第2話 宣戦なき戦端

 格納庫の管制室は、外側出入口の付近にある。

 その窓の外にはこちらに向けてゆっくりと足を進める歩行装甲車ヘビーウォリア、XW5試作3号機、コールサイン"ファイブスリー"の姿。

「はぁ……とりあえず動いてる……」

 溜息とともに安堵の声は整備班の一人、レックス・セイクウ。班長の"整備班代表で確認役モニターになってろ"という命令を根拠にここにいる。だからと言って窓に張り付くのは流石にどうかと眉を顰めるところだが……目線を手元のディスプレイから前の窓に向けると、窓の前でオレンジ色の巨人が上半身を見せて立ち止まった。

〈こちらファイブスリー、目標地点に到達。指示を乞う、受信待機オーバー

 オレンジの巨人からの通信は意外にも明瞭。

「第7管制よりファイブスリーへ、シャッターの解放まで待機してください。……それと、双方向通信なのでオーバーは不要です。」

 私……エミリー・シープレンは管制員として指示する。管制対象この1機のみのシングルタスク。これ以上楽な仕事はそう無いに違いない。

〈ファイブスリーより第7管制、了解した、この地点で待機する……。〉

 応答の語尾が少し伸びたあと、"頭部メインセンサー"をこちらに向け、大きく、しかし素早く上下に頷いた。

 下手に胴体や腕部アームを動かさないあたり、自称通り技量うではいい。顔と頭はともかくとして……何を偉そうに品評してるんだ私は、教育上がりの新米少尉の分際で。

「A搬入口シャッターを解放……確認。第七管制よりファイブスリー、シャッター解放、そのまま前進してください。天候は良好ですが強風、状況に警戒を。」


〈了解。前進する。」


 管制室の中にいるのは指揮員パイロットのシープレン少尉と軍属整備士のレックス・……なんだったか?まあいい。頭を前に向ける。

 コンクリート固めの格納庫、分厚めな鉄板のシャッターが上に開く。その先に踏み出して待っていたのは……深く青い空。眼下に広がる森林と草原。それを丸ごと取り囲むようにせり出した山の群れ。バイザー越しでも息を吞むような……いや、センサーの性能が良い、というべきか。

「外に出た。まだ通信は切れてないな?It's fine today本日は晴天なり

〈第7管制、受信明瞭、データリンク接続できず。移動する必要があります、指示あるまで待機を。〉

「応答確認。了解した、待機する。」

 接続できないのは不思議じゃない、この場所で電波が入るならアンテナ1本立てれば済む話だ。電波状況が悪いのはこの地形では仕方ないだろう。

 ……しかし、とんでもなく目立つ場所だ。

 地下要塞らしからぬ半露出した施設。山腹には無彩色に輝く真新しいコンクリート固めの構造体。要塞としての役目を失った今となっては地下をくり抜いては隠蔽する必要も薄いわけか。と思いながら周囲を見渡す。

「ん?」

 違和感が閉じた口に声を出させる。高精細なセンサー取得情報の中に何かが一瞬閃いた、ような気がした。


 そしてその違和感は勘違いではなかった。


 突然の甲高いビープ、警報音。


 "WARNING警告 : UV ANOMALY 紫外線 異常反応"


 バイザーの景色に上から描かれる赤紫の文字。一閃の方向に見える爆発的な硝煙。

 まずい。

「状況UV、煙幕展開スモーク!!」

 反射的な宣言。そして衝撃と、遅れて


 至近距離で爆発が響いた。


「何がっ?!」

 爆発音と衝撃。オレンジの光。震える窓。落ちる砂埃。鳴り響くベルは火災警報。

 反射的に頭を抑える。「攻撃?!」「まさか!!」

 まさか。なんて言いたいのは私の方だ。そう否定したくとも、実際に伝わった爆発音と振動は本物で否定しようがない。無責任な音源を見ると……うつ伏せ姿勢から立ち上がろうとする整備士が一人。

 何が起こっているのか分からない。でも分かることはある。

「第7格納庫の全人員へ!!緊急事態発生、速やかに退避!!繰り返します、速やかに退避してください!!」

 ヘッドセットのマイクを掴んでいたのは無意識だった。


 咄嗟にうつ伏せて倒れ込ませた機体の中、前に働く重力よりも強くシートに縛り付けられる。

「クソっ!!」

 見回すが上下も区別がつかないほど茶色に……煙幕で満たされた視界。どうやら間一髪で間に合ったらしい。

 数秒前を思い返す。検出されたのは紫外線……その中でも短波長。

 太陽光として降り注ぐこの波長の光は、惑星の大気に遮られる。だから地上にはこの光は存在しない。だがそれを発する兵器にして、俺達HEW操縦者オペレータが最も恐れるものがひとつ。


 意思を持つよう空を裂き、恐怖は持たず標的を追う。

 命中あたればいかなる装甲も穿ち、見える標的は逃さない……必中の魔弾と呼ぶに相応しいそれは、

対戦車ミサイルA T M!!ファイブスリー攻撃を受けた、 2時の方向左前方方位310北西方向!!〉


 端的、簡潔、多くの情報。それは過熱を正気に戻すには充分だった。

「こちら管制、ファイブスリー?何が起きたんですか!!」

 握るのはマイクではない、その根元。

〈再送、ATMでの攻撃を受けた!!状況UV、煙幕展開中……指示をくれ!!〉

 事態は少なくとも想定範囲を超えている、いやそれは言い訳にならない。今出来る最良の選択をする。まずは安全確保。

「わかりました。ファイブスリー、ミッション中断。撤退してください。」

〈了解〉

「レックスさん、誘導補助をお願いします」

「りょ、了解!!」彼はそう言って出て行った……数秒後に戻ってきた。

「ダメだシャッター落ちてる!通行無理!」

 咳き込みと共に帰ってきた報告は、状況の最悪さを更新した。


 ビーっといった"残念な"システム音が複数回鳴るのが聞こえた。

〈……指示取り消し、通行不能。操作を受け付けません〉

「……了解」

 煙幕で標的を見失った魔弾は、そのまま真後ろにすっ飛んでシャッターの可動部を破壊したらしい。最悪……と言いたいが、もし万が一管制室に飛び込んでいたらそちらの方がより悪いから否だ。


 いずれにせよ、退路は断たれた。


 この状況からどうするべきか。

 姿を覆い隠す煙幕はこの見晴らしと風ではそう長く持たない。掃けた瞬間に次のミサイルが飛んでくることは火を見るよりも明らかだ。

「煙幕再展開、時間を稼ぐ」

 考える時間を確保するためにもう一度スモークが撒かれる。バイザーの表示によればスモークグレネードは残り4発。1回分だ。

「どのみち、ここに留まるのは危険すぎるな」

 べトン固めの崖の上。オレンジ色の試作車両。開けた視界に目立つマト、撃ってくださいと言わんばかりだ。移動しようにも煙幕の中で下手をすればこのXW5という機体は中身ごと無残なスクラップと化すことになる。

 ……ただ、道自体はある。

「管制へ、ここから至急で離脱したい。下るルートをナビできるか?」

〈下るルート……了解。ナビゲーションを送信します。〉

 端的な返答。仮にもパイロット徽章をつけているだけあって理解が早くて助かる。

 HUDに表示されるマーカーの列。茶色い煙の上に描かれたそれらを目で追う。

「確認した。いける。バランサー設定をコンバットモードへ、姿勢調整」


「ファイブスリー、行動を開始する!」


 足元の重いペダルを踏みこむ。足裏が滑り、噛みこむ感覚。煙幕を裂き、相手の照準を振り払うように駆け抜けて……ん?

「ぐっ……速い?!こいつ……」

 シートの衝撃吸収機構ダンパーがギシりと悲鳴を上げる。今まで乗ってきた機体とは一線を画す駆動速度。2歩目を踏むのがさらに少し遅れれば転倒していた、その恐怖は減速の選択肢を奪う。

 そして、過剰な速度を得てしまった機体がマーカーが列を成した緩曲線を駆け、その先は……


 人間用の細い鉄柵、途切れたコンクリートの道。

 マーカーの連なりが指すのは右折。


「止ま」の次を発声する前に、脚が鉄柵をへし折って空気を踏んだ。20tを支える抗力は空気にあるはずもなく、


 コクピット内から重力が消える。


 衝撃。衝撃。何かの破壊音。呻き声。


「っ……」声が出ない。

〈……答…………イアゲ……リーファイブ……う……を……〉通信が不調?

 ……違う。これは……目を覚ませ!!

〈応答を!!スリーファイブ?!〉

 覚醒した意識に大音量の通信が叩き込まれる。

「ああっ……ゲホッゲホ!!こちらっスリーファイブ……なん……とか……無事だ!!」

 周囲を見渡す。森林らしい。横転姿勢だ。

 勢い余ってルートを外れ、着地した岩肌の傾斜面でバランスを崩し、そして……過程はともかく重要なのはまだ死んでないこと。そして……手首から突っ込まれる感覚にどっかが壊れたような感じがしないことだ。


「制御系確認、脚部はイエロー、腕部グリーン……行けるか?」

 上半身を捻り、腕を地面に突きたてる。重量を腕にも預けつつ、脚を踏みしめ……立ち上がる。多少揺らぐのは足場が柔らかいせいだ。

 周囲を見回すとひと際目立つオレンジ色の残骸。衝撃で吹っ飛んだ装甲板か。転がり落ちてきた方、木が薙ぎ倒されて開けた視界の向こうにある構造物と高低差は10m以上はある。岩肌にまともに墜落していたら……いや、過ぎたことを仮定する暇はない。

「起立した、行動可能」

〈了解。では、現状を再確認します。〉


 起きた事。

 紫外線の検出と携行対戦車兵器M A N P A T Sの飛来。数は1発。


「精度からして……ATM以外にあり得んな」

〈発射地点までの距離は2~3km程度と推測します〉

「機関砲でも届かなくはない距離だ、っつーことは恐らく相手……いや」

 この表現は適当じゃない。もっと適当な表現は……これ以上なく不穏だ。

にはヘビーウォリアが無い。歩兵主体の空挺部隊と思われる」

 そうでなければこの場所で、これが起きた事の辻褄が合わない。

 兵士やミサイルが畑や暗闇から湧いて出てくるわけがあるまいし、先の戦争から6年以上隠れおおせていたのに今になって出てくるなんてのは……想定からは外せる。

 それにそもそもの発端である基地でのアラート。つまりそれなりに予兆自体は掴めたということだろう。これもまた説を補強する。


 で、彼らが目標を排除したと判断したなら、次の行動は決まっている。奴らは、

「……突入する気だな」


「やばい……やばっすよ……どっ、どうすれば?!」

「分かってます。ちょっと静かにしてください」

 管制室で服から顔まで真っ青にしているメガネを睨んで黙らせる。

 推定距離3kmを単純に4km/h徒歩速度で割れば格納庫ここへの到達は遅くとも1時間以内。当然シャッターをこじ開けるツールくらいは持っているだろう。

 さて、敵に対して打てる手はあまりに乏しい。

 侵入を食い止めるのは不可能だ。ここにいる正規の軍人は私だけ、飛び道具は私物の拳銃が一丁。……無い方がマシかもしれない。


 ……どのみち、この状況をどうにかするには俺が敵部隊を直接どうにかするしかない。それが出来れば苦労しないわけだが。

「丸腰じゃどうしようもねえぞ」

 そう言って見るのは何も持たない両手。機関砲の1丁でもあればこの距離でも撃ち合えるのだが……

「まあいい、どうする?」

 無いものをどうこう言っても仕方がない。重要なのは今、現状をどう動かすか。


〈……では、作戦を説明します〉


 情報も、打てる手も少ない。しかし幸運なことに、何をするべきかは明確だ。

「現在の目的はデータリンクとの接続、現状の伝達です」

 今、この瞬間にここの状況を最も把握しているのは自分達。メインのデータリンクと接続して現状を伝達すれば、対処に何か光明が見える……と思う。不確実に不確実を重ねた細い望みだが、やるしか生きる術はない。

「受信可能と思われるポイントへのナビゲーションを送信します。通信は全開にしてください」

〈了解。ナビゲーション確認、ポイントに向かう〉


 HUDに映るマーカーへの進路に、道と呼べる道は存在しない。進むべき道を盛大に踏み外したのだから道理だが。

 木が無秩序に生えるこのルートを進むのが装輪車両なら即座に立ち往生、装軌車両でも走破は怪しい。しかし歩行車両ならどうだ?

 速度、燃費、複雑性……欠点が少なくはない二足歩行だが、地形適応能力で右に出るものはない。例えば障害物立ち木を目の前にして停止せず真横に避けるような芸当が、他にできるだろうか?

「ポイントまで1200、このペースならあと3分」


 しかしその想定は意外な障害に阻まれることになる。

 物理的なものではない。……正確に言えば"ない"ことが障害だ。

「身を隠せるのはここまでらしい」

 立ち止まり、近くの木の枝を右腕で持ち上げて視界を確保する。その先は林が途切れた草原地帯。起伏はあるが……5m近い巨体を隠すには不十分だ。

〈どっか、迂回できたりとか……〉

「あったとして時間が無いだろうな」

 見える範囲に無いということはそういうことだ。迂回路を見つけて辿るとして、その間に手遅れになりかねない。

 向こう側に見える森林は400m先。この距離は全力でも30秒はかかりそうだ。なによりこのXW5は試験用の全身オレンジ、これでバレないなら迷彩なんてものは要らん。

 ここを突っ切るなら、死ぬかもしれない。

 だがしなければ、恐らく確実な死が待っている。……俺以外の全員に。

「ファイブスリーより管制へ、突っ切るぞ。ルート取りを頼む」

 行かないという選択肢は、俺に無い。


 HUDに植えられたマーカーは50m間隔で7つ。一直線ではないが、恐らく最短で向こう側に行ける通り道だ。

〈ルート構築完了〉通信が入る。[いつでも行けます〉

「了解。……行くぞ」

 ペダルを踏みこむ。右足が離れ、20tが左脚に掛かる。

 どこにも落ちる心配はない。

 全力で、草原を、疾走する。


 座るシートのダンパーがリズミカルに軋む。

「どこだ?」

 奴らはどこだ。最初にミサイルが飛来したあたりを流し見る。当然のように姿は確認できない。だが敵が速くともまだ1kmは確実に離れている筈だ。こちらを攻撃するにはATM以外の選択肢が無く、そして……


 発射したなら見逃すはずがない。


 "WARNING警告 : UV ANOMALY 紫外線 異常反応"

 警告音と共に盛大な爆炎バックブラストと閃光が映る。

「発砲を確認、地点にレーザー測距!」

 視線の先にレーザーを撃つ。跳ね返った結果は、

〈確認、距離1.72km、弾着8秒!〉

 読み上げるまでもなく共有されていた。

 正面の林はあと50m。5秒も要らない。

 木は右に避けて、突っ込む!!


 そして目標を見失った魔弾は、見当外れに降り、爆音を響かせて終わった。


 更に森林に分け入り停止。姿勢を屈める。

 ここまで来れば撃たれたとしても手前の木に引っ掛かるだろう。標的ロックも難しいはずだ。安全確保……と言っていい。


「ポイントに到達。指示を求む」

〈了解。待機してください。データリンクへの接続はこちらから行います。〉

「了解した、周辺を警戒しつつ待機する」

 バイザーの中に通信ログが流れ始める。

 長短アルファベット文の奔流を周囲警戒と同時にそれとなく目で追う。


 ……時折赤い2単語が流れては、去る。

 その更新が停止したときにようやく読めたその2単語は、

 "connection failure接続 失敗"

〈ダメです〉

 端的なその報告は……務めても消しきれない失望が微かに聞こえた。


 接続できない理由は、単純に電波が届かないわけではない。

 ログの中から失敗理由を探し出す。2つ、3つ……どれも信号強度自体は高い。いや、

「恐らく」……違う、首を横に振る。「いえ、電波妨害ジャミングで間違いないでしょう」

 手持ちの情報からでも予測はできたはずだった。相手が奇襲を目的とした特殊部隊という時点で想定して然るべき……と。答えを知った今言うのは卑怯かもしれないが。

 相手は特殊部隊である以前に歩兵だ。正面からHEWを筆頭とした装甲車両を擁する基地警備隊に挑むのは無謀だろう。しかし侵入を知ることが出来なければ……警備隊はなのだ。

 この射撃試験場に存在する戦力の大半は喪失したに等しい。


 一発の銃弾も撃たずに。

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HEAVY WARRIORS / ヘビーウォリアーズ @Future_Craft

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