第13話 番外編 世界で一番甘いバースデー~最強旦那様の極甘サプライズ~

今日は、私、一之瀬美桜がこの世に生まれてきた、特別な日。

そう、私の誕生日だ。

朝、目が覚めた瞬間から、なんだか世界がいつもよりキラキラして見える。小鳥のさえずりも、窓から差し込む朝日の光も、全部が私を祝福してくれているみたいで、胸の奥からふわふわと幸せな気持ちが湧き上がってくる。


(白月様、覚えててくれてるかな……?)


天狐の里にある、彼と私の部屋。隣ですやすやと眠っている、愛しい旦那様の寝顔を盗み見る。キラキラ光る銀色の髪、静かに閉じられた金の瞳。その完璧な寝顔を見ているだけで、心臓がきゅーっと甘く締め付けられる。

この人が、私のことを「愛している」と言ってくれた。偽りじゃない、本当の花嫁として、私の隣にいてくれる。その事実だけで、毎日が記念日みたいに特別で、幸せでいっぱいだ。

だから、誕生日なんて、別に何もなくてもいい。彼が隣にいてくれるだけで、最高のプレゼントだから。

……なーんて、しおらしいことを考えてみても、やっぱり、ほんのちょっとだけ、期待しちゃうのが乙女心というもので。


「おはようございます、白月様」

「ん……ああ、おはよう、美桜」


目を覚ました彼に、ドキドキしながら声をかける。

さあ、来るかな。「誕生日おめでとう」の一言が。


「……腹が減ったな。早く朝餉に行こう」

「……へ?」

「どうした? ぼーっとして」


(あれ……?)


白月様は、いつもとまったく同じ、通常運転だった。

誕生日については、一言も、これっぽっちも触れてこない。

その後も、一緒に朝ごはんを食べて、手を繋いで学園に向かう間も、彼はいつものように、昨日の夜読んだ本の話とか、今日の授業の話とかをするだけで、私の誕生日に関する話題は、一切出てこなかった。


(うそ……忘れてる……のかな……)


ズキッ、と胸の奥がちくりと痛む。

最強のあやかし様で、千年もの時を生きている彼にとって、たった一人の人間の、たった一回の誕生日なんて、些細なことなのかもしれない。

分かってる。分かってるけど、やっぱり、ちょっとだけ、寂しい……。


しょんぼりとした気持ちで教室のドアを開けた、その瞬間。


パーンッ! パーンッ!


「「「美桜(さん)、お誕生日おめでとうーーーっ!!!」」」


目の前で、キラキラのテープと共にクラッカーが鳴り響いた。

そこに立っていたのは、満面の笑みを浮かべた葵と、慧くん、そして、ちょっとだけ得意げな顔をした撫子様だった。


「わ、わわ、みんな……!」

「だーまーさーれーたー!」

葵が、にひひと笑いながら私に抱きついてくる。

「今日のサプライズのために、みんなに口止めしてたんだからね!」

「おめでとうございます、一之瀬さん。これ、僕からです。ささやかですが……」

慧くんが、恥ずかしそうに差し出してくれたのは、綺麗な装丁の、古い恋物語の本だった。

「まあ、わたくしからも、これを差し上げますわ。あなたが、白月様の隣に立つ者として、みっともない格好をしないように、との配慮ですわよ」

撫子様が、ツンとしながら渡してくれたのは、桜の模様が刺繍された、すごく綺麗な絹のハンカチだった。

「みんな……ありがとう……!」


嬉しくて、胸がいっぱいになる。涙で視界が滲んで、みんなの顔がちゃんと見えない。

私は、本当に、最高の仲間たちに恵まれたんだ。

でも。

みんなの優しさが温かいほど、心のどこかで、やっぱり彼の言葉を待っている自分がいる。

そのことに気づいて、また胸がちくりと痛んだ。


「……大丈夫だって、美桜」

そんな私の気持ちを察したのか、葵がそっと耳打ちしてくれた。

「あの、あの白月様だよ? あんたのことになると、見境がなくなるくらい過保護なあやかし様が、あんたの誕生日を忘れるわけないじゃん。きっと、何か、とんでもないことを考えてるんだって!」

「……だと、いいんだけど」


葵の言葉に励まされながらも、私の心は、晴れたり曇ったりを繰り返していた。


放課後。

結局、白月様は一日中、誕生日には触れてくれなかった。

(やっぱり、忘れられちゃったんだ……)

しょんぼりと、一人でトボトボ寮への道を歩いていると、背後から、ぐいっと強く腕を引かれた。


「きゃっ!?」

「……行くぞ、美桜」

「し、白月様!?」


そこに立っていたのは、やっぱりいつもと変わらない、涼しい顔をした白月様だった。

でも、その瞳の奥が、ほんの少しだけ、楽しそうに光っているような気がする。


「ど、どこへ行くんですか?」

「いいから、黙ってついてこい」


有無を言わせぬ、いつかの彼を思い出すような強引さ。

でも、今はもう、その強引さすら愛おしい。

私は、彼に手を引かれるまま、どこへ行くのかも分からないまま、ただ黙ってついていった。


連れてこられたのは、帝都の街を一望できる、小高い丘の上だった。

そこは、今まで見たこともないくらい、色とりどりの花が咲き乱れる、秘密の庭園。

ふわっと、甘い花の香りが、私の心を優しく撫でる。


「すごい……綺麗……」

「ここは、俺しか知らない場所だ」

そう言って、彼は少しだけ得意げに笑う。

庭園の中央には、白いテーブルクロスのかかった、お洒落なテーブルと椅子が二つ。

そして、そのテーブルの上には――。


「わ……!」


私の大好きな苺やメロンが、キラキラ光る宝石みたいにたくさん飾られた、夢みたいに豪華な、バースデーケーキ。


「……忘れているとでも、思ったか?」


私の隣に立った白月様が、いたずらっ子みたいに、くすりと笑った。

その表情に、ドキッとして、心臓が大きく跳ねる。


「お前の誕生日を、この俺が、忘れるわけがないだろう」


(そっか……やっぱり……!)

朝からの、あのそっけない態度は、全部、このサプライズのためだったんだ。

驚きと、嬉しさと、安堵と。色々な感情が一気に押し寄せてきて、私の瞳からは、ぽろぽろと大粒の涙がこぼれ落ちた。


「な、なんで泣くんだ」

「だ、だって……うれしくて……! わ、私、本当に、忘れられちゃったのかと……!」

「馬鹿だな、お前は」

彼は、呆れたように、でもすごく優しい手つきで、私の涙をそっと拭ってくれた。

「お前を悲しませるわけがないだろう。……少し、意地悪が過ぎたか。すまない」

「ううん……ううん……!」

私は、ぶんぶんと首を横に振った。

最高のサプライズ。嬉しすぎて、もう言葉にならない。


「さあ、座れ。主役がいないと、始まらん」

彼に促されて、私は席に着く。

白月様が、慣れない手つきでケーキに火を灯し、そして、少し照れながら、歌ってくれた。

世界で一番、愛しい声で歌われる、バースデーソング。

その一瞬一瞬が、宝物みたいに、私の心に刻まれていく。


「美桜。願い事をしろ」

「はい……!」

私は、そっと目を閉じて、両手をぎゅっと握りしめた。

(神様。どうか、この幸せな毎日が、永遠に続きますように。大好きな、白月様の隣で、ずっと、ずっと、笑っていられますように――)


ふっ、とロウソクの火を吹き消すと、白月様がぱちぱちと拍手をしてくれる。

そして、二人でケーキを切り分けて、食べた。

「あーん」なんて、恥ずかしいこともたくさんさせられて、そのたびに私の顔は真っ赤になったけど、そんな時間すら、今はすごく幸せだった。


「ほら、口の端、クリームがついてるぞ」

「え、どこですか?」

「ん。……こっちを向け」

彼が、またあの時みたいに、私の顎に手を添えて、顔を近づけてくる。

(ま、また、あのパターン!?)

心臓が、ドキドキと早鐘を打つ。目をぎゅっと瞑ると、彼の甘い吐息が、すぐそばで聞こえた。

でも、次の瞬間、私の唇に触れたのは、彼の指じゃなくて……。


「ん……っ!?」


柔らかくて、温かい、彼の唇だった。

ちゅ、と音を立てて、私の口の端のクリームを、直接、彼の唇が奪っていく。


(き、きき、きすで……!?)


もう、ダメだ。思考回路は完全にショート。

顔から湯気が出そうなくらい、真っ赤になっている私を見て、彼は満足そうに、にやりと笑った。

「……やはり、甘いな」

「し、し、白月様の、いじわるーっ!」

「褒め言葉と受け取っておこう」


そんな、甘くて幸せなやり取りの後。

彼は、すっと表情を改めると、小さなベルベットの箱を取り出した。


「美桜。改めて、誕生日おめでとう」


彼が、その箱をぱかりと開ける。

中にあったのは――桜の花びらをかたどった、息をのむほど美しい指輪だった。

中央には、私の額にある「花嫁の印」と同じ、淡い桜色に輝く宝石が、キラキラと光を放っている。


「きれい……」

「……祝言までは、これで我慢しろ」


彼は、そう言って、少しだけ照れくさそうに、私の左手を取った。

そして、その薬指に、ゆっくりと、桜の指輪をはめてくれる。

私の指に、ぴったりと収まる、運命のリング。

嬉しくて、また涙が溢れてきた。


「はい……! 大切に、します……!」


涙声でそう答えるのが、私の精一杯だった。


すっかり日も暮れて、秘密の庭園が、満天の星空に照らされる頃。

私たちは、寄り添って、夜空を見上げていた。


「俺は、お前が生まれる、ずっとずっと前から、お前だけを待っていた」

白月様が、静かに語り始める。

「だから、お前がこの世界に生まれてきてくれた今日という日は、永い時を生きてきた俺にとっても、世界で一番、大切で、祝福すべき日なんだ」


彼の言葉が、私の心の一番深いところに、じんわりと染み渡っていく。

私は、この人に愛されるために、生まれてきたんだ。


すると、白月様はすっと立ち上がると、まるで王子様みたいに、私に手を差し伸べた。

「一曲、踊ってはくれないか? 俺の、愛しい花嫁」

「……はい、喜んで」


音楽なんて、ない。

でも、風が木々を揺らす音も、遠くで鳴く虫の声も、全部が、私たちのための最高のBGMになった。

彼のエスコートで、月明かりのスポットライトの下、ゆっくりとワルツを踊る。

彼の腕に抱かれて、くるり、くるりと回るたびに、幸せで、胸がはちきれそうになる。

夢みたいだ。ううん、夢じゃない。これが、私の現実なんだ。


ダンスが終わり、私たちは、もう一度、強く見つめ合った。

「白月様、ありがとうございます。今までで、いっちばん、幸せな誕生日です」

「……礼を言うのは、まだ早い」

そう言って、彼は私の耳元で、甘く、囁いた。


「最高の贈り物は、これから、だ」


その言葉の意味を理解する前に、私の体は、ふわり、と彼に抱き上げられていた。

所謂、お姫様だっこ、というやつだ。


「きゃっ!?」

「今夜は、もう帰さん」


そう宣言すると、彼は私を抱き上げたまま、天狐の里にある、二人の寝室へと、ゆっくりと歩き出した。

月の光が、彼の銀髪をキラキラと照らしている。


(『これから』って、どういう意味……!?)

(もう、もう、心臓が持ちません、白月様……!)

(でも……)


世界で一番愛しい、私の旦那様からの贈り物なら、どんなものでも、喜んで、受け取ります。


だって私は、あなたの、永遠の花嫁なんですから――。


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九尾の天狐と“ニセ嫁”契約中ですが、護りが甘すぎて心臓がもちません! 旅する書斎(☆ほしい) @patvessel

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