注文の多い。。。
@AG_Spirit
注文の多い。。。
御年37歳になり、こんなにも体の自由が利かなくなるとは思ってもいなかった。
私は先日、何気ない段差につまずき転倒し、腰を痛めてしまった。
数日近所の整形外科に通ってリハビリをしていたが容体が良くならないので、MRIの検査をしてもう少し詳しく診てもらうことになった。
近所のかかりつけの整形外科は個人院の為MRIの設備がないので、招待状を書いてもらい国立の病院でMRI検査を受けることになった。
仕事の休みの日を聞かれ、予定の有無も言う暇もなく予約を入れられたのだ。
「では、今度の火曜日18:20に予約入れておきましたので、必ず登院してください。」
と一言。
看護婦からは1枚の留意事項と地図が書かれた紙と、招待状の封筒を渡された。
火曜日18:10、目的の病院の受付。
通常の病院業務は17時までとのことで、患者も1人もおらず何だか薄気味悪くも感じた。
「山本さん。山本直樹さんですね?ご予約承っております。そちらに掛けてお待ちください。係りの者が参りますので。」
眼鏡をかけた受付の女性は下の書類を見たまま、そう告げた。
誰もいない待合室で1人、係りの人を待つ。
待つこと3分位。
「山本直樹さん。お待たせいたしました。では、ご案内いたします。」
そう促され、病院の奥へと向かう。
無言で係りの人の後をなぞる。
誰ともすれ違わず、私の視界に入る人は目の前の背中だけ見える係りの人のみ。
角を曲がり廊下の突き当たりに、[MRI検査室]と書いてある。
長い廊下の端にはいくつもの椅子が並べられているが、もちろん誰1人いない。
「山本さん、こちらでお掛けになってお待ちください。係りの者が参りますので。」
案内の係りの人はそう告げて、また長い廊下を戻って角を曲がり見えなくなった。
18:15。
誰もいない廊下の待合椅子で1人、MRI検査が始まるのを待つ。
ちなみにこのMRI検査だが、私にとっては人生初の経験となる未知の検査。
世間で見聞きして何となく、検査台に括り付けられ筒形の装置に通される検査なのだとイメージはあったが。
人生初の経験とは何とも不安でどこかソワソワしてしまう。
今回も例外ではなく、ソワソワしてきた。
誰もいない場所で1人で待っているというこの状況も更に緊張感を増幅させた。
辺りを見回す。
白壁にはいくつもの張り紙がしてあるのが分かった。
かなり前から貼ってるであろう張り紙のテープは茶色く日焼けしている。
[携帯電話の電源はお切りください。]
[MRI検査を受ける患者様は速やかに身に着けている金属をお外しください。]
[MRI室土足禁止!!指定の場所で靴をお脱ぎください。]
[衣服に金属が付いている場合、検査の差し支えになることがございますので、速やかにお脱ぎください。]
いくつもの張り紙にはMRI検査の留意事項が書かれていた。
正確に且つ迅速に検査を受けたかったので、予め金属の結婚指輪を外し財布の小銭入れにしまった。
張り紙の指示通り、スマホの電源もオフにする。
上着の金属ボタンが気になったので、予め上着を脱いでおくことにした。
流石にズボンのファスナーも金属だが、ここで脱ぐわけにはいかない。
靴もすぐに脱げる様に靴ひもを緩め一旦脱ぎ、かかとを踏んでおく。
これでおおかた準備は万端なはずだ。
18:18。
MRI検査室の扉が開いた。
「山本直樹さんですね?では、こちらで靴をお脱ぎください。」
「では、どうぞ素足のままでお入りください。」
素足のままで検査室へ移動するとはイメージと違った。些細な事だが、何かスリッパのようなもので移動するというイメージだったので。
「最大限に正常なデータを採りますので、こちらの検査着に着替えて頂きます。」
「貴金属は全て外して、検査着の下には何もつけないでください。」
「では、こちらの更衣室でお着替えになってお待ちください。係りの者が参りますので。」
確かMRIは磁器を通しての検査だから、金属はダメにせよ衣服のような繊維は大丈夫な感じはするが、何もつけないというのも私のイメージと違った。
係りの人の言うとおりに、Tシャツも下着も靴下も脱いで布1枚の検査着に着替えた。
着替えが終わり係りの人に声を掛けようとドアノブを回す。
しかし外からカギが掛けられているようで開かない。
着替えをするだけなのにカギをかけるのだろう?それに、鍵をかけるなら私の方から掛けるだろうに。
などと少々疑問を持ったが、係りの人が来るというので待つことにする。
ほどなく狭い一般的イメージの更衣室。
何か少し油臭い。
更衣室の壁には1枚の張り紙があった。
[こちらのボディーオイルを全身にお塗りください。※磁器の通りをし易くします。]
張り紙の下の床にはハケと、サラダ油のようなボディーオイルがあった。
少々疑問に思ったものの正確な検査の為、1度着た検査着を脱ぎ、ハケにオイルをつけ、それを掌に付けて軽く全身に塗った。
全身にオイルを塗った状態で検査着を羽織った。
油が布に染み、気持ちが悪かった。
「山本さん、お着替えは終了しておりますね。失礼いたします。」
係りの人の声が外から聞こえ、鍵が開き、ドアが開いた。
「大きな音が出る検査ですので、こちらの耳栓を両耳にしてください。」
「耳栓ができましたら、こちらの検査台へうつ伏せで横におなりください。」
耳栓も人生初か2回目くらいの出来事であろう。
ライトが眩しい検査室であろう場所に通され、耳栓をし、台の上にうつ伏せで横になった。
「ではベルトで固定致します。少々お待ちください。係りの者が参りますので。」
私は検査台にうつ伏せになりベルトで固定された。いよいよ検査が始まるのだ。
大きな音ってどれくらい大きいのだろうか?
最低限、耳栓をするほど大きいのは間違いないはずだ。
ライトに照らされ、全身に塗ったオイルが臭った。
身体が熱せられているように少し熱い気がする。
耳栓をしている為、周りの音はかすかにしか聞こえない。
ライトに照らされ2人の影が私に近付いて来るのが分かった。
そして、私の背中に何かを乗せ始めた。
鼻を突く強い匂いの香草のようなものだ。
ベルトをされうつ伏せになる私は、身動き1つ出来ない。
足首と首元がひんやりし、今度はレモンのような匂いの液体を塗り込まれ、更にじゃりじゃりした粒状のモノを掌と足の平に擦り込まれた。
流石に不安を隠しきれなくなった私が口を開こうとした瞬間、台が大きな音を立てて動き始め、私は大きな筒形の装置の中へ送り込まれた。
薄暗い筒の中。
大きな音が鳴り始める。
事前に調べておいた情報によればこの音、検査する様々な磁石を移動させたり電波を出すための音だという。
いろんな音にまぎれ工事現場のドリルのような音がする。
いささかこの閉所空間が熱くなってきた。
身体に塗られたオイルや香草・レモンのような匂いが混ざり咳き込みそうになる。
粒状のモノを擦り込まれた掌と足の平はヒリヒリしてきた。
もしかして粒状のモノとは、塩じゃあるまい?
この閉所空間の温度が徐々に上がってきて、熱過ぎる温度になってきた。
身体中がひりひりと日に焼けたようになってきた。
私は、大きな音が鳴っているこの筒形の閉所空間で、叫んだ。
叫んでいたのか、声が出なかったのか、大きな音にかき消されたのか、全く外には聞こえなかった。
どんどんこの閉所空間が熱くなる中、私の意識も薄らいでいった。
薄らぐ意識の記憶の中、ぼんやり思い出していたのは、子供の頃読んだ童話「注文の多いレストラン」だった。
「山本直樹さんですね?では、こちらで靴をお脱ぎください。」
「では、こちらのスリッパに履き替えて中にお入りください。」
誰もいない長い廊下の待合椅子で1人、どうやら私は、うたた寝をしていたようだ。
時計も、18:18を指している。
素足のままじゃなく、普通はスリッパに履き替えて移動するものだ。
そしてこれから始まるMRI検査も、普通に始まり無事に終わる…、私のイメージ通りに。
MRI更衣室の端に、ボディーオイルが置いてあることは、今の私には未知である…。
fin.
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