「トビラにご注意ください。」

灯夜しの

短編

「ドアが閉まります。トビラにご注意ください。」

アナウンスが流れ、ピンポンの音がなるとドアがアナウンスの言った通りに閉まる。

大人の人が電車の中で自身の立ち位置を定める中、僕は小声でアナウンスの真似をしながら、足をブラブラと振っていた。


だって、電車が大好きなんだもん。

この小さな箱の中にいろんな人生がお互いにこんにちはしてるのに大人の人たちは誰も気付かない。


僕はいい子だから、周りに迷惑はかけていないよ。

ちゃんと足も人に当たらないようにしているし、席だって一人分しか場所取ってない。

僕にとってここは一番の場所だから、いつもお行儀よくしてるんだ。


今日の電車は混んでいないし、外はまだ明るくてほとんどの人は皆学校や会社にいる時間だから、今ここに乗っている人はきっとちょっと変わった人なんだ。


そんな中でも特別変わった人が、今僕の隣に座っている。

最初はトイレでも我慢してるのかな、って思ったんだ。

だってずっとキョロキョロと周りをみてたり、急に石みたいに固まっちゃったりしてさ。


前に小学校の友達のたかしくんが給食の時にカッコつけたがって男子五人の牛乳一気飲みしたことがあったんだけど、次の授業でおんなじような顔してた。


でも、この女の人は手に持っているスマホの画面を1分に1回くらい確認してるから、きっとどこかに遅刻してるんだと思う。

どうして1分に1回って知っているかというと、心の中で数えたから。1分って60数えたら1分なんだよ。知ってた?

僕みたいに、この女の人は60数えてからスマホみてるのかな?

僕もまた1から数えなきゃ。1、2、3…


でも、不思議とこの女の人は電車の行き先の確認を一度もしてない。

僕はいつも電車に乗ってるから知ってるけど、大体の人は自分が降りる駅まで後どれくらいなのかをちょこちょこ確認しながら乗ってるんだ。

遅刻してる人はすぐにわかるよ。

だって、もっと何回も焦って地図をみるから。


でも、この人は全然みてない。だから、もしかしたら遅刻じゃないのかも。

僕が隣でじっとみていても、気づいていないみたい。

まあ、僕は大人の人に比べてちっちゃいから気づかれることはほぼないんだけどね。

そうだ、もしかしたら誰かから連絡が来るのを待っているのかな。

僕も分かるよ、お友達とお話しできないと寂しいもんね。

もしそうなら、早くお友達から連絡がくればいいのに。


女の人はどんどん冷たそうな汗をかきながら、お顔が青くなってきてる。かわいそうに。


でも、大人の人は皆自分のスマホみてて気づいてない。

僕はいい子だから、知らない人に話しかけられない。

迷惑だったり、危なかったりするって教えてもらったから。


女の人は長くて黒い髪を手で綺麗に整えながら、一生懸命息しようとしてるみたい。


隣に座る僕にも聞こえるくらい大袈裟に、ハッハッと散歩に誘った時の三郎のような息遣いをしている。

三郎っていうのは僕の親友。シバ犬なんだ。


この女の人は、きっと高校生の僕のお姉ちゃんよりもちょっと大人だと思うから、病気じゃないと思う。

病気っておじいちゃんとかおばあちゃんがなるやつだからさ。


でもお姉ちゃんよりずっと細くて弱々しい。お風呂に入れた三郎みたいにぷるぷると震えてる。


さあ、もうすぐ60だ。

きっとまたスマホをみる。

あれ?

今度は、みるだけじゃなくて、お友達に何か送ろうとしてる。


本当はいけないことだけど、僕は小さいからちょっと覗いちゃっても気付かないよね。

横目で画面をみると、「シュウジ」ってお友達に連絡しようとしてる。でも、ずっとシュウジからのお返事はないみたい。

震えたままの指で女の人が文字を打ち始めた。どれどれ。


「し」「ん」「で」「や」「る」


それだけ打つと、女の人は送信ボタンをタッチした。

今度は僕の体が少し震えるのを感じた。


死ぬって、すごく怖いことだから。


ゆっくりと女の人の画面から目を離して顔をみると、みたこともないような目をしてた。

まるで猫のように目の黒いところがいっぱいになっていて、気持ちを全部なくしちゃったみたいな顔。

メッセージがちゃんと送信されたのをみると、女の人は顔を上げ、何事もなかったかのように座った。

キョロキョロもしないで、全然変な人じゃなくなっちゃった。


今度は僕が変な人になる番だった。

何も見なかったことになんてできないし、なんだかよく分からないけどゾワゾワって気持ちでいっぱいになった。

でも大人の人に何か言ったら、僕が悪い子だってバレちゃう。

勝手にスマホ見たなって怒られちゃう。


どうしよう。


女の人はもう一呼吸して、もう一回シュウジとのトーク画面を開いた。

僕はごめんなさいと心の中で唱えながらこっそりとまた画面をみた。

さっきのメッセージの横に小さな漢字の2文字がないから、きっとシュウジはメッセージを見てない。

お母さんが、メッセージの横に小さな漢字の2文字があったらメッセージ読んだよって印だからねって教えてくれたから間違いない。

僕はさっきのメッセージの上のメッセージをみる。

でも、漢字がいっぱいでよくわからない。

「〇〇駅」って書いてあるけど、ここで降りるつもりなのかな。

そこはこの電車の終点。あと2駅だし、きっとそうなんだ。

僕の中の何かがそう言ってる。


何回も何回もこの電車に乗ってるから、間違うわけがない。

あの駅で降りて、この女の人は死んじゃうつもりなんだ。

どこかに行くのかな。それとも…

僕はもう一回女の人の顔を見上げた。感情は読み取れないけど、やっぱりもう落ち着いた普通の大人の人になっちゃってる。

それが逆に怖く思えて僕は少し縮こまった。


きっとすぐにでもシュウジに伝えた通りにしたいんだ。


もうすぐ電車が次の駅についちゃう。

そしたら、後もう2回止まったら、この女の人は降りていってしまう。

手遅れってやつになっちゃう。


死んじゃったらもう前みたいには戻れなくなるから。

その時、賢い僕は気づいてしまった。


そうだ。


この女の人はすぐにでも送った通りにしたいんだ。

電車から降りて一番手っ取り早い方法っていったら…


僕はおもわず女の人の手をとった。

本当は知らない人に急に触ったり、声をかけたりするのはいけないことだってわかってたけど、駄目って思う前に勝手に動いちゃった。

女の人の手は少し暖かくて、僕がつかむとびくりと動き、僕の方を見下ろした。

同時に、電車が止まる。


「駄目だよ。」


手をぎゅっとつかみ彼女を見上げて僕は言った。


「僕みたいになっちゃう。」


すると、女の人の青かった顔はどんどん白くなり、ゆっくりと口を開いた。

「あ…あ…」

僕の手を振り払い、急いで立ち上がる。

周りの大人の人もやっと女の人に目を向ける。


女の人は自分がみんなに見られてることなんてどうでもいいみたい。

また三郎みたいに震えてる。


そして電車のドアが開いた瞬間、

「ぎゃあああああああああ!」

大声で叫び、長い黒髪を振りかぶりながら女の人はドアに向かって走り始めた。


手に持っていたスマホはカタン、と音を立てて電車の床に落ちた。

あんなにシュウジと話したがってたのに、もうスマホなんてどうでもいいみたい。

だって、落としたスマホに周りの大人の人が気づいた頃にはホームにすらいなかったんだもん。

あまりにも大声で女の人が叫ぶから、ホームに立っていた大人の人も、電車の中の人たちも、みんなざわざわと僕が座っている方を不思議そうに見つめてる。


大人の人が僕のこと見えないのは慣れっこさ。


みんなが最後に僕を見てくれたのは、あの日線路の上にいた時だ。


でも、あの女の人はきっとこれからもみんなに見てもらえるよね。


怖がられたのはちょっと傷ついちゃったけど、いいんだ。


僕には電車があるから。


ずっとみんなと一緒にここにいられるんだから。

落とされたスマホが拾われることもないまま、そのままドアが閉まる。


次はどんな人に会えるかな?


また、あのアナウンスが流れる。

「ドアが閉まります。トビラにご注意ください。」

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「トビラにご注意ください。」 灯夜しの @shinoakariya

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