人間の兵器は百年戦争の騎士になった

外人だけどラノベが好き

第1話

「うおおおおおおおっ!」


無数の観客から放たれる歓声が、巨大な競技場を揺るがしていた。オクタゴンの床は、血と汗にまみれている。そして、その中央に俺はただ一人、立っていた。


床に倒れ伏す相手は元チャンピオン。10年間、王座を守り続けてきた最強。いや、今となっては元・最強とでも呼ぶべき男か。


俺は人類最強の男を打ち倒し、新たな最強となった。ついに、人類の頂点に立ったのだ。


だが、何かがおかしかった。


腰に巻かれた冷たいベルトの感触を確かめながら、俺は群衆を見渡す。熱狂する人々、俺に向けられる賛辞、金と名誉。そのすべてを手に入れた。しかし、俺が本当に欲しかったものは、これだっただろうか?このために、俺は青春のすべてを捧げてきたのか?


違う、そうであるはずがない。俺が求めたのは、霊長類の頂点に立つこと。最高の戦闘力を手にすることだ。だが、俺が手に入れたのは戦闘力ではなかった。戦闘力というのであれば、一度もこのリングに上がったことのない特殊部隊の連中のほうが、遥かに強いだろう。


ならば、格闘家ではなく特殊部隊員になるべきだったのか?いや、だとしても戦場で流れ弾一発で死ぬのが人間だ。


結論として、この時代に最強などありはしなかった。銃は強く、人間は弱い。核はもっと強い。だから、あえて言うなら金と権力だけが最強なのだろう。チャンピオンベルトを腰に巻いても虚しいのは、その事実に気づいてしまったからだろう。


「まったく、クソみたいな時代に生まれちまったもんだぜ…」

「what? do you want something?」

「never mind」


そうだ。言うなれば、時代が悪いのだ。銃という兵器が強すぎるせいで、人類本来の強さには意味がなくなった。どれだけ強い人間でも、雑魚が撃った拳銃一発であの世行き。それがこの時代だ。この品性のない時代では、強さの価値が消え失せてしまったのだ。


「いっそのこと、600年ほど前に生まれていれば…」


銃という品性のない兵器が生まれる前に生まれていれば、俺の強さを存分に発揮できたはずなのに。


そんなことを考えながら、俺は家路についた。


家に戻るため、車に乗り込んだ、その時。


「ん? おいおい? なんだアレは?」

「どうしました?」


後方から、巨大なダンプカーが俺たちの車に向かって突っ込んできた。


そして次の瞬間。


――ドガアアアアン!


凄まじい轟音と共に、俺は死んだ。


おそらく、死んでしまったはずだ。


そのはず、だったのだが……。


「ぐあああっ!」

「クソがっ! あの野郎どもを殺せ!」

「矢が来るぞ! 盾を上げろ!」


四方八方から金属がぶつかり合う音が聞こえる。人々の悲鳴が聞こえる。俺は自分の身体を見た。車に乗っていた時と同じ、スーツ姿のままだ。


あたりに満ちているのは、嗅ぎ慣れた血の匂い。槍と剣が互いの肉を裂いている。その光景を見て、俺はようやく我に返った。


「これは…死ぬ間際に見る走馬灯というやつか?」


走馬灯にしては一度も見たことのない中世のような風景だったが、もしかしたら神が死ぬ前に俺にくれた褒美なのかもしれない。「本物の戦い」を経験させてやろう、と。


そう考えた俺は、あたりに落ちていたハンマーを一つ拾い上げた。


そして、巨大なハンマーを片手で軽々と持ち上げると、敵も味方も関係なく、周りの奴らを片っ端からなぎ倒していった。


「くはは! くたばれ、クソ野郎ども! 全員死ねぇ!」


手当たり次第にハンマーを振り回し、敵味方の区別なく殺しまくる。初めて経験する「本物の暴力」は、美味かった。今までかかっていたリミッターが外れるような感覚。まさに、自分が生まれてきた理由が分かったような気分だった。


これはショーじゃない。スポーツでもない。本物の戦争。俺が求めていた戦争、そのものだった。


そしてしばらく、数十人の兵士を殺戮し、暴れ回った俺は、自分の周りに誰も近づいてこないことに気づいた。


「武器を捨てろ! タタール人! 戦いは終わった!」

「はっ、クソが。もうおしまいかよ」


弓を構えた兵士が数十人。俺を取り囲み、矢を向けていた。


俺がいくら強くても、鎧もなしにあの数の矢を受けて無事でいられるはずがない。


俺はハンマーを適当に放り投げると、その場にどさりと座り込んだ。


休むことなく数十人を殺したせいで、狂ったように眠気が襲ってきた。


そしてそのまま、俺は眠りに落ちた。


――ザバァッ!


冷たい水が、頭から浴びせられる。一気に意識が覚醒した。


「■■■ ■■■! ■■■■ ■■■!」

「何言ってやがる、この野郎」

「■■ ■■■ ■■? ■■■ ■■■■?」

「水をぶっかけたのはテメェか? ちょっと殴られろ」


そう思って立ち上がろうとした瞬間、俺は異変に気づいた。手首が、鎖で繋がれていたのだ。


「手錠か? なんだこれは…」


周りを見渡す。その瞬間、俺は改めて異変に気づいた。ここが、まるで中世の軍営のような場所だったからだ。まるで映画で見たような、そんな場所。


「ククク… ■ ■■■ ■■■■ ■■■。■■■ ■■■■?」


まったく、何を言っているのか分からない。とりあえず西洋人に見えたので、英語を試してみることにした。


「how are you?」

「■? ■■■ ■■■ ■■? ■■■■」


男は一度姿を消し、すぐに一人の兵士を連れてきた。


「hello?」


驚いたことに、その西洋人は英語を話した。俺は淡々とそいつに言った。


「どうも。ここはどこです? 映画の撮影中ですか?」

「映画? それは何だ? 私はブルターニュ公国のジョンだ」

「ブルターニュ公国?」


歴史には詳しくないが、どこかは大体わかる。名前からしてフランスあたりか?


「お前はどこから来た? タタール人か? それともクマン人か?」

「タルタルソース?」

「タルタルとは何だ? タタール人だと言っているのか!」

「俺は日本人だ」

「日本? 初めて聞くな。タタールと似たようなものか?」

「…違うと思うが」


どうやら、設定に心酔している連中のようだった。中世ヨーロッパの同好会か何かだろう。


「それより、この手錠を外してもらえませんか。手首が痛い」

「また暴れるだろうが!」

「暴れる? 俺がなぜ?」

「貴様! 昨日のことを覚えていないのか!」


昨日のこと? その瞬間、俺は自分のスーツに目をやった。血で染まっている。そこでようやく、昨日の出来事を思い出し始めた。俺は昨日、敵も味方も関係なく、目につく奴らを気持ちよく殺しまくったのだった。


「そういえば…クソッ…」


仕方なかった。車に轢かれて死んだ記憶が生々しいのに、目の前で奇妙な戦争が起きていたんだ。夢だと思ったのも無理はない。そして夢の中の俺は、凶暴だった。周りの人間を皆殺しにするほどに。


これからどうなるんだろうか。警察に引き渡されて刑務所行きか? あれだけ人を殺したんだ、当然、終身刑か死刑だろう。クソ、俺もどうかしてたぜ。


「フフ、貴様がイギリスの奴らを大勢殺してくれたおかげで戦には勝てたが、貴様が我々の戦友を大勢殺したせいで、怒っている者も多い」

「悪かったな。で、いつ刑務所に行くんだ?」

「刑務所? 夢見がちな奴だ。貴様はこれから死ぬのだ」

「死ぬ?」

「即決処刑だ。絞首刑に処される」


いくらなんでも即決処刑はひどすぎないか。裁判も受けていないのに。


クソッ、せっかく生き延びたと思ったら、こんな死に方かよ? あまりにも虚しすぎる!


俺がどう思おうと、向こうの絞首台のそばでは、何人かの兵士が捕虜の首を吊っていた。


「なんだよクソ…これは死刑ってレベルじゃなく、本物の処刑じゃねえか」


呆れて物も言えない。中世同好会じゃなくて、本物の中世人だとでも言うのか? 中世風の絞首台で、本当に人の首を吊って殺している。


『これってもしかして…俺は本当に中世にタイムスリップしたのか?』


その瞬間、ブルターニュのジョンと名乗る男が言葉を続けた。


「どうだ? あれが貴様の未来だ。間もなくお前も、あの者たちと共に首を吊られる。イギリスのような侵略者の側に立った罪だ」

「待て、俺はイギリスの味方じゃない」

「ではなぜ我々の兵士を殺した?」

「ただ、正気じゃなくて、周りで人が争っていたから混ざっただけだ」

「…酒でも浴びるほど飲んでいたとでも言うのか?」

「酒? まあ、ある意味似たようなもんかもしれん」

「とんでもない狂人だな、貴様は。くはは!」


ジョンが大笑いすると、隣にいたフランス兵たちがジョンに何事かと尋ね、ジョンがそれをフランス語に訳した。するとフランス兵たちも大声で笑い出した。


「まあ、いずれにせよ我々フランス兵を殺したのも事実。処刑は免れん。さらばだ」

「待て! そちらの指揮官に伝えてくれ」

「命乞いなら自分でやれ。我々はお前を殺す」

「いや、命乞いなんかじゃない。そちらの指揮官も興味を持つような提案だ」

「…くだらんことなら、ただでは済まさんぞ」


それから俺がした提案は、単純なものだった。


「コロッセオを知っているか?」

「知っているとも。イタリアの建築物だろう。田舎者のイギリス野郎ならいざ知らず、我々フランス人でローマ帝国を知らぬ者は少ない」

「俺は故郷で、コロッセオのような場所で闘技をしていた選手でな。その中でも、最強だった」

「ほう、数十人を殺したのには理由があったわけか。それで?」

「どうせ処刑する捕虜なら、少しは楽しんで処刑しようという提案ですよ。互いに戦わせ、最後に生き残った一人は助命すると約束すれば、捕虜どもは命懸けで戦うでしょう。兵士たちはそれに金を賭け、酒を飲み、憎きイギリス野郎が同士討ちする様を見て楽しむこともできる。どうです?」

「おお…!」


ジョンが俺の言葉をフランス兵たちに訳した。するとフランス兵たちが叫んだ。


「■■■■!」

「■■ ■■!」


フランス語は分からないが、「今すぐやろう」という意味のようだった。ニュアンスで伝わってくる。とにかく、俺の提案はフランス側の指揮官に伝えられ、ほどなくして闘技場が作られ始めた。


『助かった、クソが』


少なくとも、拳の戦いなら俺に負ける気はしなかった。人を殴り殺すのは、俺の専門分野だった。


しかし、少し妙だった。選手だと言って連れてこられた人間が、大抵黒人か東洋人だったのだ。


「外国人ばかりだな。どういうことだ?」


これにジョンは少し面倒くさそうに答えた。


「当たり前だろう。キリスト教徒を連れてきてコロッセオなど開けるわけがない」


なぜダメなんだ? 何か理由があるのだろう。そういえばコロッセオは中世では劇場か何かで使われていたとか聞いたことがある。キリスト教社会ではコロッセオは禁止だったのかもしれない。そう思ったが、深くは聞かなかった。


どちらにせよ、俺がここにいる奴らを全員ぶちのめさなければならない事実は変わらないからだ。


「貴様を含めて総勢36名だ! 特に貴様!」


ジョンが俺を指差した。


「あの者たちを全員殺し、最後まで生き残れば助けてやろう!」

「オーケー」


俺は兵士たちに向かって親指を立ててみせ、自然な足取りで闘技場の中へと入っていった。兵士たちが歓声を上げ、反対側からは一人の黒人が出てきた。


「おい! 故郷と名を名乗れ!」

「日本から来た、サブロウだ」

「日本から来たサブロウだそうです!」

「うわあああああああ!!!」


反対側の黒人も、自分の名を名乗り始めた。


「■■■■■ ■ ■■■■■!」

「マリーン・スルタン国から来たムーサと申しております!」

「うおおおおおおお!!!」

「■ タタール人、■■■■ ■■」

「誰がタタール人だと言った! 日本人だ!」

「ぷはは! ■■■■■ ■■■■■!」


俺の抗議に、フランス人たちのボルテージはさらに上がったようだ。


黒人が構える。俺もまた構えを取り、慎重に間合いを詰めていく。

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