第2話 クリームパンとあの子

大迫修哉おおさこしゅうや、23歳。


配管工。現場は暑いし、朝は早い。でも、無遅刻、無欠勤で仕事はちゃんとしてるつもりだ。


この頃、駅前のちいさなパン屋に、ほぼ毎日通ってる。

別にパンがめちゃくちゃ好きなわけじゃない。ただ——ちょっとだけ、気になる人がいる。


(今日も、いる……)


カウンターに立つ女の子。たぶん、大学生。髪をひとつに結んで、あんまり化粧とかしてないけど、声はやわらかいし、真面目そうで、なんか……いい。


最初に来たとき、会釈だけで終わった。

二回目、目が合った。三回目、声が少しだけ明るくなった。


俺、たぶん、弱ってんのかもしんない。


ヤンチャしてた中学・高校時代。母親が病気して、このままじゃいけないって自分を変えようとした。でも、こうやって真面目に働いてても、自分がどこか汚れてる気がして、誰かにちゃんと見られていると思えない。ヤンキーはどこまでいってもヤンキー扱いだ。


「ミルクフランスと、カレーパン。……それと、このクリームパンも」


何気なく指差したのは、手描きのポップが添えられたクリームパン。

字が、かわいかった。あの子が書いたんだろうな、ってすぐにわかった。


「……その、字、かわいいっすね。あんたが書いたんすか」


思わず声に出ていた。


「えっ、あ、はい……ありがとうございます……!」


言ってから、自分の声がちょっとガラついてたことに気づいて、心の中で舌打ちした。


でも——その返事が、うれしくてたまらなかった。


(また来よ)


それだけを胸に、静かに店を出た。


——数日後。


いつものように買いに行くと、店主の内藤さんが声をかけてきた。


「なあ、最近よく来るね。うちは有難いけど、パンばっかりじゃ偏るよ?そんなにパン好きだったっけ」


「……いや、ここのパンは好きっすよ。特に、あの……クリームパンとか。……まあ、書いてる子が、気になるっていうか。彼女、可愛いっすね……」


ぼそっと言ったら、内藤さんが笑った。


「本人に言えばいいのに」なんて言うけど、そんな簡単なもんじゃない。


俺なんかが、ちゃんとした子に好かれるわけない。


でも、それでも……気になるくらいは、許されるよな。


その日の夕方、店の前でスマホを見てるふりをしながら、帰り道の彼女を待っていた。

会えたら、なんか言おうって、決めてた。


「……あのっ」


先に声をかけられて、心臓が止まりそうになった。


「こないだ……“また来ます”って言ってくれたとき、ちょっと嬉しかったです。クリームパン、好きになってくれて、ありがとうございます」


俺は、何も言えなくて、でも気持ちは確かで。


「……その、また来てもいいっすか?」


彼女は、にっこり笑って「はい、もちろん」って言ってくれた。


それだけなのに、なんだろう。


胸の中が、ふわっとあったかくなった。


——人生って、変えられるかもしれない。


クリームパンひとつで、そう思えるなんて、思わなかった。

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金髪とパン屋のあの子 けもこ @Kemocco

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