ジューンブライド
藤泉都理
ジューンブライド
隙を見せるなよ。
独裁者の父は言った。
おまえに味方など一人も居ない。
おまえを蹴落とそうとする敵しか居ない。
隙を見せるな。
常に恐怖を浴びせ続けよ。
おまえに逆らってはだめだと植え付け続けよ。
さすればおまえは生き残る事ができる。
そうする事でしかおまえは生き残る事はできないのだ。
独立国百周年記念軍事パレードが催された時の事であった。
黒馬に乗って雄々しく道路を闊歩していた独裁者の息子の元へ、一人の少女が駆け寄った。
青い紫陽花をどうぞ。
にっこり。
少女は笑って、立ち止まらずに馬を動かし続ける独裁者の息子に駆け寄り、青い紫陽花を差し出し続けた。
おかしい。
独裁者の息子が違和感に気付いた。
一人の少女を制止する者が誰も居ないのだ。
ああ。見限られたか。
独裁者の息子はうっそりと笑った。
いい。もう、いい。
いや。まだだ、まだ死にたくない。
俺は、
独裁者の息子は目を開けて、目元に強く掌を押し当てて、口を強く結んだ。
アカンサス。
アゲラタム。
アサガオ。
アザミ。
アスター。
アマリリス。
アンスリウム。
エニシダ。
オシロイバナ。
オリーブ。
カラー。
カンナ。
キキョウ。
キョウチクトウ。
クチナシ。
グラジオラス。
グロリオーザ。
ザクロ。
サツキツツジ。
サルスベリ。
サルビア。
ジギタリス。
ジニア。
シャクナゲ。
ジャスミン。
スイレン。
セントポーリア。
ダリア。
ツキミソウ。
ツユクサ。
ナデシコ。
ハイビスカス。
ハッカ。
ハマナス。
ハマユウ。
バラ。
ヒマワリ。
ヒルガオ。
フクシア。
ファレノプシス。
ブバルディア。
ベニバナ。
ホウセンカ。
ホオズキ。
マツノムシソウ。
マツヨイグサ。
マリーゴールド。
ムラサキシキブ。
ユリ。
ラベンダー。
オミナエシ。
キンモクセイ。
キク。
ケイトウ。
コスモス。
サフラン。
サンダーソニア。
シオン。
ネリネ。
ハギ。
ハゲイトウ。
フジバカマ。
フヨウ。
ホトトギス。
マンジュシャゲ。
リンドウ。
ワレモコウ。
エリカ。
オンシジウム。
カトレア。
クリスマスローズ。
シクラメン。
シンビジウム。
スイセン。
ストレリチア。
スノードロップ。
デンドロビウム。
ナノハナ。
フクジュソウ。
ポインセチア。
アイリス。
アカシア。
アネモネ。
アンズ。
イチゴ
カーネーション。
カスミソウ。
キンセンカ。
クローバー。
サクラソウ。
シャクヤク。
スイートピー。
スズラン。
スミレ。
チューリップ。
タンポポ。
マーガレット。
ライラック。
ワスレナグサ。
ユメを見続ける。
独立国百周年記念の軍事パレードが行われる中。
一人の少女が四季折々の花を差し出し続けるユメ。
どれもこれも青色の花々を差し出され続けるユメ。
百日間ずっとユメを見た。
いつの間にか。
百本の花が乗馬する自分を囲っていた。
どれもこれも。
あおい、はな。
ユメの中であの方に花を差し出し続ける。
あの方の晴れ舞台に相応しい百種の花々。
己が手足で踏み潰す事しかゆるされない花々。
それを、己が手で差し出す事ができる。
至上の喜び。
百日だ。
百日間も続けられた。
これ以上の宝話はない。
隙を見せるなよ。
百獣の父は言った。
おまえに味方など一匹も居ない。
おまえを喰らって力を得ようとする者しか居ない。
隙を見せるな。
常に恐怖を浴びせ続けよ。
おまえに逆らってはだめだと植え付け続けよ。
さすればおまえは生き残る事ができる。
そうする事でしかおまえは生き残る事はできないのだ。
ああ、嫌だなと思った。
これは隙だと先んじて決めつけて己自身で禁じたこの行為が。
ああ、嫌だなと思った。
これは隙だと勝手に決めつけられて禁じられたこの行為が。
これはオレかキサマか。
これはワタシかアナタか。
ユメの中で百種の花が踏み荒らされていた。
散り散りに刻まれ最早原型は留めておらず。
泣いたのは、オレかワタシかハナバナか。
この青い水溜りを創ったのは、オレかワタシかハナバナか。
青い水溜りはどんどん嵩を増し、泉になり、川になり、海になった。
花に埋もれて死ねるのならば本望か。
これはオレかキサマか。
これはワタシかアナタか。
見せつけよ。
誰が言った。
己が言った。
この国の神を殺せ。
この国の百獣の王を殺せ。
この国の最強の生物を殺せ。
そうすればおまえは生き続ける事ができる。
己が先んじて考えては行動に移し捕らえてはこの日まで生かし続けた。
この日の為に生かし続けた。
独立国百周年記念軍事パレードの日。
ホワイトタイガーをこの手で殺害しては、国内に恐怖を見せつける日。
独裁者の息子は独裁者の息子たるべく、次期独裁者たるべく、20式5.56mm小銃を構え引き金を引いては、牢から解き放たれたホワイトタイガーの眉間目がけて、一発の弾丸を撃ちこんだ。
刹那、ホワイトタイガーの眉間から噴き出したのは、鮮血ではなく、青い花々であった。
百種の、あおいはなばな。
吸い寄せられるように浮上し一斉に天空を覆ったかと思えば、百種の花びらが舞い下りた。
宝だ。
誰かが呟いた。
誰かが言った。
誰かが叫んだ。
国民の誰かが。
独裁者の息子が。
ホワイトタイガーが。
ユメを見た。
踏み荒らされる事のなかった百種の花々に囲まれて、ホワイトタイガーと独裁者の息子は身体を寄せ合い、話をしていた。
はながほしいとこいねがい。
はなをてわたしたいとこいねがい。
はなをただめでることがゆるされるじんせいをこいねがい。
地が天になり、
ホワイトタイガーと独裁者の息子は地に向かって、百種の花々と共に落下する中。
共に生きようと、どちらともなく言った。
花と共に生きようと、どちらともなく言ったのだ。
(2025.6.20)
ジューンブライド 藤泉都理 @fujitori
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