駄作。

水鳥川倫理

第1話、駄作。

あの桜並木の下、月明かりがあなたを照らしていた。震える声で、あなたは私に告白してくれた。


「好きだ。誰よりも、君を愛してる」。

あの瞬間、私の世界は色を変え、心は歓喜に震えた。

あなたとの日々は、夢のように輝いていた。

私の全てが、あなたで満たされていく感覚。

この幸せが永遠に続くのだと、疑いもしなかった。あなたの指が私の髪を撫でるだけで、

私は宇宙の果てまで飛んでいける気がした。

なのに、あなたは私から離れてしまった。



あんなに熱烈に告白しておきながら、

自分から手を放すなんて。

最低な男だって、わかってる。

私の何がいけなかった? そんなに想像と違った? 私のどこが、あなたの理想から外れたの?

教えてよ。教えてくれなきゃ、

私、どうすればいいか分からない。息ができない。




今まで、恋なんてしたことなかった。

いや、正確には、恋に恋してただけ。

幼い頃から、私は現実よりも物語の中に生きていた。絵本のお姫様のように、白馬の王子様が私を迎えに来てくれると信じてた。

初めての「恋」と呼べる感情は、

小学校高学年の頃、クラスで一番足の速い男の子に向けたものだった。彼の運動会の活躍を、ただ遠くから見つめるだけで胸がときめいた。

話しかけるなんて、夢にも思わなかった。

私にとって、恋は手の届かない、

きらきらした憧れだったんだ。



中学校に入ると、雑誌の恋愛特集を読み漁るようになった。放課後の教室で友達と「好きな人いる?」なんて話しながら、私の心の中には、いつも架空の王子様がいた。実在する誰かを本気で好きになるのが、怖かったのかもしれない。傷つくのが嫌だった。だから、現実の恋には深入りしない。それが私の、無意識のルールだった。



高校生になって、初めて恋の「形」を体験した。

隣のクラスの男の子で、いつも真面目にノートを取ってる姿にキュンとしたんだ。

図書室で彼を見かけるたびに、心臓がドキドキして、顔が赤くなった。でも、話しかける勇気なんてなくて、ただ遠くから見つめてるだけ。

卒業と同時に、その恋も、何も始まらないまま終わった。まるで、最初から存在しなかったみたいに。私の恋は、いつも私の中で完結していた。

安全な場所で、傷つくことなく、ただ夢を見るだけ。




大学に入って、少しだけ積極的になった。

いや、正確には、少しだけ「現実の恋」に触れる機会が増えただけ。

サークルで知り合った先輩は、優しくて、いつも私の話を真剣に聞いてくれた。

私のつまらない話にも、にこにこしながら相槌を打ってくれる。初めてのデートは水族館で、先輩がクラゲの生態を真剣に解説してくれた時の横顔が忘れられない。あの時、もしかしたら、この人なら私をちゃんと見てくれるのかもしれないって、淡い期待を抱いたんだ。

でも、その先輩には付き合ってる人がいた。

後から知って、すごくショックだった。私って、いつもこんな感じ。

誰かを好きになっても、叶わない。

私じゃ、ダメなんだって、改めて思い知らされた気がした。



だから、あなたが現れた時、私は正直戸惑った。

まるで漫画の中から飛び出してきたみたいに、堂々と私に告白してきたあなた。

あの桜並木の下で、あなただけが私に真っ直ぐに、力強く「好きだ」と告げた。

今までの私だったら、きっと逃げ出してた。

現実の恋から目をそらして、また物語の中に閉じこもっていたはずだ。

でも、あなたの真っ直ぐな瞳に、吸い寄せられるように頷いてしまったんだ。

それは、初めて、本当に「手に入りそう」な恋だったから。初めて、私も愛されるんだって、心の底から思えたから。

あなたは、私を特別だって言ってくれた。私の全てを肯定してくれた。

それが、私にとってどれだけ大きな意味を持つか、あなたは知らなかったでしょう?

ずっと、誰にも理解されない、私の内側の世界を、あなたが初めて認めてくれた気がしたんだ。

私の全てを、無条件で受け入れてくれる人が、この世界にいるんだって。



あなたとの日々は、本当に夢のようだった。

毎朝、あなたの「おはよう」というメッセージで目が覚める。何気ないスタンプ一つで、心が踊る。

学校で会えば、さりげなく隣にいてくれる。

それだけで、私の周りの景色が、あなただけが光り輝いているように見えた。

初めて手をつないだ日、あなたの手のひらの温かさが、私の心を溶かしていくようだった。

ずっと触れたかった温かさ。

もう離したくないって、強く思った。

カフェで未来を語り合った時、あなたは私の夢を、まるで自分のことのように真剣に聞いてくれた。

「君ならできるよ」「俺が応援する」その言葉一つ一つが、私の背中を押してくれた。

あなたは、私に自信を与えてくれた。

私の中に眠っていた、知らなかった私を引き出してくれた。

だから、あなたの言葉が、私の心を蝕んでいくなんて、夢にも思わなかった。

「君は何も悪くない。想像と違ったなんて、そんなことは決してない。むしろ、想像をはるかに超えるほど、君は素晴らしい人だった」

あなたの言葉に、私の心は少しだけ安堵した。

でも、それなら、なぜ? なぜあなたは私から離れたの? なぜ? なぜなの? 私じゃ、ダメだった? 私のどこがいけなかったの?



「君が完璧すぎたからだ」



あなたの口から出たその言葉は、

私にとってあまりにも意外だった。完璧? 私が? 笑わせないでよ。

私は完璧なんかじゃない。完璧なんかじゃ、ないのに。私は、あなたの前では、いつも弱くて、不安で、すぐにでも壊れてしまいそうな存在だった。


「君はいつも、俺の隣で微笑んでくれた。俺がどんなに落ち込んでいても、疲れていても、君は静かに寄り添い、俺を支えてくれた。俺が何をしても、君は決して否定せず、いつも肯定してくれた。俺の夢を、君は自分のことのように喜んでくれた」


あなたの言葉は、私の心を温かくした。

でも、同時に、不安もよぎった。ねえ、それは私があなたをどれだけ大切に思っていたかの証拠じゃないの? なんでそれが、あなたを苦しめるの? 私はただ、あなたに尽くしたかっただけ。あなたが笑ってくれるなら、それでよかったのに。

「君は、俺にとっての理想そのものだった。いや、理想を超えていた」

あなたの言葉は、まるでナイフのように私の胸に突き刺さった。理想。私は、あなたにとって、ただの理想だったの? 私の全てを捧げたのに、それはあなたにとって、重荷だったってこと? 私の存在が、あなたを苦しめていたなんて。



「俺は、そんな君の隣にいることが、だんだん苦しくなっていったんだ」

あなたの声は、深く沈んでいた。

「君が完璧であればあるほど、俺は自分自身の未熟さを痛感した。君の輝きが強ければ強いほど、俺の影は濃くなった。君が与えてくれる愛情が深ければ深いほど、俺はそれに値しない人間だと感じた」

私は、ただあなたの隣にいたかっただけなのに。あなたを支えたいと、ただそれだけを願っていたのに。それ以上のものは何もいらない、ただあなたがいてくれればいい。そう思ってたのに。あなたは、私の愛情が重かったって言うの? 私の愛情が、あなたを追い詰めたの? 私の全てが、あなたを苦しめていたの?

「俺は、君の隣にいる自分を、愛せなかった」

その言葉に、私の心臓が凍りついた。愛せない? 私は、あなたが私を愛してくれていると、そう信じていたのに。私の存在が、あなたを嫌いにさせたの? あなたの隣にいる私が、あなたを苦しめていたの?

「君は、俺に何も求めなかった。ただ、俺の隣にいてくれるだけでいいと、君はそう言ってくれた。その無償の愛が、俺には重荷だったんだ。俺は、君に何かを返したいのに、返すものが何もない。そんな自分が、情けなかった」

あなたの言葉が、私の心を締め付けた。私は、あなたに何も求めていなかった。ただ、あなたの隣にいるだけで、幸せだったのに。あなたは、私が何も求めないことが、許せなかったの? 私が、あなたに求めることができなかったから、あなたは去ってしまったの? 私が、あなたに依存しすぎていたから?

私が壊したあなたの自信

「君といると、俺はどんどん小さくなっていくような気がした」

あなたの瞳から、涙がこぼれ落ちた。

「君の存在が、俺の自信を少しずつ削り取っていった。俺は、君にふさわしい男になりたかった。君の隣に堂々と立てるような、そんな強い人間になりたかった」

私は、ただあなたを愛していただけなのに。ただ、あなたを支えたかっただけなのに。私が、あなたの自信を奪っていたの? 私が、あなたをダメにしていたの? 私は、あなたの輝きを曇らせていたの?

「でも、努力すればするほど、君との差は開いていくように感じた。君は、いつも前向きで、どんな困難にも立ち向かっていく強さを持っていた。俺は、そんな君の背中を、ただ追いかけることしかできなかった」

私が強すぎたの? 私が、あなたを苦しめていたの? 私が、あなたをダメにしたの? どうして私なの? 私の全てが、あなたを追い詰めていたの? 私が、あなたを壊したの?

「俺は、君を傷つけるのが怖かった」

その言葉に、私の涙腺は決壊した。あなたは、私を傷つけるのが怖いと言いながら、今、私を深く傷つけている。もう、これ以上傷つけられないほどに。私の心は、バラバラになった。私からあなたを奪っておいて、傷つけるのが怖いなんて、どの口が言うの?

あなたのいない世界で、私は狂う

自問自答を繰り返すうちに、あなたは決断したんだ。私から離れることを。

それが、私にとっての幸せだと、あなたは信じたかったの? あなたのような未熟な人間ではない、もっと私にふさわしい男が、きっといるはずだと? 私にふさわしい人なんて、あなた以外にいるわけないじゃない。私が欲しかったのは、あなただけなのに。あなたしかいないのに。

私の瞳から、涙がとめどなくあふれ落ちた。あなたは、自分の身勝手さに絶望したと言った。私を傷つけるために、告白したわけじゃない。私を幸せにしたかったのに、結果的に私を深く傷つけてしまったと。そうじゃない、そうじゃないの! あなたが私を傷つけたのは、事実じゃない! あなたがいないと、私は幸せになれない。あなたは、私を幸せにする資格がないなんて言うけれど、あなたがいないと私は生きていけない。

あなたは、私を愛してる。今でも、心の底から愛してると言った。

でも、私を幸せにする自信が、あなたにはなかった。私の隣にいる資格が、あなたにはないと思ったのだと。

だから、あなたは私から離れた。

それが、あなたの人生で最も辛い決断だったと。

私は、今、あなたのいない世界で、後悔と悲しみ、そして狂気にも似た愛情を抱えて生きている。

あなたを失った喪失感は、日を追うごとに募っていく。あなたとの思い出が、美しければ美しいほど、私の心は深くえぐられる。まるで、私の内側からあなたを求めて叫び続けているかのように。あなたの声が聞きたい。あなたの匂いを嗅ぎたい。あなたの指に触れたい。あなたがいないと、何もかもが色を失っていく。

あなたは、本当に愚かな男だ。私を愛しながら、私を傷つけた。私を幸せにしたいと願いながら、私から離れた。あなたは私の全てだったのに。私の存在意義だったのに。あなたがいないと、私はただの空っぽな抜け殻だ。

もし、あの日に戻れるのなら、私はあなたを離さない。

どんなに自分が未熟でも、どんなに私が強すぎても、あなたの隣にいることを選ぶだろう。あなたを苦しめてしまうなら、もっともっと弱くなる。あなたの望む私になる。だから、そばにいて。お願いだから。あなたを愛する気持ちだけを信じて、あなたの全てを受け止め、あなたと共に歩むだろう。あなたが「重い」と思うのなら、私は空気のように軽くなる。あなたの視界から消えるくらい、薄い存在になる。だから、私を置いていかないで。私を捨てないで。お願い、お願いだから。

でも、時は戻らない。

私は、あなたを失った。

そして、あなたは私を失った。

私は、これからもずっと、あなたを愛し続けるだろう。どれだけ時が経っても、私の心からあなたが消えることはない。消えるわけがない。あなたのことしか考えられない。食事も喉を通らない。眠れない。あなたがいないと、何もできない。

そして、あなたがどこかで幸せになっていることを、心から願っている。あなたは、私の全てを奪っていったけれど、私はそれでもあなたの幸せを願う。それが、私に残された唯一の、あなたへの愛し方だから。でも、私の幸せは、あなたがいなければ存在しない。

私の、たった一人の愛しい人。

あなたが幸せでありますように。

どうか、私がいない場所で、幸せでいてね。

あなたのいない世界で、私は、この痛みとどう向き合っていけばいいのだろう。この空っぽな心で、どうやって生きていけばいいの? ねえ、教えてよ。あなたがいない世界で、私、どうやって息をすればいいの? 次に誰かを好きになれる気がしない。もう、誰も信じられない。私を捨てたあなたを、私は決して許さない。


でも、それでも、あなたを愛してしまう。



この気持ちは、どうすればいいの?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

駄作。 水鳥川倫理 @mitorikawarinri

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ