対象者の意識の転移及び事後処理手順要項

@iimao

異世界転送作戦 ― 記録なき命令の体系

異世界転送作戦 ― 記録なき命令の体系


序章:世界の終わりと、最後のログイン


ユグドラシルという名のVRMMORPGが、その役目を終えようとしていた。サービス終了の最終日、かつて栄華を誇ったギルドの主──モモンガは、ログアウトせずに世界の終焉を見届けようと静かに玉座に座っていた。


だが、その瞬間──世界は終わらず、再起動した。


そして、誰も帰ってこなかった。


第一章:命令なき命令


この計画は、正式な名称すら持たない。


発案者は失踪し、技術者は異動し、契約責任者は数日前に急逝。計画の中枢にいたはずの人物たちは、組織の記録上からも一人また一人と消えていった。


命令は存在しない。ただ、事実だけが残った。


それは、複数のサーバーが突然解体され、データが一括削除され、プロジェクトに関わった部門が丸ごと吸収合併されたという“事実”だ。


その裏に、命令があったのか?


誰も証明できない。


なぜなら、命令は常に──


> 三人以下で、口頭で、密室でのみ伝達された。<




第二章:プロトコル・ゼロ ― 伝える者と、聞く者


彼らは会議を開かない。


命令を伝える者は、対象者を私室に呼び出す。私室の鍵は物理式で、電波遮断の内装。スマートウォッチも、携帯端末も、すべて部屋の外に置かせる。


伝達は、目を見て、言葉少なく行われる。


「明日、例の家を“静かに”してくれ」


それだけ。


服は着替えさせられる。作業服でも、白衣でもない、“見知らぬ職種の制服”だ。命令者と対象者は、誰にも目撃されないよう非常階段を使い、共に去る。証拠は、何も残らない。


命令者が誰か? 対象者が誰か? 誰も知らない。実行者ですら、それが“命令だった”という確信を持てないまま動くのだ。


第三章:発覚前処理 ― 世界を隠す技術


転送対象のプレイヤーがログインする時刻。そこに合わせて、すべての準備は進められる。


・対象者の住居への盗聴・監視の撤去 ・家族に届けを出させるための説得または偽装 ・ゲーム依存症の記録の改竄 ・死亡時の偽装用火災発生計画


それらが、サービス終了数時間前に一斉に動き出す。


だが、“命令”は存在しない。


あるのは、「そうなるように動いていた結果」だけだ。


第四章:発覚後処理 ― 命令のなかった世界


もし発覚した場合、計画は即座に“自己断絶”へと移行する。


・下っ端には何も伝えず、休暇を与える ・責任者は既に死去または失踪している ・契約書は更新時期で、規約は未確定 ・全記録は消去済み。媒体は焼却済み


そして、目撃者が現れたなら──命令は出さない。


命令が出ていないなら、命令責任は問えない。関係者の証言は全て曖昧で、真実の輪郭はぼやけていく。


> 「……本当に、誰かが命じたんでしょうか?」




> 「さあ。自分でそう思って動いたのかもしれません」




終章:ログイン中の、あなたへ


あなたがあの日、玉座に座っていたのは偶然だったのか。


それとも──誰かが、あなたを選んだのか。


この物語の中に“命令”は存在しない。


だから、誰も罰せられない。誰も裁けない。すべては偶然であり、誰のせいでもない。


けれど、確かに世界は変わった。


> ようこそ、異世界へ。



> これは、誰にも命じられていない命令の、完了報告である。


―――――――――――――――

命令に関する初期案

プレイヤーの中から実績を元に選出

クラン加入の有無の確認

身辺調査及びログイン日程の確認

最終日のログインの確認後、サーバーを隔離する

魂の転移或いは意識を飛ばす

事後処理としての主要人の逃亡と責任問題の不明化

――

意識転移後は速やかに住居へ侵入し、死体が腐らないように水分を抜いて、脱水または栄養失調による死亡を装う。これは最善であって、必須では無い。

――

これが行えない場合の対処

・書類及びデータベースの消去及び破壊の徹底

・実務上使用していない偽装の記録などの用意

・契約書などに関係する重要人物の逃亡もしくは処理

・責任問題を不明瞭にするため、下っ端には伝えず長期休暇を言い渡しておくこと。

――

発覚時の対処

・重要人物の死亡届を家族が出せる状態にする。

或いは実際に処理して、遺体を事件前に発見させる

・下位社員に命令を出し、問題住居に対し放火。

ただしこの処理は発覚前に行うこと。

・発覚後、行動を取れなくなった場合、上位社員は一切の命令を出さず、事前に定められた手順に従うこと。

・契約等は更新中としておき、責任問題を不明にし、混乱を起こさせること。

――

これらの手順を実施するにあたり、命令を出す際には、三人以下の集会で、口頭で行うこと。また、記録には残さないこと。また、これを行う場合、密室で、かつ、全員を別途用意した服に着替えさせること。監視カメラ、盗聴器の有無の確認を徹底すること。

――

以上の手順を徹底遵守し、目的を果たすこと。

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