金髪とパン屋のあの子
けもこ
第1話 金髪とクリームパン
日々、大学とバイトを往復するだけの、超がつくほどイケてない女子大生だ。
ここ、駅前のちいさなパン屋「ねこのしっぽ」は、自分の日々の生活の支え。まかないパンが美味しいし、なにより、店主の内藤さんと、奥さんのひよりさんがとても優しい。
そして、最近——ちょっと気になる人ができた。
「紗枝ちゃん、後、お客さんにお釣りお願いー」
「はい! あ、ポイントカードお持ちですか?」
カウンターに現れたのは、金髪の若い男の人。
作業服のまま来て、ミルクフランスとカレーパンをいつも買っていく。声は低くて静か。ちょっと怖そうなのに、レジ袋はいつも「いらないです」って小さく言う。
(今日も、来た……!)
心の中でガッツポーズしながら、私はなるべく落ち着いて対応するよう努力する。
彼の第一印象は「めっちゃヤンキーじゃん」だった。でも、内藤さんが「修哉は昔はやんちゃだったけど、今は真面目に頑張ってるいい子なんだよ」って教えてくれた。
「ミルクフランスと、カレーパン。……それと、このクリームパンも。」
えっ、いつもと違う。クリームパンは、私のおすすめポップを添えて置いたやつだ。思わず顔を上げると、目が合ってしまった。
「……その、字、かわいいっすね。あんたが書いたんすか」
「えっ、あ、はい……ありがとうございます……!」
心臓がドクンドクン言ってる。え、今、褒められた?
「……じゃ、また来ます」
彼はいつものように静かに店を出ていった。その背中を見送りながら、私はクリームパンのポップに「人気です」と書き足した。
——数日後。
「大迫くん、バイト帰り?」
「あ、内藤さん。うっす……いつものください」
奥でパンを運んでいた私は、偶然、店から聞こえたその会話を耳にした。
「なあ、最近よく来るね。うちは有難いけど、パンばっかりじゃ偏るよ?そんなにパン好きだったっけ」
「……いや、ここのパンは好きっすよ。特に、あの……クリームパンとか。……まあ、書いてる子が、気になるっていうか。彼女、可愛いっすね……」
小さく静かな声がいつもより歯切れ悪く聞こえる。
「はは、なんだ、本人に言えばいいのに」
「……無理っすよ、あんなちゃんとしてる子に……俺なんかが」
その瞬間、心臓が一回止まった気がした。
バレないように、静かに物陰に隠れながら、こっそり口元をおさえた。
——ちゃんとしてないよ、私。垢ぬけてないし、バイトでいっぱいいっぱいで、お金だってない。だけど、あの人のこと、やっぱりちょっと、好きだと思う。
夕方、店を出ると、金髪の彼が店の前でスマホを見ながら立っていた。
すれ違うだけにしようと思ったけど、足が勝手に止まった。
「……あのっ」
彼が驚いたように顔を上げた。
「こないだ……“また来ます”って言ってくれたとき、ちょっと嬉しかったです。クリームパン、好きになってくれて、ありがとうございます」
金髪の彼——大迫修哉さんは、ちょっとだけ照れたように笑った。
「……その、また来てもいいっすか?」
「はい、もちろん」
その日は、それだけ。
でも心の中は、オーブンの中のパンみたいに、ふわっと膨らんでいた。
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