幽体離脱の悪い夢

マシロ セツナ

幽体離脱の悪い夢

じゃあひとつ、ある話をしよう。

刹那、少女はその四肢を大きく振るう。フェンスから投げ出された華奢で小さく丸まった身体が宙に浮く。

ただ、ただ、ひとつこの世界に星が増えた日の話。


時刻はもはや深夜4時。朝と言ったほうが適切だろうか。現在時刻への不満が頭痛となって脳へ伝わる。いつからか、楽しかったことは全て色を失っていった。好きな動画は音にしか聞こえず、本を読む集中力もゲームを長時間プレイする体力もない。身体からは頭痛、胃痛、関節痛、腰痛、腹痛、痛痛痛。睡眠サイクルなんてあってないようなもので寝ようと思って寝たのなど半世紀以上前のことである。それらに必死に抗うように雑音を流したイヤホンからは絶え間なく音を流している。健康であろうと運動をしては二日以上続かず自己嫌悪するのがお決まりである。

ボクは特別でありたかった。悪い意味でもいい、厨二病でもメンヘラでも。誰もボクが見えていないようで苦しかった。

集中力の限界を感じ、取り憑かれたように立ち上がると窓を開け夜風に当たる。数日に一度のこの時間は決まって「いつ死のうか」、「どこで死のうか」、「何をしてから死のうか」そんなことばかり考えるのである。それがボクの唯一の︎︎ ︎︎ ︎︎"︎︎救い︎︎ ︎︎ ︎︎"︎︎なのである。

よく、哲学的な問に思いを馳せる。それこそ死生観については穴の空く程熟考したし、話す人こそいないものの、大抵の事柄にはボクの持論が存在し即座に主張することが出来る。ずっとずっと、尖った人間だった。人生分の尖りを捨てるように終焉である死を考えている時は楽になれる。いくら漫画を読んで頭を空っぽにしても、寝ても朝は来る訳で絶望は親友顔をしてボクの傍を離れない。

なんてことない一日だった。そんなつもりは今日はなかった。それなのに嫌に気分が晴れやかで。「今日しかない」そう思った。

嬉しくて爽やかで、軽い足取りでフェンスを掴む。冷たい無機質の温度が肌を通り、いてもたってもいられない。やっと。やっと。その一心で「せーの」意味のない合図と共に、案外簡単に、少女はこの世界から姿を消した。


きっと彼女は星になる。

言い忘れたことも、言い返したいことも伝えられず指を加えて見ているだけ。

痛みも熱さも悲しみも、高揚感も空虚や焦りさえ何も感じぬ無機質になる。

それは何時までも。

五感は全て失われ、宇宙の海を彷徨う藻屑となるのだ。

それがあの綺麗な星なのだよ。


どう思う?

それでも行くのなら止めないけど。


そう言った彼女の姿は気づけば消えていた。

なぜなら、半年前に亡くなった浅い友達だったはずなのだから。

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