第17話 大団円?


「それで、志明さんはこれからどうするのですか?」


「真衣が売却をせずに残しておいてくれたあの家に住んで、これからも執筆活動を続けていくよ」


「では、また志明さんの物語が読めるのですね! それは楽しみです!」


 満面の笑顔でポンと手を叩き声を弾ませる真衣を、眩しそうに見つめる志明。

 先に夕食を食べ終え、食後のお茶を飲み干すとおもむろに口を開いた。


「実は、君にお願いしたいことがある」


「あっ、婚姻関係の解消ですね? たしかに、もう必要はないですし、今後志明さんが別の方と結婚をするときに困りますものね」


 真衣は食事の手を止め、忘れないうちにやるべき事柄を紙へ書き出していく。


 役場への届け出。

 預かっている家の鍵、本、印税、未完の原稿、資料等の返却。

 

「他に、何があったかしら……」


「真衣、ちょっと貸して」


 考え込む真衣の手からペンを取った志明は、メモ書きに横から記入を始める。

 その間に、真衣は二階へ荷物を取りに行った。

  

「返却してもらいたいのは、丸を付けたもの。それ以外は、不要だ」


 追加項目があるのだと思った真衣だが、メモ用紙を見るとどうやら違うらしい。


 丸が付いていたのは、『鍵』、『原稿』、『資料』のみ。

 『本』と『印税』には×バツが付いていて、『役場への届け出』にいたっては線ではなく黒く塗りつぶされていた。


「本に関しては、お言葉に甘えてそのまま頂きます。でも、印税は困ります。これからあなたの生活費になりますし、受け取るわけにはいきません」


「これは今までの感謝の気持ちだが、真衣が困ると言うのであれば形を変えるとしよう」


 志明は、本以外の物を受け取った。


「ところで、なぜ『役場への届け出』が塗りつぶされているのですか?」


「ゴホン……その件は、これからも継続でお願いしたい」


「どうしてですか?」


「そ、その……俺が版元へ行けないときに、また真衣へ代理をお願いするかもしれないからな。俺の祖父や兄へは頼めないだろう?」


「たしかに、志明さんの言う通りですね」


 疑問に思うことなく、真衣はすんなりと納得した。

 自分の苦しい言い訳が通用したことに、志明はホッと安堵の息を吐く。

 

 志明が霊になる前は、一人でも何の問題もなかった。

 つまり、婚姻関係を継続する理由としてはかなり弱いのだが、鈍い真衣は気付かない。

 そして、自分との関係が維持される限り、真衣は他の誰とも結婚はできないのである。


 身分はなくなっても、志明は生まれついての皇族だ。

 『華族物語』の作者である(元)和泉宮正志も、やはり策士だった。

  


「俺は、これから『恋愛物語』も書いていこうと思っている。その手伝いをしてくれないだろうか?」


 志明は、さりげなく話題を変えた。


「前に仰っていたものですね。もちろん、喜んでお手伝いをさせていただきます。でも、代筆はもう必要ないですよね? 出来上がったものを読んで、志明さんへ感想を伝えればいいのですか?」


「そうだな。ぜひ、一番に読んでもらいたい」



 ◇



 その後出版された物語は、のちに「志明の『恋愛物語』シリーズ」と呼ばれる、『華族物語』と双璧をなす代表作となる。


 男性主人公の他愛ない日常を描きつつも愛する女性への想いがあふれた物語は、世の女性たちの心を鷲掴みにし、「片思い中の彼の恋が成就(完結)するのを見届けるまでは、絶対に死ねない!」と言わしめるほどの人気を博す。


 もちろん真衣もその内の一人で、「いつ、彼(主人公)の恋は実るの?」と志明に毎度尋ねているのだが、にっこりと笑う彼の答えはいつも同じ。


「それは、だ」


 物語は、売れない作家である主人公が、想いを寄せる幼なじみの女性が営む茶房で執筆活動をしながら少しずつ作家として成功していく過程のなかで、彼女との何気ない幸せな日常を描いたもの。


「これは一読者としての感想ですけど、いくら何でも幼なじみの彼女が鈍感すぎませんか? まあ、あのじれったさもこの作品の魅力ではあるのですが……」


「『彼女が、なぜ彼の気持ちに気付かないのか?』については、私も真衣の意見に完全に同意!しかない」


「ふふふ、志明さんは作者なのに、おかしな発言をするのですね」


 楽しそうに笑う真衣は、目に涙を浮かべている。

 そんな彼女を見やりながら、『おかしい。こんなはずではなかった』と志明は人知れず頭を抱える。

 

 志明としてはもっと早くに気付いてもらえると思っていたのに、真衣の鈍感さは筋金入りで、自分が接近アプローチの方法を間違えたことは理解している。

 

 遠回しではなく直球で、遠慮せず積極的に行くべきなのか?

 しかし、真衣に嫌われて婚姻関係を解消されてしまっては本末転倒。


 そもそも、気持ちに気付いてもらえない時点で、男としての魅力に欠けている?

 もしや、自分は恋愛対象外なのでは……


 何が正解なのかも現状打開策も浮かばず、策士志明は日々悶々と頭を悩ませる。


「これは私の個人的な感想ですから、そんなに落ち込まないでください。では、続きを楽しみにしていますね! あっ、いらっしゃいませ」


 うなだれる志明へ声をかけ、真衣は客を迎える。

 志明は座敷の一番端の定位置で、変装用の眼鏡をかけ今日も執筆作業に勤しむ。


 貸本屋の座敷は、それほど広くはない。

 相談客で混雑してきたら、志明は自宅へ戻ったり図書館へ資料を探しに行くなどして席を空ける。

 そして、頃合いをみて、また店に顔を出すという生活を送っているのだ。


 たまに、都で評判の店の総菜やお菓子を差し入れすることもある。

 真衣は「気を遣わせてしまって、すみません……」と恐縮するが、志明としては彼女と一緒に食べたい。

 喜ぶ顔が見たい。


 ただ、その想いだけ。



 ◇◇◇



「真衣、おはよう」


「おはようございます。志明さん」


 朝一番に挨拶を交わす二人は、結婚して半年になる新婚夫婦。

 しかし、他の夫婦とは少し様子が違う。


 挨拶の場所は寝室でも自宅でもなく、妻が営む貸本屋の中だ。

 二人は同居しておらず、徒歩で行き来できる距離に別々に住んでいる。

 

 夫は毎日開店前の店にやって来て、一緒に朝食をとるのがいつもの日課。

 貸本屋の営業が始まれば、定位置に移動し仕事を始める。


 昼食を食べ、閉店の片付けを手伝い、その後に夕食を食べる。

 食費などは、生活費として毎月妻へ手渡していた。


 執筆をしたり、おしゃべりをしたり、読書をしたり……そして自宅へ帰っていく。

 

「おやすみ、真衣」


「おやすみなさい、志明さん。また、明日」


 笑顔の妻に見送られて、夫は家路につく。

 妻は今日も、次々とやって来る客の対応に追われていた。


 最近は、相談者の中に若い男の姿もある。

 さらに、たまに霊からの依頼も受けていて、その場には必ず同行している夫の心配が尽きることはない。

 

 妻が、夫の発言の真意と作品に込めた熱い想いに気付くのは、まだまだ当分先のことになりそうだ。



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