ドラゴンを描く
ヨシキヤスヒサ
1.ドラゴンを描く
そこにないものを描きなさいと、先生が言った。
美術部の課題だった。皆、一様に、イーゼルを取り出し、カンバスの前で顎を押さえ、あるいは頭を抱えている。そうやって頭の中の引き出しを開けるなり、想像力とやらを高めているのだろうと。
とりあえず、他に倣うことはせず、いつも鞄に忍ばせているスケッチブックを取り出した。それと、2Bの鉛筆。それでいい。どうしてか、そう思った。
まずは顔だろう。大きく、ごつい顎がいい。となれば、ティラノサウルスだ。前顎が出っ張って、牙がむき出しのやつ。
骨に肉を貼り付け、皮を浮かび上がらせていく。頭の中に浮かび上がるものを描いていく。そこにないのに、そこにあるかのように。
そう思いついて、ひとり、楽しくなってきた。そこにないものを描けと言うのに、やっているのはスケッチである。頭の中にあるものを見て、輪郭を描いている。
今、私は矛盾している。それが楽しかった。
角が欲しくなった。羊か、鹿か。いや、山羊だろうか。できるだけ不自然ではない場所から、それを一対、生やしていく。質感はどうする。骨の延長にするべきか、あるいは爪のようなエナメル質か。
化石になったとき、残ってほしい。となれば、骨。
もう少し、生物としてのリアリティが欲しい。爬虫類。グリーンイグアナ。棘のような、たてがみ状のうろこ。喉元の垂れた皮膚。デュラップというのだっけ。叔父がイグアナを飼っていて、何度かスケッチしたことがある。顎にひとつ、大きな鱗。実際は乾燥しているが、湿り気のあるように感じる表皮の質感。
全体の骨格は、大型犬。もしくは大型のネコ科動物。
大きく長く、そして扁平に伸ばした尻尾には、線状にぜいごを付けてみた。かっこよく言うのであれば逆鱗だ。どうしてか説得力が出てくる。
そうして、翼。四肢とは別の、一対の肢。前足の肩の後ろから生やす。太く、重く、大きく。前足が進化したかのように、指と指の間に皮膜を張って。広げたとき、大きな目のような模様ができるのがいいだろう。威嚇する。自分を大きく見せる。
鱗の模様は、どうしようか。緑色がいい。いや、翠。ブラックバス。それも、ラージマウス。日を浴びると、
そうやって一時間ほど楽しんでできたのは、一匹のドラゴンだった。
そしてふと視線を上げると、それはのんびりと佇んでいた。
美術室。その中を、収まりが悪そうに。それでも自分の巣のようにあぐらをかいて。眠そうにあくびをしていた。
喉を鳴らす。チューバのような、ライオンのそれのような重低音。いや、筒が唸るような。大型車のマフラーにも似ている。
窓から差す西日に照らされて、鱗の一枚一枚が乱反射して、水気のあるような、ぬめり気を感じさせるように、てらてらと光っていて。
大きな顎。それでいて、穏やかな目。どこを見ているかわからないけど、意志の光がある瞳。
ドラゴンだ。確かに、そこにいる。
でも、それでは困る。先生はそこにないものを描けと言ったのだ。
これではただの素描になってしまう。課題にそぐわない。
頭を悩ませていたとき、それはのそりと立ち上がった。
やはり窮屈そうに、頭や翼のところどころが天井にぶつかって、ぜいごのついた太い尻尾が壁を削り、椅子や机をふっ飛ばしていく。
そうしてそれは窓の方を向き、その太い首を何度か叩きつけた。がしゃりとガラスが割れる。破片が舞う。それを気にもとめないほどの、分厚い皮膚と鱗。
大穴が空いた。
それは満足そうに首をもたげた後、穴に向かって歩を進めた。
学校の三階。巨体が、どんと外に出る。空中で翼を広げ、滑空する。翼に描かれた、大きな目のような模様。
どしんと音を立て、野球部が練習しているグラウンドに降り立ったそれは、やはり外の広さに満足そうにして、それでも近寄った何人かを尻尾で追いやってから、また翼を広げた。
猛禽のように少ない羽ばたき。翠色の巨躯が、浮く。
咆哮を上げながら、ドラゴンは沈む日の方へ飛んでいった。
胸の中は、すっとしていた。
課題に対する評価は、八十点だった。
ドラゴンを描く ヨシキヤスヒサ @yoshikiyasuhisa
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