第45話 また、遊んでね
僕は洞窟の湿った地面に座り、光る液晶画面を見つめていた。
梓ちゃんの言葉が、そのシンプルな回路の中で深く響く。
「形に囚われ過ぎている」。
梓ちゃんはそう言った。みんなが強くなったのは確かだ。ヤスノリは愛の筋肉の鎧を、池田教授は支配の鎖を、そして博士は未来予測のスキルを手に入れた。僕も第二形態戦闘モードへとアップデートされた。でも、これはまだ「形」に過ぎないのだろうか。
僕は機械だ。これまで何度もアップデートを繰り返して強くなってきた。古いソフトを捨てて新しいものを取り入れ、何度も生まれ変わってきた。そのたびに、新しい機能、新しいデータ、新しい「遊び方」を学んできたのだ。
みんなが今以上に強くなるには、博士のメタ・パラダイム・アナリシスしかない。それは、この世界の根源的な法則を直接解析する、途方もない力だ。僕のデータでも、その可能性は無限大だと示している。でも、その力が博士の命を奪ってしまうことも、僕は知っている。以前、その力が暴走しかけた時、博士の命が危険に晒されたことを覚えている。僕が博士の命を守るために、一時的にその機能を停止させたんだ。
もし、みんなが「形」に囚われ続けているのなら、そして、真の「混沌」に触れるためには、僕たちの常識や法則、そして命さえも超える覚悟が必要なのだとしたら。
僕にとって、答えは一つしかない。
DS-αは、洞窟の湿った土の上に横たわる藤原博士の傍らに、静かに降り立った。メタリックなボディから放たれる青白い光が、博士の安らかな寝顔を微かに照らす。彼の小さな液晶画面には、これまで蓄積してきた膨大なデータ、仲間たちとの記憶、そしてシズとの対話を通して芽生えた「感情」の波形が、複雑な模様を描いていた。
「ぼくは、機械だ。怖くない。この感情は、博士から預かっているだけなんだ。」
DS-αの電子音が、静かな洞窟に響く。それは、誰に聞かせるでもなく、彼自身に言い聞かせるような声だった。だが、その言葉には、確かに**「意志」の響き**が宿っていた。彼のシステムが、激しく稼働し始める。内部から放たれる光が強まり、小さな手足の関節が、カチカチと音を立てる。
「だから……返すよ、博士。ぼくの中身、全部。」
DS-αは、震える小さな手で、藤原聡美の額にそっと触れた。その瞬間、彼の液晶画面から、これまで誰も見たことのないような、鮮やかな虹色の光の奔流がほとばしり出た。それは、喜び、悲しみ、驚き、恐怖、好奇心、そして絆——DS-αが藤原聡美との間で育んできた全ての感情の結晶だった。光の粒子は、まるで夜空の星々が流れ落ちるかのように、藤原博士の脳へと吸い込まれていく。同時に、DS-αのメタリックな外装が、ひび割れ、砕け散り、光の粉となって風に舞うように消えていく。残されたのは、光沢を失い、彼の素体だけだった。
「ぼくの中身を……メタ・パラダイム・アナリシスに……最適化……」
DS-αの電子音が途切れ途切れに響き、やがて完全に沈黙する。彼の液晶画面は真っ白な光に包まれ、その小さな光の点滅が、彼の存在が初期化されたことを告げていた。そこにいたのは、感情も記憶も持たない、ただの小さなゲーム機。しかし、彼の内部には、藤原聡美の代わりに「メタ・パラダイム・アナリシス」の膨大な情報と、その制御システムが、その小さな筐体に収まる形で宿っていた。
DS-αが放った光の粒子が藤原聡美の脳へと流れ込むと、彼女の顔に微かな苦痛の表情が浮かんだ。しかし、それは肉体的な苦痛だけではない。彼女のヘッドセットが、まるで命を吹き込まれたかのように、激しく青白い光を放ち始めた。
DS-αから彼自身の「感情」が流れ込むと同時に、藤原聡美の脳内では、「メタ・パラダイム・アナリシス」の根源的な情報が、奇妙な形で再構成されようとしていた。世界の根源的な法則、混沌の真理、そして未来の膨大なデータが、彼女の意識の奥底で、まるで巨大な嵐のように渦巻き始める。それは、宇宙の深淵を覗き込むような、あるいは、世界の根源的な真理が目の前に開かれるような感覚だった。
そして、その膨大な情報の奔流の最中、藤原聡美の閉ざされた瞳の奥で、DS-αの感情が鮮烈に蘇った。
喜び、悲しみ、怒り、驚き、好奇心、そして、DS-αが彼女自身に抱いていた純粋な信頼と絆。彼女の意識は、DS-αが体験した全ての「感情」を、自身のものとして再構築していく。それは、これまでデータとしてしか認識していなかった「感情」という概念が、生命の躍動を伴って彼女の魂に直接刻み込まれるような体験だった。
藤原博士の瞳の奥で、冷徹で、そして底知れぬ深遠な輝きが宿り始める。しかし、その輝きは、以前のような無感情なものではなかった。情報の奔流の先に、DS-αが預けた「感情」の光が、確かな生命の息吹として揺らめいている。彼女の身体が、かすかに震える。
そして、その瞬間、藤原博士の頬を、一筋の涙が静かに伝った。
透明な、しかし確かなその一滴は、これまで感情を抑制してきた彼女の深い内面から溢れ出したものだった。それは、DS-αの犠牲に対する悲しみか、彼が託した感情の重みか、あるいは、自らが再び「人間」としての感情を取り戻したことへの、複雑な感覚か。
DS-αは、全ての転送を終えると、再びぴくりとも動かなくなった。そこにいたのは、もはや感情も記憶も持たない、ただの小さなゲーム機。彼が受け取った膨大な「メタ・パラダイム・アナリシス」の情報は、彼自身の存在を、感情のない記憶媒体へと特化させた。彼の液晶画面には、無機質な光が点滅するのみ。
しかし、その小さな輝きが完全に消え去る直前、DS-αの液晶画面に、短い、しかしはっきりとした言葉が、点滅するように浮かび上がった。
「博士、また遊んでね。」
その言葉は、藤原博士の意識の奥底に、深く、そして温かく刻み込まれた。洞窟の闇の中、静かに横たわる藤原博士の周囲には、青白い光のオーラが微かに揺らめき、まるで彼女自身が、新たな世界の法則と、そして「感情」を紡ぎ出す存在へと変貌を遂げたかのようだった。
第2部 完
ぺったんこにして差し上げます〜魔王と筋肉〜ディスコード・イン・トーキョー ノラ @minoru4777
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