エピローグ、聖騎士叙任式

 一カ月後、僕はリタとルッチ楽長と共に聖王都へ戻って来た。大聖堂前広場で行われる、僕自身の聖騎士叙任式に出席するためだ。


 控室として与えられた大聖堂内の小部屋で、僕は海底より深いため息をついた。


 目の前の姿見に映るのは、水色の髪を腰まで伸ばし、大聖女ノエリア像と同じドレスを着た、神々しいまでの美少女だ。


「この恰好で聖王都民の前に出るなんて!」


 大聖女ノエリアを模した姿で民に安寧をもたらすように、というのが聖王猊下のお考えなのだ。


 幾多の教会と城壁のおかげで、聖王都は守られているとはいえ、人々の生活は魔獣と無縁ではない。そんな彼らを、大聖女の生まれ変わり出現で安心させたいという、聖王猊下の政治的意図が見え隠れする。


 扉がノックされて振り返ると、花束を持ったマーカスが入って来た。


「おめでとう、ノエル」


 片手でダークブラウンの髪をかき上げた幼なじみは、なぜか頬を赤らめている。


「ノエル、お前が美少女歌手で、初の女性聖騎士にして、大聖女の生まれ変わりだったとは……!」


 マーカスの大げさな演技に、僕は苦笑した。


「ありがとう。でもマーカス、男に花送るなよ」


「いやノエル、親友の俺の前では、女の子として振る舞ってくれよ」


「は?」


 まさかこいつ、僕を女の子だって信じてないよな? 美少女歌手って言ったのは、もちろん冗談だよな?


「隊長から聞いたぜ」


 マーカスは恥ずかしそうに目をそらし、指先でポリポリと頬を掻いた。


「お前は女の子で、ノエル・クローチェっていうのが本名なんだってな。聖騎士隊には偽名を使って、男装して入って来たって」


 いやそれはサルヴァティーニ隊長の作り話で、公式発表はそうなっているけれど――って、マーカスにはバラしていいんだよな?


 僕が一瞬、逡巡した隙に、マーカスはしゃべり続けた。


「聖騎士隊は今まで男子しか受け入れてなかったけど、隊長が隊則を変えて改革したんだ。ノエルが女の子のまま所属できるように。今後、女子寮の建設も始まるらしいよ」


「いやいやいや!」


 ぶんぶんと両手を振る僕に、マーカスは人のよさそうな笑みを向ける。


「聖王都の女性たちの間でも、憧れの職業につけるって喜びの声が上がってるんだって。聖女様たちも女性に守られるなら、私的な空間にも入ってもらえて、より安心だって評判らしい」


 聖騎士隊の隊則変更は、隊長が聖王に一言申し出れば済むのだろう。聖女学園に男子が入学できるよう変革するには、学園理事会を動かす必要があるから、そう簡単にはいかない。僕だって子供じゃないから、仕方ないと理解できる部分はあるのだが――


 痛むこめかみを押さえながら、僕は嚙んで含めるように言った。


「冷静に考えてくれ。もし僕が本当に女の子だったら、子供の頃、男子しか入れない聖歌隊に所属してるわけないんだから」


「そのころから男装してたんだろ?」


「ちっがーう!」


 僕が絶叫したとき、開いたままだった扉からルッチ楽長が入って来た。


「ハハハ、仲がいいな」


 今日はくたびれたローブではなく、張りのある布地で織られた祭服に、金刺繡の施された肩帯ストラをかけている。楽長も僕の伴奏者として、聖王猊下の御前に出るからだ。


「調子は良いか、ノエル?」


 楽長は『N.クロフォードのための練習曲第五番』と題された楽譜を片手に、ほほ笑みかけた。


「はい、マエストロ」


 しっかり首を縦に振ると、楽長も満足そうにうなずき返してくれる。それからマーカスへ向き直り、


「君がアレニウス師団長の弟、マーカス君だね。重要な役割を引き受けてくれてありがとう」


 と、なぜか礼を述べた。


 マーカスは照れくさそうに頭のうしろを搔きながら、


「いや、俺もノエルには元気出してほしかったッスから。幼なじみがすっかり昔の輝きを失ってて、なんとかしたかったんスよ」


 と答える。


「どういうこと?」


 訳の分からない僕に、楽長が打ち明けた。


「俺がサルヴァティーニ隊長に推薦したんだ。元天才ボーイソプラノのノエル・クロフォードこそ、聖女学園の潜入調査にうってつけの人材だってな」


 マーカスも、うんうんと同意する。


「俺は兄貴から、ノエルを聖騎士隊見習いに誘うよう言われたんだ」


「最初から全部仕組まれてたってこと!?」


 目を丸くする僕に、楽長がニヤリと笑った。


「仕組まれてたとは人聞きが悪い。俺は自分の信じた才能を手放す気はなかっただけさ」


 僕はドキッとした。テノールの師匠に破門されて失意の底にいたときも、才能を信じ続けてくれた人がいたんだ。胸が熱くなる。こみ上げてくる涙を抑えて、僕は楽長をにらんだ。


「それなら最初から、そう言ってくれればよかったじゃん」


「甘えるなよ」


 楽長は悪い笑みを浮かべて、僕のひたいを人差し指で弾いた。


「お前には自分で自信を取り戻してほしかった。才能を認めてくれる教師がいるから、じゃない。お前自身がその歌声を受け入れるのを待ちたかったんだ」


 確かに、自信の源が「楽長が認めてくれたから」だったら、僕は新しい依存先を見つけただけで終わっていただろう。


「俺はずっとお前の才能を信じていたのさ。言っただろう、『才能は、それを信じる者がいて初めて開花する』って。信じ続けた結果が、今日この日なんだ」


 楽長の言葉に胸がいっぱいになったとき、


「式典の準備が整いました」


 大聖堂で働く若い聖職者が控室に入って来た。


「お花、花瓶に飾っておきますね」


 マーカスから花束を受け取って、僕たちを見送ってくれる。


 大聖堂の入り口から広場をのぞくと、真昼の陽射しを浴びて、大勢の見物客がひしめいていた。立ち見の庶民とは別に用意された来賓の席には、貴族や聖職者がずらりと並んでいる。その最前列に座っているのは、橙色の髪を結い上げたご令嬢。僕に気が付いて、嬉しそうに手を振った。


「リタ――」


 僕も思わず片手を上げた。サルヴァティーニ聖騎士隊長の娘として、正式なドレスに身を包んだ彼女は美しい。あんな素敵な女の子が僕の恋人だなんて! 


 大聖堂の鐘楼から、式典の開始を告げる鐘の音が響き渡る。 


 僕の肩に、うしろからあたたかい手のひらが乗せられた。


「さあ、まずはサルヴァティーニ隊長からの表彰だ。行っておいで」


 楽長の落ち着いた声が、はやる心を静めてくれる。


 僕はひとつうなずいて、大聖堂の入り口から広場へ足を踏み出した。石畳に敷かれた赤いじゅうたんの上を歩き出した僕を、割れんばかりの拍手が包み込んだ。




 完




─ * ─




ここまでお読みいただきありがとうございました!


また、たくさんの方に素敵なレビューを書いていただき、感謝しております!


もちろん、お星さま評価だけでも大変うれしいです!!

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聖女学園の聖騎士〜男子禁制の聖女学園に入学を命じられた見習い聖騎士は、同室の美少女に迫られて困っているようです〜 綾森れん👑音声ドラマDLsite販売中 @Velvettino

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