約束だよ。じゃあ、私そろそろ行くね」


「今日はどこへ?」


 そう尋ねる彼に、私は笑顔で応える。


「決まっているでしょ」


 そう、決まっている。


「お花を摘みに行くの」



 花を摘むのが大好きだった。


 これからは、もっともっと好きになる。


 大好きで大切なあなたと、二人で生きていけるから。

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花摘む少女 成野淳司 @J-NARUNO

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