どんな私も最高の女

渡貫とゐち

第1話



「この写真をばら撒かれたくなければ……僕の言うことを聞いてもらおうか」



 ひとけのない外部校舎へ呼び出された私を待っていたのは、確か新聞部の……チビでメガネな男子だった。

 彼は印籠のようにスマホの画面を見せてくる……そこに映っていた画像は…………、


「それ、私の――」


 そう、裸の写真だった。


 え、待って…………綺麗過ぎない? 現代を生きる女神かよ。


 たぶん盗撮だろうけど、更衣室で着替えている私を斜め前からばっちりと。

 全身を撮影することに成功していた。


 偶然だろうけど、両腕を上げて写真映えするポーズを取っている私。盗撮なのにプロ顔負けなアート写真になっているのは私というモデルが良いからに他ならないわね。


 それにしても……、ほんと、良く撮れてる……。

 この綺麗な美人さんは誰なの?


 ――ええはい、私です!


「私の写真ね……AIで作ったの?」

「実際の、あなたの写真ですよ。盗さ……いえ、偶然、撮れてしまったものです」


 いや、もう盗撮でもいいんだけどさ。私は怒らないわ。知らない私を教えてくれたことに免じて、盗撮については不問にしてあげるつもりだし。


「AIなんてズルはしませんよ。正真正銘、あなたの裸の写真です。今ここで見比べますか? AIにアソコの毛まで再現できるとは思えません」


「それもそうね」


 嘘、テキトーに言った……AIってすごいらしいし、できるんじゃないの?

 ともかく。


 彼は私の裸の写真を、どういうルートで手に入れたのか――まあ盗撮犯であればデータは当然、彼の元へ送られるわけよね。なら、入手ルートを調べるまでもない。


 盗撮の腕は確かなようだった。もちろん、吐き気がするけどね。

 こんなことで女の子を脅すなんて……彼の器の小ささに鼻で笑ってしまう。


 ふっ、と笑う私に訝しむ彼。

 そんな彼に、私は先んじて聞いた。


「言うことを聞いてほしいって話よね……で、私になにをしろって?」


「ふふ……さて、なにをしてもらおうかな。君みたいなとびっきりの美人さん、横に置くだけでも僕の評価が一変するだろうね」


 トロフィー扱いするなら、確かに私はぴったりではある。

 だけど、トロフィーを持つ人間にだって相応の実力は求められるわけだ。


「一変……する? まあするかな……不信感が増えるだけだと思うけど」


 この世には釣り合いがある。

 繰り返すが――チビでメガネな新聞部のガキに、長身で現役雑誌モデルのハイスペックな私では釣り合うわけがない。

 当然ながら。

 彼にあっと驚くような才能があるわけでもない……いいえ、あったわ、盗撮の才能がね!


 しかし、それで釣り合うわけもない。というか私と釣り合う男なんてハリウッドレベルまでいかないといないんじゃないかな? 彼のような、なにもないどころか負債を背負っている状態で私を隣に置けば、一発で私が脅されていると周りに理解されるだろう。


 私と一緒にいることが異変だと感じられるくらいには、釣り合わない。

 立場が悪くなるのはあなたの方だけどねえ。


「やめておいた方がいいわよ? 悪いことは言わないから、さっきの言葉は忘れてあげる。今後、私に話しかけてこないで。それで今回の件はチャラにしましょ」


「うるさい!! いつも上から……ッ。いいから、僕に従え。いいのか、この写真が世の中に拡散されたら、君は社会的に死ぬことに――」


「なるの? まあ、別にいいけど、ばら撒かれたところで私は気にしないわ」


「は? ……だ、だってこれ、裸――」


「ええ、裸よ。見間違うはずもない、私の裸。だからこそ、だからなんなのかしら。たまたま、今は服を着ているだけの話よ。

 もちろん公共の場で裸になることはしないけど……、私は自分の裸を恥じたことは一度もないわ。……その写真を公開して損をするのはあなたの方じゃなくて?」


「ッ。……着替えだけじゃないぞ、こっちはトイレの最中だ!!」


 指で画面をフリック。

 次の画像は私がトイレで用を足している場面だった。


 斜め前、下、上、どこにカメラを隠していたわけ?

 さすがに盗撮として犯罪過ぎるけど、映っているのが私だから命拾いしたわね。

 さすが私、たとえ用を足していたところで綺麗さは変わらずだった。


「綺麗ね、私……。そもそもトイレって綺麗になるための儀式とも言えるわ。まさに画像の中の私は用を足して、不要なものを外に出しているわけよ。そりゃ綺麗になっているわよね……。

 私は綺麗になってトイレを出るわけなのだから。綺麗な私がトイレに入って、トイレから出て綺麗になる……その間の私が汚いわけないでしょう?」


「…………」


 新聞部のおチビさんは口をぱくぱくとさせて言葉が出ない様子だった。


 私の美貌に今更ながら衝撃を受けたのかしら。もっと見てもいいのに。


「あ、あんた…………変だよ」

「女神を十全に理解できる人間がいるの?」


 いなくて当然。だから彼が理解できないまま死んでも、それが普通の人生であり、咎められることはないのだ。


「好きにしなさいよ。その写真を晒したって、私にダメージはなにもない。その後であなた自身がどうなるか、分からないわけでもないはずよね……?

 写真があることであなたの悪事が露見することにもなる……ま、覚悟があるならどうぞ」


「…………」


 痛み分け、と言いたいところだけど、私に痛みはなかった。

 世界中の人に魅力を伝えられる、という意味では、プラスしかない。

 プロモーションとしては最高でしょう?



「いくらばら撒かれようが気にしないわ。人に見られて困る私じゃないのよ」




 … おわり

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

どんな私も最高の女 渡貫とゐち @josho

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説