エピローグ 



「丁寧にね、彼女は普通にご遺体を家族に返すから」



 朝焼けで眩しい教室の床にそっと下ろされた制服姿の少女を見下ろした。床には「騎士」と書かれたカードが落ちている。私はそれを拾ってそっと撫でた。

 萌実は彼女に感謝していたようだったけれど、私はやっぱり貴女が許せなかった。唯ちゃん。

 中学時代から数えて何人ものいじめ被害者を出したミカの一番そばにいながら。助けられる環境にいながら何もしなかった貴女が、許せなかった。たった一声、唯ちゃんが声を上げてくれていれば、人生が変わった人が萌実の他にもいたかもしれない。


 このゲームを通して見えた唯ちゃんの勇気や正義感、見事なものだったよ。けれど、そんな勇気を持ちながら何もしなかった貴女もミカと同罪だよ。

 私は、発言の節々から見える唯の自己保身と「自分さえいじめられなければいい」という傍観者の腐った考えを感じて彼女を許すことができなくなった。

 本当のシナリオはこうだ。唯は、萌実を助けられなかったことと仲間達を死なせてしまった罪悪感を持って生きていく。ネット上にミカが流した動画や写真、個人情報があるせいで唯は一生日陰でひっそりと罪悪感を抱えて暮らしていく。そんなものだった。


 けれど、私は最後の処刑者・理子との尋問であえて「自殺」という言葉を何度か使った。そして、それをプロジェクター越しに「仲間たちを自分のせいで死なせた」と罪悪感に溺れている唯が聞いているのを承知で。

 そして、いつもは必ず使用後に片付けさせていたプロジェクターの機材類を放置するように命令した。元々、こまめに片付けさせていたのはプロジェクター類の設営に使用する延長コードなどがゲームに関係のないところで凶器として使用されると困るからだった。

 コードが凶器になると知ってて放置した。未来に対する絶望、自分がしてしまったことの罪悪感。彼女が抱えたものの大きさと、ここまでに起きた非現実的な殺人を目にし「死」に対する恐怖が薄れていた彼女が取る行動など目に見えていた。


——ありがとうお姉ちゃん


 頭の中で萌実の声が響いた。


「萌実?」


 ぐわんぐわんと頭が揺れるように痛んだ。私は、膝をついて頭を抱える。脳内の萌実が嬉しそうな声で続ける。


——お姉ちゃんのおかげで復讐、できたよ! 


——お姉ちゃん、私もう安心して生きていくことができるよ!


——だから、消えちゃってね



***



 忙しない人混みは、嗅ぎ慣れない香水の匂いが混じっている。日本旅行にきた観光客のものか、空港の免税店で買ったブランド品か。私にはよくわからない。

 広い空間でいろんな人が動き回り、前になかなか進めない。私は一際大きなスーツケースを運びながら両親の元へとやっと辿り着いた。


「成実、いってらっしゃい」

「まさか、成実がダンス留学だなんて」

「だって、あれは萌実の夢だったでしょう?」


 両親は涙ぐんで、それから私の肩をぽんぽんと叩いた。そして、まるで奇跡が起こったみたいに私の顔を見つめた。


「成実は生まれつき膝が悪かったろう? まさか、奇跡的によくなるなんて。よく二人でダンスがしたいって言ってたのに体のせいでできなかったから。もしかしたら萌実が奇跡を起こしたのかもね」

「えぇ、そうかもね。あっ、もう時間だ。行かなくちゃ」


 両親に送り出されて私はゲートをくぐった。


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