雨天閉店

彼方

雨天閉店



 雨の日の喫茶店は誰もいない。

 ただでさえ暇な朝の時間。雨まで降ってりゃいよいよ誰も来ない。


 僕以外は。


 僕の仕事は夜始まり朝終わる。つまり朝の喫茶店とは言え僕には仕事帰りに寄っているのだ。雨であるとか関係ない。


「誰も来ないですね」

「うん、でもたまにはふたりきりも良いわよ」

「僕は良いけどさ。お店としてそれは大丈夫なのかい?」

「そりゃあ、まずいかもしれないけど天気には勝てないし。仕方ないわ」


 店主は僕より5つ上のお姉さんだ。名前は鈴木洋子。独身でバツもないという。綺麗な人だし性格も明るくて仕事もできる。なぜ誰もこんな美人を放っておいたのかよくわからない。不思議なこともあるものだ。


 店主の洋子さんは他に誰もいないからと隣の席に座って色々なことを話してくれた。僕は隣で聞きながら。席が近いなと思った。こころなしか彼女の体温が感じられるような距離だった。


 ハッキリ言って、デートしてる気分だった。だってこれは彼氏彼女の座る距離関係だ。好きでも嫌いでもない人がこの距離にいたら嫌だ。……けど、僕はその距離から離れることはしなかった。洋子さんもそのまま、そこにいた。これ以上近寄れば接触してしまうような、至近距離。


 ふたりきりもいいと言った彼女のその発言も僕は正直、ドキリとしたし。もう、僕が帰るまで誰も来るなと祈ってた。喫茶店にとってはそれは良くないことだが、ふたりの時間を誰にも邪魔して欲しくなかった。


 僕の祈りに応えるように雨足が強まる。この雨ではいよいよ来客はないだろう。


 彼女は古い写真のアルバムを持ってきた。その中には彼女の若い頃の写真がたくさんあり。甘言をすんなり言うことで有名な僕は「かわいいね」やら「ステキです」などと言った。彼女は喜んでいたかもしれない。


◆◇◆◇


 さすがに時間が経ちすぎた。今夜も仕事があるからもう帰って寝ないといけない。雨も少し弱まってきた。天気も今帰れと言っているようだ。


 喫茶店には結局、僕しか来なかった。


「じゃあ、そろそろ帰るよ」

「あん、残念。でも仕方ないわね」


 僕はあたりをキョロキョロ見渡すとチョイチョイと指で彼女を近づけた。


「?」

「せっかくふたりきりなんだ。これくらい、いいよね」


チュッ


「な、ななな」

「やだった?」


「なんで、ホッペにキスとかそんな中途半端なことするのよ。普通は唇でしょ?」


「あ、ごめ…」

チュッ、チューーー!


「っぷは!」

「ウフフ♡」


 あっという間だった。

 僕は彼女に唇を奪われ。出口付近にいたのだが、そのまま奥にまた連れていかれた。奥の席にはソファもある。


「ここで私と寝ていきなさいよ♡」

「でも店は?」

「誰も来ないから今日は閉める」



Closed





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

雨天閉店 彼方 @morikozue

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る