マザーとシスター

「ピジョン、体調はどうだ」


「怪我は治りました。けどもう以前のようには動けないでしょうね」


 左手で地面を突いている杖を見せながら、言った。

 それを見て男は辛そうに、そして申し訳なさそうに眉を寄せた。


「そうか……」


「そのために、この子を連れてきたんでしょう?」


 ピジョンが手を握ると、少女も握り返してくる。

 薄くなった右手の感覚でも、しっかりと分かる。


「あぁ……ひとりでも助けられてよかった」


 ひとりしか助けられなかった。

 と言ったほうが正しいのだろうが、ピジョンはあえて言わなかった。

 この少女はピジョンと同じ少年兵の訓練施設にいて、戦後のどさくさで処分されそうになっていた所を拾ってきた。

 満足に動けないピジョンの代わりということなので、ひとりしか連れてこれなかった。

 他にたくさんの少年たちがいたが、彼らはもう処分されてしまったのだろう。

 命を捨てさせられた人間が、恣意的に命を拾うとは、なんとも皮肉なものだ。


「それにしても、この格好は本当に必要なんです?」


「当然だ。これからお前たちは、聖職者としてこの国の平和を守っていくんだからな」


 男はスーツ姿なのに、ピジョンと少女はシスターのような格好をしている。

 それなりに上等な服なのだろうが、普段着慣れていないので、なんとも気恥ずかしい。


「平和を……物は言いようですね」


 ピジョンは目の前の建物を見上げた。

 立派な教会だ。

 ここがこれから自分たちの拠点となるなんて、今でも信じられない。


「通称、黒の教会。国民のためにしっかりと働いてくれよマザー、そしてシスター」


 そんなことを言われるような年齢でもないし、そもそも子供なんて産んだ覚えもなければ、その気もない。

 ピジョンは不満気に、口元をすぼめた。

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白いハトの帰るべき場所 種田自由 @tanedaziyuu

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