『幽霊』

羽守七つ

幽霊

社会人になってから実家に帰るなんていつぶりだろう。

都会と田舎の間のようなまち。

うちからコンビニに行くのに、ああ遠くて面倒だ、とも思わないけれど、その道中には田んぼがある。


そう、そして、

こうして午後5時になると何処からか「ゆうやけこやけ」が聴こえてくるんだ。


夏はまだこんなふうにとても明るいけれど、公園から家に急ぐ子どもたちが「またな!」って帰ってゆく声がする。



ぼくもそうだったな。



小学生の頃、夏休みは本当に特別で、非日常だった。

日常よりも少し早く起きて、7時から始まる地域のラジオ体操にいく。

溜まっていくスタンプが嬉しくて、埋めてやろうって思った。おやつもらえたしね。


君もそうだったよね?いつもいたもん。

ぼくはおばあちゃんがしんじゃったとき何回か休んだけど君は来てた?


あれは何年生の時だったかな。

えっと。君は何年生だったんだろう。同い年だったっけ?

ぼくと背格好が似ていたけど同じ小学校じゃなかったから、夏休みにあわせてこっちに遊びに来ていたのかなあ。

訊いたことなかったね。


そんなことより、君とはたくさんおもしろい話がしたくて、ぼくの秘密の場所とか教えてあげたくて、忙しかったんだもん。


君とは風鈴の音と同じ頃にいつも会えたよね。

「おれのかぁさん、夏休みの間だけ風鈴を飾るんだ」

って言ったらぼくをバカにしたみたいに笑ったよね。

カッコつけてオレ、って言ったのそんなにバレバレだった?ってぼくも笑って。

まだママって言ってるくせに、ってまた笑って。

なんか言い返さなきゃって思ったから、ぼくがいつもお姉ちゃんに言われることいってやった。

ダサい笑い方!


学校のともだちと遊ぶ時は誘っても来なかったね。

ともだちと遊ぶのも楽しいんだけどね、

やっぱり夏休みは君といるほうが良いから、ゆうやけこやけが鳴る前に帰って来たりしたんだよ。


ママがおばあちゃんのところに行ってくるから少しだけお留守番してて!って慌てて出ていった日。

ぼくがひとりの時に初めて家で遊んだよね。


どっちのほうが遠くから風鈴を鳴らせるか息を吹く遊び。楽しかった。

君はとっても強くて、何歩離れてたっけ?

リンリン……て2回も鳴らせてすごいね!って。

そう、その時おばあちゃんも居て、すごいね!って。

でしょ、ぼくのだいすきなともだちなのって自慢したら、おばあちゃんものすごく嬉しそうに笑ってくれて。

とっても、ほこらしい気持ちになったんだ。


雨が降った日も来てくれるかと思っていたけど、やっぱり来なかったね。

知ってるよ、君はうちで遊ぶのは好きじゃない。


その次の日は一番おっきい水溜まりを探しに行ったよね。

水面に君の姿の記憶がないのはたぶん、ギラギラした太陽が反射して眩しかったから。

絵日記に君を描こうと、何度もしたんだけどいつも上手くいかなくて。

水色とピンクで薄く、君の形を描いた。

かぁさんに、これはなに?って訊かれたとき、なんだか嘘つかなきゃ、って思って。

太陽のひかりって。答えた。



君と、会えなくなったのはいつだっただろう。

5年生だっけ?6年生かな。


それまであんなに君と会いたくて、夏休みが来るのを楽しみにしていたのに。

あ、そういえば、って気付いたときにはその年の夏休みが終わろうとしていて。


馬鹿でごめんね。

忘れていたわけじゃ無かったんだ!

えっと。多分……だけど。

ねぇさみしいよ。だから、ねぇ、またあいたい。



8月31日の夜。

また明日からおれは日常に戻る。

新学期の準備はもう完璧だ、って確認した時に鳴ったんだ。


リンリン……

明日の朝にはもう無い、風鈴の音。

ハッとして窓から外を覗いて。

水色とピンクのひかりが。


見えないけれどきっとにっこり笑っていて、


君だって思った。


庭では姉ちゃんと姉ちゃんの友だちとかぁさんが花火をしていて。

おれはもうそんなんに混じらなくて。

火花とは違う、やさしくてだいすきなひかり。

なぜかわかったんだ。もう君には


あえない。


ちよっと、ちょっと待って。

消えないで


姉ちゃんの手元の花の火のかけらが次々に地面に落ちてって。

消えて。

君も最後にリンリン……って。





 「いかないで」


リン………リリ……ン


ハッとして勢いよく顔を上げた。

顔が濡れている。

なんだ……?


「なにあんた、急にふらふらしながら帰って来てすぐ寝たと思ったら汗だくじゃん。なんかうなされてたし。そんな仕事きついの?」


「あ、え。姉ちゃん……」


「なに?泣いてんの?やな夢でもみた?」


「いや……ううん。なんだったかな。」


「とりあえずさぁ、おばあちゃんに線香あげなよ」


「そうだね」


「ねえ、おばあちゃんが亡くなったのっていつだっけ?」


「うんー。確かあたしが小6だったからアンタが4年とかの時じゃない?夏休みだったよね。お母さんが向かった時にはもう間に合わなかったんだって泣いてたの覚えてる」


「……へぇ」


「そういやその次の年だったかなー?友だちと庭で花火してる時にさ、なんかぼんやり人影みたいなの見て。おばあちゃんかなって思ったんだよね。全然怖くなくて、お盆もうとっくに終わったよーって心の中で教えてあげたの。そしたらなんか花火と一緒に消えてさ。ねぇ、それって」


…………リンリン、、、


『幽霊』


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『幽霊』 羽守七つ @nana_tsu

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