文学少女の独白 ー恋慕の情は、かく萌ゆるー

花恩-はのん-





 ありきたりな形容。




 ありきたりな表白。






 恋愛とは、

 

 自分ではない誰かに恋し、

 自分ではない誰かを愛すること。



 


 人間は、誰しもが利己的で、自分を最も愛すもの。







 桜の花が散るころ。


 梅の花がこぼれたころ。





 白金の髪に桃の花が落ちる。



 

 綻ぶ様な困った顔。

 

 眉尻を下げて慈しむ君。

 





 すべてが心を染め上げる。



 恋慕の情は、かく萌ゆる。










ーーーーー



 中学生の頃、学校に行くのが嫌になった。


 なんということはない、ただの不器用な自己表現。



 自分は周りの人間とは違うのだ。


 そんな思いだけが胸に去来する。




 人とは違う。



 そう考える者こそ特筆すべき物を持ち得ない。

 


 人と同じだからこそ精神だけは逸脱を求めた。







 ヘラクレイトスは言う。


 一は全であり、全は一である。と

 



 世界がそうできているのだ。


 学校という共同体においてもそれがすべてだった。






 故に私は共同体から逸脱した。




 一は全などでは無い。


 一は私、私は私なのだと。





 勿論のこと両親は心配した。




 嫌なことがあったのか?


 虐めの被害に遭ったのか?




 しきりにそう問うてくる。




 私は答えなかった。


 答えられなかった。





 何者かに虐められているわけではない。


 一は全と認める行為こそが己を虐める事である。




 逸脱を求めた果ての姿が今の自分で在る。


 斯様かような戯言を心配する両親に向かって吐く。


 流石の私にもそんな事が出来るはずもなかった。







 心に安寧をもたらすものは本だけであった。



 文字と向き合う時間は、己と向き合う時間でもある。




 読める本なら何でも読んだ。

 


 純文学の美しさに心を奪われ。


 恋愛小説に自己投影する。


 ミステリー小説に頭を悩ませ。


 自己啓発本を読んでは陰鬱とする。




 聖書だって読んだ。


 結果、神の存在を呪った。



 参考書や学問書と呼ばれるものにも手を出した。


 きっかけは洋書が読める語学力を身に付けるため。







 本を通して己と向き合うこと凡そ一年。


 その頃には至大な後悔が私を苦しめた。

 

 目的を見失っていた。



 

 大切な人を心配させることの愚かさ。


 大事な青春を本に捧げたことへの虚無感。


 逸脱を誓ったことの無意味さ。



 それらの事に目を向けるには遅すぎた。





 今更自分の居場所など何処にも無かった。


 家族は疾うの昔に私を見限っていた。


 三年生の途中から登校を再開する勇気も無い。





 私には何も残らなかった。



 迎合することの大事さは学べた。


 本で得た知識も膨大な量になっていた。




 世界の真理にも気付けていた。



 一は全であり、全は一であると。




 そんなもの数百年前すでに記されていたものだった。




 




 暫くの間は無心で勉学に勤しんだ。 



 閃きの様なご都合主義の解釈を得たのだ。




 私が数多の本を読破出来たのは家族のおかげ。



 ならば家族に見限られてなどいよう筈もないと。







 内申点を雀の涙ほども持たない愚の骨頂。


 そんな私が進路として選択できるのは私立高校のみ。





 最高偏差値の高校を受験して合格する。


 

 それは私が家族にできるせめてもの贖罪である。







 受験当日に一年以上の時を経て制服に袖を通す。




 逸脱した生活の集大成を試す機会への恐れ。


 送るはずだった青春を夢想する事で感じる喪失感。



 制服を着るだけで血流の様に煩慮が全身を駆け巡る。





 

 努力は芽を出し、やがて実をつける。


 実りの季節を迎えれば、収穫の時を待つばかり。




 つまるところ私は、高校受験に合格した。





 家族とは和解し、外の世界へ羽ばたく機運も高まる。







 そんな折、君子豹変するが如く己の違和感に気付く。




 世界が色を失った。






 無機質な文字と祇に目を向けるだけの日々。


 自身と向き合うだけの毎日は白黒の世界。




 

 家族との尊くべき時間を失い。


 本来築く筈だった仲間との尊き関係を失う。




 全て無くした私は世界の色さえ失った。






 

 過ぎ行く日々は、行雲流水と同じく淀み無い。

 


 


 高校入学から一ヶ月が経過していた。




 鮮やかに彩られるべき数多の色彩を取り戻せぬまま。


 







 普段と変わらぬ通学路。




 黒髪の得も言えぬ美男子に目を惹かれる。





 立ち並ぶ木々からは桃の花が散る。




 落ちた一片の白い花弁が名も知らぬ彼の黒髪に触る。






 刹那、世界を甘美な色彩が埋め尽くす。






 黒髪だと思った髪は金色に輝き。


 白い花びらは薄桃色に塗られゆく。




 混ざり合う様なその色は美しく、思わず零れる嘆息。





 彼を中心に滲み広がる色彩。







 その光景に一目で恋に落ちてしまう。






 あくまでも利己的に己と向き合ってきた。



 そんな私がどこまでも利他的になれる気がした。



 

 いや、そう在りたいと思った。






 色付く世界に連れ去ってくれた彼のためならば。















 恋愛とは、

 

 ほかでもない自分に恋し、

 自分ではない誰かを愛すること。



 


 人間は、誰しもが利他的で、愛する誰かを思うべき。








 桜の花が散るころ。


 梅の花がこぼれたころ。





 白金の髪に桃の花が落ちる。



 

 綻ぶ様な困った顔。

 

 眉尻を下げて慈しむ君。

 





 すべてが心を染め上げる。



 恋慕の情は、かく萌ゆる。









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