第045話 暗雲

 眼前でガタガタと震えるゾヌバ。口元は吐瀉物で汚れ、髭には食べかすが付着。股からは失禁の跡と異臭が漂う、思わず顔をしかめたくなる程の有様。だが、ブロードは努めて優しく語り掛けた。


「そんなに怖がらなくっても大丈夫だぞ。陛下だって、別に無暗に殺したりなんてしない。反抗の意志さえ持たなければ、な……」

「何だよそれぇ……! そんな風に割り切れねぇよぉ……! 助けてくれぇ、助けてくれよぉ……!! ううっ……!」

「そうか……そうだよな……」


 ブロードは片目を瞑りながら、頭を掻く。目の前で大の大人が泣きじゃくっているのだから、困惑も当然だった。


「ま~、どうしてもってなら…… なるべく……陛下からは離れて暮らす事だな」


 恐怖に満ちたゾヌバの眼に、ほのかな疑問の色が宿る。ブロードは玉座付近に転がる肉片を見つめながら、目を細めた。


「アンタのお仲間……潰れちまっただろ。あれは言うなれば、"呪殺"だ。陛下は自らの血で隷属させた者達を、念じるだけで殺す事が出来るんだ。ただし――」


 そこで一度言葉を切り、大きく深呼吸。ルシウスのギフトを語る時、誰の顔にも浮かぶ緊張感。それは実の息子とて、例外ではない。


「誰彼構わずって訳じゃない。"呪殺"を発動するには、条件がある」

「じょ……条件っ……?」


 こくりと頷くブロード。


「"呪殺"の効果が及ぶのは、目の届く範囲に限られる。対象が陛下の視界に収まっている必要があるんだ。だから陛下から離れて暮らしている限り、殺される事はない」

「……と、遠くに居れば、あっ、安全なのかっ……?」

「とりあえずは、な。お陰でこの場所はルミナリアの首都だってのに、祝福者の数が異様に少ないんだ。みんな陛下を恐れて、街を出て行っちまったんだよ」


 ブロードがそこまで説明した所で、隣に立つウルジオが鋭い眼光を飛ばした。


「あまりべらべらと国の内情を喋るな」

「わ、悪い兄上…… ゾヌバさんがあんまりにも動揺してたもんだから、つい……」

「安い同情心は捨てる事だ。愚物はいつもそれで、足を掬われる」


 身を翻すウルジオ。選定の見届けも終わり、既に撤収を決め込んでいる。去り際に一つ溜息をこぼし、口元が歪んだ。


「とんだ茶番だったな。せめてかの剣王が動く姿でも見られれば、少しは有意義な見世物になっただろうに……」


 騒ぎを受けてなお、微動だにしない剣王ヴァテインを見やりながら、そう吐き捨てる。そのまま重く閉ざされた扉に手を掛けるのだった。


 ♢


 皇女リーンベル襲撃。

 ユーステスの謀略により、その嫌疑はギルド"一角獣の骸"へと向けられた。


 為政者トレロスのめいを以てして、ヘイムダル帝国軍は"骸"の拠点への同時攻撃を実施。


 ギルドの構成員、そのほとんどは戦闘訓練など皆無の烏合の衆。ならず者が幅を利かせているだけの、犯罪者集団。そんな者達が帝国正規軍の波状攻撃に耐えられる訳もなく。


 三日も経たずして、ヘイムダル近郊の全ての拠点は壊滅した。


 最後の拠点を攻め落としたその日、最前線で成り行きを見守っていた将軍シグルドの顔には、深い皺が刻まれていた。


 シグルドが渋面を浮かべる中、その隣に男が並び立つ。男の顔は憤怒一色だ。


「なあ、シグルドよお…… こいつはいったいどういう事なんだ?」


 問いかけに無言を貫くシグルドに、男の怒りは臨界点を迎える。


「おかしいとは思わねぇのかっ!! こんな奴らを相手に、アイツが遅れを取ったって言うのかよ…! 有り得ねぇ!!」


 故人を悼み、男が拳を握りしめる。襲撃の夜、リーンベルを警護していた兵士は二人いた。内の一人は、遊撃部隊の副長を務める猛者。


 副長と言う立場に胡坐をかかず、日々の研鑽を怠らない――部隊の皆に慕われる、熟達の兵であった。ユーステスにより喉元を切り裂かれる、その瞬間までは。


「姫様が襲われたあの日から、何もかもが狂ってやがる!! あのトレロスとかいう、ハゲ野郎っ……! いきなりヘイムダルにやって来たかと思ったら、どんどん態度がデカくなりやがって! 挙げ句の果ては殲滅戦だぁ? 舐めてやがんのか!!」

「口を慎め、ラルゴ。上の意向だ。儂らに決定権は無い」


 ようやく口を開いたシグルドの声音には、諦めの色が滲んでいた。短き返答――とは言え、迫力は十分。ラルゴは怒りを抑え込み、幾分冷静になった。


「シグルド、お前さん前々から言ってたよな? 実行犯は"骸"とは別にいるって。……単刀直入に聞くぞ。その犯人って奴がまだ燻ってる可能性……どんなもんありそうなんだ?」


 小声で尋ねるラルゴに、シグルドは僅かに逡巡。再び重い口を開いた。


「……まあ、6割……といった所だ」

「……お前さんのそれは、ほとんど"黒"だと言ってるようなもんじゃねぇか……」

「儂の中にも、疑問がいつまでも渦巻いておるんだ。先ず以て分からぬのが、動機だな。"骸"が姫様の命を奪う……そのメリットは何だ? 姫様の部屋は荒らされてはいなかった。金品を盗み出したという線は薄い――」


 シグルドは続けざまに付け足す。


「あるいは、懸賞金か何かか…… 姫様はこうと決めたら譲らぬ性格であった。かなり強引に政策を推し進めていた部分もある。故に、どこかしらで恨みを買ったのやも知れん。……まあ、いずれにしろ……儂らが今掴んでいる情報では、真実は依然として闇の中よ」

「……上等だ! 近くでまだ鼠がうろついてやがるってんなら、容赦はしねぇ。必ず見つけ出して、踏み潰してやるよ!!」


 ラルゴは口の端を歪めながら、足の裏を地面へ何度も擦り付けた。


「ラルゴ、先ずは目先の問題を解決せよ。今回の戦で、"骸"からの報復があるやもしれん。ルミナリア全域に、警告文を飛ばしておけ。『周辺の村々に、より一層の警戒を』とな」

「報復で無関係の市民を襲うってか? どこまで腐ってやがるんだ、コイツらは……」



 こうして戦とは名ばかりの、一方的な虐殺が幕を閉じた。"骸"の団員達は訳も分からぬ内に追い込まれ、トレロスの掲げる大義名分の元に、その命を散らした。彼らの死に際の叫びにも、帝国軍は聞く耳持たず。まさに圧巻の仕事ぶりだった。


 皇族殺しの疑いをかけられた上、そもそもが"骸"は犯罪ギルド。当然、慈悲など有りはしない。拠点には違法品も数多く貯め込まれており、その全てが押収された。


 地面へと並べられた、おびただしい数の死体の山。苦悶の表情を張り付かせたまま、息絶えた団員達。そしてその脇に転がる剣を見ながら、シグルドは眉を潜めた。


(これは……ルミナリアの紋様か? 我々帝国軍の武器だな……)


 団員達が帯刀していた剣の柄に、小さな龍の紋様……ルミナリアの誉れが刻まれていた。



 ――違和感。


 一つや二つ程度ならば、シグルドも見過ごしていただろう。野盗の中には戦地から兵士の遺品を漁り、自らの武具をこしらえる者も大勢いる。"骸"が帝国製の武器を使っていたとしても、特段おかしな事ではない。


 しかし、今回は異様に数が多い。

 あまりにも、のだ――


(なぜここまでの数のルミナリアの剣が、"骸"の元に……?)


 小さな違和感は。

 過去のとある一点へと、結びつく。




 先日のユーステスの決闘。

 突如立会人として顔を出したのは、いったい誰であったか。


 決闘の最中、貴賓席への訪問だった。公爵という立場を持つ彼が、なぜこの極東のヘイムダルまで、わざわざ足を運んだのか。


 「私用の為」と言うのが、本人の談。だが決闘を見届けた後、公爵がどこへ消えたのか。その行方を知る者は誰一人として、存在しない。


 嫌な汗が、シグルドの巨体を伝う。深く息を吸い込み、目の前で作業を続ける部下たちへと号令をかける。


「作業止めっ!! 遊撃部隊、全軍に通達せよっ!!」


 杞憂であれば良い、だが。

 将軍としての長年の感が告げていた。


 ともすればこれは――「最悪」である、と。


 ♢


 セブンが宿を去ってから、数刻あまり。アイムは無事に目を覚まし、晴れて一件落着の流れとなった。"血麗隊けつれいたい"については以前として底は知れぬが、取り敢えずは一歩前進だ。


 相手の懐に入るには、先ずは信頼を勝ち取る事。組織に従順な犬を演じ、第二皇子アーノルドへと取り入る。そしてそのまま、ルミナリアの中枢へ。


 勿論全ては、復讐の為。

 そしてそのための下準備も、忘れてはならない。


 ユーステスが懇意にしている、老舗の武器屋。中心街からはやや外れに位置している。お世辞にも良いとは言えない立地条件だが、日々多くの利用客が集まる。知る人ぞ知る名店。


 武器屋には珍しく、完全予約制のその店だが、遂にユーステスの手番が回って来たのだ。


「ふーむ……」


 片目を細め、手の中の鉱石を凝視する老人。首を近づけては遠ざけ、また近づけと繰り返す内、その眉間にはより深い皺が刻まれて行った。


「……コレは私の手には余る代物ですな。メゾンライト鉱石ですか…… この様な稀少な物を、いったいどこで手に入れたのですか?」


 紅い鉱石を机に置きながら、老人は対面のユーステスへと問いかける。老人の問いを受け、ユーステスは肩を竦ませながら答えた。


「すまんが、入手経路はシークレットだ。だが、おやっさんにも無理となると……厳しいな…… 誰か他に知らないかい? こいつを加工出来そうな、腕の立つ職人を」


 老人は手を組み唸るも、その顔は陰る一方だ。


「少なくとも、このヘイムダルにはおらんでしょうなあ。メゾンライトの様な特殊な性質を帯びた鉱石を加工するには、技術以上にセンスが求められます。ましてやそれで武器を作るとなれば、尚更。その道に通じた専門家か、或いは天賦の才を持つ者にしか、叶わぬでしょうな」

「……それ程か。こりゃ素直に諦めるしかなさそうだな。ヘイムダル一番の鍛冶職人がそう言うんだ、間違いない」


 老人がはっはっはと笑う。


「ユーステス殿、お世辞の腕が上がりましたかな? 力になれず、申し訳ありません。私も、鉄を打つのは得意なのですが……生憎とコレは、専門外でして……」


 机の上の鉱石をスッとユーステスの目の前に移動させながら、老人はぽつりと漏らす。


「不肖の我が息子がおれば、また話は別だったのですがね……」


(息子か……)




 ユーステスが親しみを込めて「おやっさん」と呼ぶこの老人――ヘイムダル随一とも噂される鍛冶の腕を持つ職人だ。


 彼は客の人となりを見て、自身の腕を振るうに値するかどうかを判断する。客商売の武器屋において、逆に客を品定めする……偏屈な堅物店主として、ヘイムダルではちょっとした有名人だ。


 そんな彼には息子がいる。

 十数年前に家を飛び出し、放浪の旅に出た一人息子。


 父をも上回る鍛冶技術を持つ――

 神童が。


「ありがとう、おやっさん。参考になった。望み薄かもしれないけど、一応他にも当たってみる事にするよ」


 鉱石を手に持ち、ユーステスが後ろを振り返る。すると突如として、店の扉が開け放たれた。


 そこに、一人の男が立ち塞がる。


「ひえーっ、辛気くせぇ! 空気が淀んでやがるぜ!」


 男はそう呟くと、店内に押し入り、ユーステスの隣まで歩み寄る。どたどたと遠慮のない、大きな足音。値踏みする様に周囲を隅々まで物色、そして一言。


「はー、面白みのねぇ武器を並べやがって。相変わらず、つっまんねぇ店だなあ! オイ!」


 傍若無人、ここに極まるだ。


 男の顔を視認した、その瞬間。老人の目がカッと見開かれた。


「あっ、アイザック……お前……!!」


 呆け顔の老人。対する男――アイザックは口角を上げ、歯をむき出しにしながら豪快に笑った。


「久々だなあ、クソ親父! くだばってないようで何よりだ!」




 一連のやり取りを目撃して、ユーステスの脳裏に言葉が蘇る。


『アンタの言う『奇妙な縁』ってやつに引き寄せられて、そのうちフラッと現れるんじゃないかい? ほら、『女神の思し召し』だか何だかってやつさ!』


 にやりと笑うイレーネの顔を思い浮かべ、思わずユーステスの口元も緩む。今日もまた、女神様は絶好調の様である。

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つがいの復讐鬼 もつなべにこみ @horuhoru

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