40話「相談」

昼下がりの陽光がカーテンの隙間から柔らかく差し込み、眞白の部屋に淡い光を落としていた。


 テーブルの上には、湯気を立てるティーカップと焼き菓子の皿。

 

 眞白と結衣は隣同士。その前に雛が腰掛けようとしている。


 静かな空気の中に、三人分の息遣いが溶けていく。


「今日はありがとう……眞白。結衣も」


 雛が小さく息を吐きながら、床に腰を下ろした。


 その姿勢には、どこか緊張と覚悟が入り混じっている。


「大丈夫ですよ」


 眞白は静かに微笑み、湯気の立つ紅茶が入ったティーカップを雛の前にそっと置いた。


 細い指先が、白い陶器の取っ手に触れ、香りをそっと空気に溶かす。


 その仕草は、どこまでも穏やかで、まるで相手の緊張を吸い取ってしまうような柔らかさだった。


「それより――相談したいことって?」


 穏やかに問う声に、雛はわずかに肩を揺らす。


 そのとき、眞白の隣にいた結衣が、心配そうに眉を寄せた。


「わ、私もいていいのかな? なんか……お邪魔してる気がして」


 その小声に、雛はすぐ首を振り、唇を小さく動かす。


「……私が呼んだから。結衣もいてほしい」


「うん!」


 結衣は一気に表情を明るくして、ぱっと花が開くように笑った。


 結衣が不安そうに視線を揺らすと、雛は静かに首を振った。


「……私が呼んだから。結衣もいてほしい」


「うん!」


 結衣は一気に表情を明るくし、笑顔を弾けさせる。


 眞白の部屋に集まるのはこれが初めてだが、温かな雰囲気が三人の間に流れていた。


 この小さな集いは――雛の相談を聞くための時間だった。


 雛はしばらく指先を絡めて黙っていたが、やがて意を決したように顔を上げる。


 瞳が真剣に揺れ、唇がわずかに震えた。


「それで……本題なんだけど。國木田くんのことで……相談があって……」


「!!?」


 眞白と結衣が、ほとんど同時に反応した。

 驚きの表情が二人の間で行き来する。

 目が合った瞬間、「まさか……!」と無言で伝わる。

 結衣が口を半開きにしたまま固まり、眞白は思わず紅茶を口に運びかけて止まった。


 しかし、雛の表情は真剣そのもので、冗談を言っている様子ではない。

 彼女は何かを決意したように、両手を膝の上で握りしめ、俯いた。


「く、國木田さんがどうしたんですか?」

 眞白が静かに促す。

 その声の柔らかさに、結衣も慌てて口を開いた。


「そ、そうそう! 國木田がどうしたの!?」


 雛は一瞬、視線を逸らした。

 カーテン越しに差し込む光が、頬を淡く照らす。

 彼女の肩が小さく上下し、息を整える音が微かに聞こえた。


 そして――その唇が、ためらいがちに開かれる。


「く、國木田くんって……私のこと、気になってるのかな……?」


 その声は震えていたが、不思議とまっすぐだった。


 空気が一瞬で止まり、眞白も結衣も言葉を失う。


 頬を染めた雛の顔が午後の光の中で少し儚げに見えた。


 長いまつげの影が頬をかすめ、視線はどこか遠くに向いている。


「ど、どうしてそう思ったんですか?」


「そ、そうそう! どうしてそう思ったの?」


 二人の声が、緊張と興奮を孕んで重なった。


 雛は小さく息を吸い、指先を絡め直した。


「あの日……みんなで初めて遊んだ日から、國木田くん……よく私を誘ってくれるようになったの……勉強会とか、放課後の寄り道とか……。最初は、偶然かなって思ってたんだけど……なんでだろうって考えるうちに――」


 言葉の途中で、彼女の声が少し震える。

 記憶を辿るように、雛の視線がふっと宙を泳いだ。


「その……気づいたら、頭の中で國木田くんのことを考えてる時間が増えてて……」


 最後の言葉は、まるで自分の心の奥を覗き込むような小さな声だった。


 頬に広がる赤みは、羞恥とともに、どこか温かい色をしている。


 眞白はその様子を、静かに見つめながら紅茶を一口含んだ。


 淡い香りが喉を通り抜ける。


 ――雛の中に芽生えた感情。それはきっと、彼女自身がまだ完全には認めきれていない“恋”の輪郭だ。


 けれど、眞白は心の中でそっと思う。


 國木田さんの気持ちは、きっともう雛に届き始めている。


 でも――今、彼女に必要なのは“誰かの答え”じゃない。自分で見つける“想いの形”だ。


雛は、國木田さんとどうなりたいのですか?」


 その問いは、やわらかい口調だった。だが、それでいて逃げ場のない真っ直ぐさを帯びていた。


 雛の肩がぴくりと揺れ、瞬間、指先がわずかに強張る。


 彼女の目がゆっくりと眞白を向いたとき、そこには揺れる戸惑いと、微かな期待が混じっていた。


「え……?」


 雛の声は小さく、頼りなく空気に溶けた。


 眞白の瞳はやさしく微笑みを含みながらも、その奥底には確かな芯が宿っている。


 その目を見た瞬間、雛は悟った――この問いは逃げられない。



「雛が感じていることは、とても大切な気持ちだと思います」


 眞白の声は、静かに、しかし一語一語を丁寧に紡いでいく。

 その口調には、同情でも憐れみでもない、“理解”の温度があった。


「でも……このまま國木田さんの心を、想いを私が伝えるのは違うと思うんです。彼の気持ちは、もう行動で雛に届いているはずです。なら、次は――雛がどう在りたいのか。その気持ちを、行動で彼に返してあげてください」


 眞白はそこで言葉を切り、ほんの少し微笑んだ。


 その表情には、経験からにじみ出るような落ち着きがあった。


「そうすれば、きっと……雛が本当に知りたかった答えも見えてくると思いますよ」


「……っ」


 雛は小さく息を呑んだ。


 心臓がひとつ、静かに跳ねる音が聞こえた気がした。


 そのまま視線を下げ、雛は自分の胸を見つめる。


 ――眞白の言葉が、胸の奥に、ゆっくりと沁み込んでいく。

 それはまるで、冬に凍えた心に、春の陽が差し込むような感覚だった。


 ふいに、雛の中に思い出の断片が浮かび始める。


 ――ボウリングで、彼とともに喜んだとき。


 ――苦手な数学を教わって、うまくできたときに見せてくれた、あの照れた笑顔。


 ――海で、自分の身を挺してまで私の身を守ってくれたこと。


 どれもが、心の奥に小さな灯のようにともっている。


 國木田涼真という存在が、静かに、でも確実に自分の中に根づいていたことを――今、ようやく理解する。


 雛の唇が、震えながらも動いた。


「……私は、國木田くんのことが気になってる……だから、彼の私に対する行動の全てが気になって……二人に聞こうと思ったの。ありがとう、眞白。私の気持ちは……彼に、ちゃんと伝えていくようにする……」


 その言葉を聞いた瞬間、眞白の表情がやわらかくほどけた。


 同時に、結衣が小さく手を叩いて声を弾ませる。


「眞白ちゃんの話を聞いてて、私もそう思った! 雛ちゃんが自分の気持ちに気づけてよかったよ」


 結衣の声は、太陽みたいに明るかった。


 雛の頬に残る赤みが、その光を受けてさらに温かみを帯びる。


「ありがとう……二人とも。頑張ってみるね」


「うん!」


「はい」


 三人の笑顔が交わり、空気がゆるやかに流れていく。


 窓の外では、橙に染まり始めた陽光がゆっくりと傾いていた。

 時計の針は午後四時を指し、部屋の空気が少しずつ夕方の匂いを帯びていく。


 眞白は立ち上がり、二人のマグカップを片づけると、先導するように部屋の玄関を開けて外に向かいつつ二人に話しかける。


「マンションの玄関まで送りますね」


「ありがとう。眞白」


「眞白ちゃん、邪魔しました~」


 雛と結衣が並んで立ち上がり、靴を履こうとした――そのときだった。


 エレベーターの方から、何やら騒がしい声が響いてくる。

 金属の扉が開く音。続いて、少し慌てた男の声。


「だから暴れるなって、ミゾレ!ったく、佐々木さんもいくら俺のマンションがペットOKだからって急すぎ……」


 その声に、眞白は思わず顔を向けた。


 そして次の瞬間、エレベーターの方から現れたのは――猫を抱えた咲真だった。


「あ、眞白! ちょうどよかった、ちょっと手伝っ……」


 言葉の途中で、彼の動きが止まる。


 視線が、眞白の背後――靴を履き終えて玄関から出てきた二人の少女へと向かった。


「……あ」


 空気が一瞬で凍りつく。


 咲真の腕の中で、白い猫――ミゾレが「ニャア」と間の抜けた声を上げた。


 その鳴き声だけが、張り詰めた静寂を滑っていく。


「え……?」


 雛と結衣の表情が、一瞬で固まる。


 次いで、ゆっくりと“問い詰めるような視線”に変わっていく。


 眞白と咲真は同時に顔を引きつらせ、互いに目を合わせた。

 

「これは……どういうこと(……)?」


 雛と結衣の声が、完璧に重なった。


 その瞬間、咲真は心の中で悟った。


 これはもう、言い逃れができないと。

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落ちていたクマのぬいぐるみを直して返したら、お隣のクール系美少女が懐いてきた件 五月雨ゆめ@42&46&47 @wonder-king

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