ペンQ

白川津 中々

 クラスにP君と呼ばれている男子がいる。

 彼はすこぶる頭が悪い。あだ名の由来もその愚図っぷりに由来するもので、英語の時間「ありがとうはなんというでしょう」という質問に対し「ペンQ」と答えたからである。当初はそのままペンQ。あるいはペンなどと呼称されていたのだが、それが縮まりPとなったのだ。

P君のクソ馬鹿エピソードは枚挙に暇がなく、個人的に好きなのが自転車で暴走し崖から転落した話である。初めて聞いた時は本当の馬鹿とはこういう奴なのかと、思わず膝を叩いたものだった。


 それほどの特異性を持っているためか、P君はよく級友に揶揄われていた。ズボンを下ろされたりチョークを食わされたりと令和の時代においては完全アウトな事案の渦中にいたわけだがどういうわけか怒りもせず笑って済ますばかり。それ故に悪童どもの悪戯はどんどん過激になっていくのだが、つい先日、一線を越えてしまう事態となった。一部の悪童が、P君の後頭部に向かって金属バットでのフルスイングを敢行したのだ。


 さすがにこれはまずい。


 案の定、倒れて動かなくなったP君。実行犯は顔面蒼白「お前がやれって言ったんだろう」というゴミカスムーブが始まり責任を押し付け合う中、しばらくたった後にむくりとP君が動き出した。これには皆一安心。悪童たちも「大袈裟なんだよ」と軽口を吐く余裕が生まれていた。


 さて、ここで終われば子供の危険な笑い話の一つとなっていたのだがそういうわけにはいかなかった。こういう時、いつもP君の顔には笑顔が宿っていたのがそれがない。それどころか、人相があまりに悪魔的であり、禍々しい目つきをしていたのである。一瞬怒ったのかと思ったが、違う。まるで別の人格になったような、そんな変貌ぶりであった。そして、変わったのは顔だけではなかった。


「おい、俺の事P君って言ってるけどよ。PってなんのPだ?」


 悪童に向かってそう尋ねるP君の声は非常に重々しかった。初めてどすの効いた声というのを聞いたかもしれない。その迫力に、詰め寄られた悪童は震えて言葉を発せないでいた。


「なんのPかって聞いてんだよ。なぁ?」


「ぺ、ペンQの、P……」


 ようやく口が開いて出た答えに、P君はこう告げた。


「不正解だ」


 瞬間、爆竹が弾けたような音が響くと同時に、悪童が血をまき散らしながら壁に激突した。頬には赤くクッキリと手形の跡があった。平手一発で、人一人を吹き飛ばしたのである。


「Pはなぁ……ペインのPなんだよぉ……!」


 P君がそう口にすると、一間置いて悲鳴が響く。しかしそんなもの意に介さずに彼は言葉を続ける。



「今まで散々人に対して好き勝手してくれたな? 悪いがその借り、今返させてもらう」


 言うや否や、飛び跳ねたり駆けまわったりしながら次々と級友たちをちぎっては投げ、殴打し、失神させていく。明らかにまずい。下手をしたら地方紙やローカル局で報道されかねない惨状である。逆にいえば動画に収めてSNSに掲載すればバズる可能性があるという事。空前のシャッターチャンスにスマートフォンを構え、撮影! 同時にフラッシュ! しくじった! 撮影モードがカメラになっていた! そしてそのフラッシュに気を取られたのか、P君は自身がフルスイングを受けたバットを踏んでしまい転倒。即座に起き上がり俺の方を見る。終わったと思った。


 しかし、P君はいつもの間抜けた声で「えぇ~なにこれ~」と驚いている様子。悪魔のような顔つきも一変、カバを彷彿とさせる温和なものとなっていた。


 かくして大惨事に終止符が打たれた。以来、P君は本名である「高田君」と呼ばれ皆から畏怖される存在となった。揶揄われる事のなくなったP君は「最近皆が冷たいなぁ」というようにぼやいている。


 さて、彼が突然暴れ出したのは頭を打った結果という事で見解の一致をみせたのだが、僕はあの悪鬼のような姿こそがP君の本当の人格なのではないかと思わずにはいられなかった。


“警官、少年に襲われ重体”


 これはP君が崖から落ちた日に起こった事件の見出しなのだが、この記事に書かれた少年の特徴が、P君とズバリ一致するのだ。

 もし、彼が暴行を働いた後、逃走のために崖を下ったのだとしたら。その際に頭を強打して今のような性格になったのだとしたら。


 想像すると、P君のあの凶悪な表情が脳裏に浮かんだ。

 この話は誰にも、殊更P君の前では絶対にしないでおこうと、僕は心に決めていた。彼には、ずっとカバさんのような、優しく、鈍重そうなままに生きていてほしいからである。決して、あのフラッシュの復讐を受けたくないからとかそういった理由からではない。そう、断じて、断じて……

  

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ペンQ 白川津 中々 @taka1212384

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