金髪とパン屋のあの子

けもこ

第1話 金髪とクリームパン

結城紗枝ゆうきさえ、19歳。大学2年生。


日々、大学とバイトを往復するだけの、超がつくほどイケてない女子大生だ。


ここ、駅前のちいさなパン屋「ねこのしっぽ」は、自分の日々の生活の支え。まかないパンが美味しいし、なにより、店主の内藤さんと、奥さんのひよりさんがとても優しい。


そして、最近——ちょっと気になる人ができた。

「紗枝ちゃん、後、お客さんにお釣りお願いー」


「はい! あ、ポイントカードお持ちですか?」


カウンターに現れたのは、金髪の若い男の人。


作業服のまま来て、ミルクフランスとカレーパンをいつも買っていく。声は低くて静か。ちょっと怖そうなのに、レジ袋はいつも「いらないです」って小さく言う。


(今日も、来た……!)


心の中でガッツポーズしながら、私はなるべく落ち着いて対応するよう努力する。


彼の第一印象は「めっちゃヤンキーじゃん」だった。でも、内藤さんが「修哉は昔はやんちゃだったけど、今は真面目に頑張ってるいい子なんだよ」って教えてくれた。


「ミルクフランスと、カレーパン。……それと、このクリームパンも。」


えっ、いつもと違う。クリームパンは、私のおすすめポップを添えて置いたやつだ。思わず顔を上げると、目が合ってしまった。


「……その、字、かわいいっすね。あんたが書いたんすか」


「えっ、あ、はい……ありがとうございます……!」


心臓がドクンドクン言ってる。え、今、褒められた?


「……じゃ、また来ます」


彼はいつものように静かに店を出ていった。その背中を見送りながら、私はクリームパンのポップに「人気です」と書き足した。


——数日後。


「大迫くん、バイト帰り?」


「あ、内藤さん。うっす……いつものください」


奥でパンを運んでいた私は、偶然、店から聞こえたその会話を耳にした。


「なあ、最近よく来るね。うちは有難いけど、パンばっかりじゃ偏るよ?そんなにパン好きだったっけ」


「……いや、ここのパンは好きっすよ。特に、あの……クリームパンとか。……まあ、書いてる子が、気になるっていうか。彼女、可愛いっすね……」


小さく静かな声がいつもより歯切れ悪く聞こえる。


「はは、なんだ、本人に言えばいいのに」


「……無理っすよ、あんなちゃんとしてる子に……俺なんかが」


その瞬間、心臓が一回止まった気がした。


バレないように、静かに物陰に隠れながら、こっそり口元をおさえた。


——ちゃんとしてないよ、私。垢ぬけてないし、バイトでいっぱいいっぱいで、お金だってない。だけど、あの人のこと、やっぱりちょっと、好きだと思う。


夕方、店を出ると、金髪の彼が店の前でスマホを見ながら立っていた。


すれ違うだけにしようと思ったけど、足が勝手に止まった。


「……あのっ」


彼が驚いたように顔を上げた。


「こないだ……“また来ます”って言ってくれたとき、ちょっと嬉しかったです。クリームパン、好きになってくれて、ありがとうございます」


金髪の彼——大迫修哉さんは、ちょっとだけ照れたように笑った。


「……その、また来てもいいっすか?」


「はい、もちろん」


その日は、それだけ。


でも心の中は、オーブンの中のパンみたいに、ふわっと膨らんでいた。

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