〈短編〉陽だまりのささやき

夕砂

陽だまりのささやき




 一人で過ごす時間が、好きなはずだった。


 だけど、たまに胸の奥がざわつくのは——

 それが“独り”になってしまう瞬間を、どこかで恐れているからかもしれない。


 誰かといるのが心地いいのに、

 ふと距離を置きたくなったり、返信を後回しにしてしまったり。

 そんな小さなわがままが、最近少しだけ増えてきた。


 平日の午後四時。

 読みかけの文庫を開いては閉じて、私はまた、アイスティーの氷をカランと鳴らした。


 LINEの通知欄には、まだ返事をしていないメッセージがひとつだけ。


「ひま?久々にあそぼうよ」


 そう誘ってくれたのは、同じ大学の友達。


 同じ学部で、同じゼミにいる子。

 空きコマに一緒に課題をしたり、駅までの道を他愛もない話で笑いながら歩いたり、そんな風に気づけば隣にいることが多い友達だった。


 でも最近は、

「また今度でもいいかな」って、そう思ってしまうことが増えていた。


 予定があるわけじゃないのに、なんとなく一人でいたくて、返信を保留したままにしたり。


 本当は会えばいつも通り笑い合えるのに、

 その“一歩”を出すのが少しだけ億劫な日って、ある。


 そんな気持ちを持ったまま会うのが申し訳なくて、

 つい「今日はちょっと無理かも」と返した。

 本当は、何の予定もなかったのに。


 罪悪感は、少しあとからやってくる。

 こうして一人で静かな喫茶店にいると、ふと、自分の断り方が冷たすぎた気がしてくる。


 隣の席では、落ち着いた雰囲気の女性がパソコンに向かっていた。

 アイコンのないシンプルなブログエディタが開いていて、

 その光がぼんやりとテーブルを照らしていた。


 画面に向かう彼女の横顔は、どこか懐かしいものを思い出しているようだった。


 ゆっくりと言葉を探すように、指先がキーを叩くたびに静かな時間が流れていく。

 その表情に、誰かを思い出している気配がほんの少しだけ滲んでいた。


 恋人にメッセージでも書いてるのかな……。

 ふと、そんなことを考えた。



 しばらくして、彼女のスマホが鳴った。


 バッグからそれを取り出すと、彼女は静かに立ち上がり、店の外へと出ていった。


 パソコンの画面は開いたままで、目の端にちらりと文字が映った。


 視線を戻そうとしたけれど、どうしても、そこに打ち込まれていた言葉から目が離せなかった。



 "気づけば、友達と会うのもずいぶん減った。

 お互いやるべきことに追われて、時間を合わせることすら難しくなる。

 今日みたいに静かな午後に、ふと思う。

 好きなだけ笑って、しょうもない話で盛り上がっていたあの頃が、

 どれほど贅沢で、幸せだったのかって"



 知らない誰かの文章なのに、

 まるで未来の私が書いたみたいに感じてしまった。


 きっとこの人は、ちゃんと大切にしてきたんだ。

 そう思ったら、自分が少しだけ情けなくなった。




 私はスマホを取り出し、さっき断ったばかりの友達とのトーク画面を見つめた。


 そして、指を動かす。


「ごめん、やっぱり今日遊ばない?

 急に会いたくなっちゃった。

 おごるから許して笑」


 送信すると、すぐに“既読”のマークがついた。

 数秒後、「おっけー笑」と返事が届く。


 その文字を見たとき、

 さっきまで胸の奥にあったもやもやが、少しだけ軽くなった気がした。


 店の外に出ると、日が少しだけ傾いていた。

 街のあちこちにできた影が、すこしずつ長くのびてゆく。


 一人でいる時間も、もちろん大事。

 でも、誰かと過ごせる時間は、

 思っているよりずっと、あたたかくて、尊いものなのかもしれない。


 なんでもない午後の光が、

 私の中に、そっと陽だまりをつくっていた。






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