通学路を歩いていたら、物語の主人公にさせられてました

白座黒石

通学路を歩いていたら、物語の主人公にされてました

 ある日のこと、僕が通学路を歩いていると、空から天の声が降ってきた。


「君は、カクヨム甲子園ショートストーリー部門に応募する作品の主人公だ」

「はい?」

「君が望むものはなんでも授けよう。作者だからどんなものでも授けられるぞ」

「いや、主人公をやるとは一言も言ってませんけど」

「安心しろ、エントリーはすでに済ませてある」

「勝手にエントリーするんじゃなーい!!」


 思わずそう叫んでから、慌てて自分の口を押さえる。周りの人々が、不審者を見る目で僕を見ていた。僕は慌てて人のいない路地裏に逃げ込む。


「私は作者だからな。この声は他の人々には聞こえていない」

「いや、作者直々に普通の男子高校生に話しかけてくるとかやばいって!普通の小説じゃありえない事件だよ」

「これはフィクションだ。空想の世界の中ならなんでもOKとなる。そうあるべきだ」

「あるべきだって、そんなこと言われましても無理がありますって」


 そう言われて、天の声が黙り込む。自覚はあるようだ。

 僕は


「ていうか、どうせカクヨム甲子園創作合宿に4週連続で参加しようと思ったはいいものの、3週目の『メタフィクション』のテーマでいい話が思い浮かばなかったんだろ?」

「………」

「それでとりあえず作者と主人公が対話すればいいんじゃないかって思ったんだろ? そしたら字数も稼げるし、比較的短時間で書けるから」

「………」

「きっと皆勤賞のトリのスマホリングと特製しおりに惹かれてるんだろ? 一回参加だけでももらえるチャレンジ賞は抽選で当たった人しかもらえないけど、皆勤賞なら全員もらえるからね」


 僕はそう言い放つ。しばらくの沈黙の後、天の声がボソリと呟いた。


「……まあ、そういう気持ちもあるにはある。全面的に肯定するわけではないが」

「やっぱ賞品が欲しいんじゃないか!」

「貰えるものは欲しいじゃないか。だって限定品なのだから」

「その気持ちも分からなくはないけどさ……さすがにこんなぐだぐだした話はアウトだと思うよ。もうちょっとちゃんとした物語じゃないと」

「確かにそうなんだが———ちゃんとした物語を描くなら、あと4000字しかない」

「そんな字数じゃ何もできなくない? もう諦めなよ」

「いや、頑張ればなんとかなるだろう。希望を捨ててはいけない」


 なんとかなると駄々をこねる作者に、僕は思わずため息が出る。作者なのに主人公に丸投げするとは、なんとも身勝手だ。

 でも、その一方で、ちょっと協力してもいいかもという気持ちもある。賞品が欲しいからという理由は、少しだけ共感できた。


「仕方ない、僕が協力してあげるよ。字数が限られてるけど、これから小説のストーリーを考えよう」

「……本当にいいのか?」

「ああ。読者のためにもここからちゃんとした話にしたいし」

「……感謝する」


 天の声が感極まっているようだ。若干涙声になっている。


「じゃあ、まず話のテーマを決めようか? どんなのがいいかな?」

「転生ものはどうだ?」

「いや無理だって!! 4000字でどうやって転生して活躍するんだよ!? 交通事故に遭うだけで終わってまうって」

「じゃあ、ざまぁはどうだ?」

「4000字じゃ冒頭で終わるぞ! 主人公が報われないまま終わる話とか良さを潰してるだろ! もっと他のはないのか?」

「……俺TUEEEは———」

「僕は一人称『俺』じゃないから無理! 今から一人称を変えたって読者にはバレバレだ!」


 僕は思わず本日2回目のため息をついた。

———だめだ、作者のテーマ案が致命的にダメすぎる。短編なのになんで長編向けのテーマばかり持ってくるんだ。もっと他にあるだろ、現代ドラマとかラブコメとか。


「短編にしなくちゃいけないんだから、他のジャンルの方がいいんじゃないかな? 特にラブコメとか、高校生の甘酸っぱい青春をストーリーにできるから作りやすいんじゃない?」

「……まだ誰とも付き合ったことないから、むしろ書きづらい。恋愛系は絶対に書けない」

「……なんかすみませんでした。恋愛系はやめときましょう」


 となると、あとは現代ドラマだけか? いや、ホラーとかミステリーとかSFもいけるかな? 現代ファンタジーもある?


「現代ドラマ・ホラー・ミステリー・SF・現代ファンタジーの中でOKなものは?」

「現代ファンタジーだけだ」

「いや、できるのが現代ファンタジーだけなら最初からそれでよかったじゃんか!」

「現代ファンタジーだけとは失礼な、異世界ファンタジーもいけるぞ」

「異世界ファンタジーは4000字じゃ無理があるんだよ!」


 まあ、これでジャンルは決定した。改めてテーマ決めだ。


「どんなテーマにします?」

「……うーん、難しいな。魔法で困っている人を助ける話とかはどうだ? うまくいけば感動する話になる」

「そのテーマで良いと思う。ただ、なんで最初っからそういう案を出さなかったかな……。字数が限られてるっていうのに」


 よし、ここから細かい設定を決めていこう。


「どんな設定にしますか? 例えば、冒頭に困ってる女の子を登場させたり」

「そうだな。まず幽霊に襲われている女の子がいて、そこに君が助けに現れるというふうにしよう」

「そのあとは———」

「君が易々と幽霊を倒して、女の子を助ける。しかし、女の子の顔は曇ったままだ。君はその理由がわからないまま、とりあえず立ち去ることにする。だが、少し心配して女の子の後を追ってみた」

「あの———」

「すると、女の子はお墓を訪れる。それは女の子のお兄さんのお墓だった。そして、君が倒してしまった幽霊が、お兄さんの幽霊であったことを知る。そこからクライマックスを迎えるんだ」


 天の声が、そこで一度話を止めた。僕は、やり切った感を出している天の声に言う。


「……ちょっと良いですか」

「なんだ?」

「あと2500字しかないんですけど」

「いや、嘘だろう?」

「ほんとですよ。ワークスペースの右下を見てください」


 すると、マウスをクリックする音がした。その直後、叫び声が辺りに響き渡る。


「まずい!! さすがにあと2500字は無理だ! もう半分しか残ってない!」

「もう諦めましょうよ。一応400字はとっくの昔に超えてますし、応募はできますよ」

「いいや、作者の矜持を保つためにも、ここで終わらせたくない! 中途半端なところで終わっても良いから、冒頭だけでも始めよう!」

「それ読者がめっちゃ嫌がるやつだって!」


 僕はそう言うが、天の声は聞こうとしない。


「ストーリーはさっき考えたものでいいだろう。君は魔法使いだ。これから魔法を使う能力を授ける」

「ちょっと落ち着きましょうよ」

「落ち着いている間にも字数は減っていくんだ。落ち着いていられるか!」


 そう言いながら、天の声は僕に魔法使いの能力を授ける。

 空からそれっぽい金色の光が降ってきて、僕を包み込んだ。体の内側で何かのエネルギーが渦巻いているのを感じる。これが魔力なんだろう。


「君は魔法使いだ。これから君は幽霊に襲われている女の子を助ける。今その女の子を出すから、ちょっと待っていてくれ」

「女の子を出すって、作者の権限強すぎでしょ」

「その世界観で作者は神みたいなものだからな」


 その間に、僕の目の前で3Dプリンターのように女の子が生成されていく。12歳くらいの女の子で、白いワンピースを着ていた。


「これからこの女の子が幽霊に追われる。君はその幽霊を倒すんだ」


 その直後、女の子が路地裏から飛び出した。女の子の背後から、青年の幽霊が一定の距離を置いて追いかけている。

 僕は仕方がなく、女の子を走って追いかけた。


「おい、早く幽霊を倒せ。悠長に追っているための字数はないんだ」

「完全に字数の配分ミスってるだろ!!」


 僕は天の声にせっつかれたので、魔力弾を作って幽霊の心臓を撃ち抜いた。その途端、幽霊があっけなく霧散する。


「ちゃんとした魔法の説明もなく、敵を速攻で倒すのは大丈夫なのか? 俺TUEEEだってもう少し字数とるだろ」


 女の子は、幽霊が消えたのを察してか、背後を振り返った。幽霊がいなくなって嬉しいはずなのに、その表情は複雑そうだ。


「次にあの女の子はお墓に行く。作者権限で移動時間はカットだ」

「権限を濫用しすぎだって!」


 その次の瞬間、僕たちはお墓に移動していた。

 女の子が、一つのお墓の前でゆっくりと座り込む。その口から、今にも泣きそうな、震える声が漏れた。


「さっきの、お兄ちゃんだったんだよね? 私が悪い子だったから、化けて出てきたんでしょ?」


 そう呟く女の子の頬を、一筋の涙がつたう。


「え、これ、もしかして結構良さげな感動シーンなんじゃ……?」


 僕は思わずそう呟く。このまま続けてほしい。続きがとても気になる。


「だがもう字数がまずい。最後まで書き切ることは不可能だ」

「字数配分もう少しちゃんとしようよ」

「ということで、ここで物語は強制終了だ!!」

「勝手に終わらすなーーー!!!」



 完

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