スマホの中の一寸法師

 「バズる」小さなヒーロー――一寸法師の孤独

 僕の名前は一寸法師。

 たった一寸、三センチにも満たない体で、僕は今、かつてないほど多くの視線を浴びている。


 朝。ベッドの上のスマホが震える音で目覚める。

 SNSの通知は止まることを知らず、新しいフォロワーやコメントが洪水のように押し寄せている。

 「おはようございます、一寸法師くん!」「朝ごはん、どうやって食べてるの?」「今日もがんばって!」

 画面の向こう側にいるのは、見ず知らずの人たち。でも、彼らの言葉がまるで温かな布団のように、目覚めたての自分を包んでくれる気がした。


 けれど、現実はどうだろう。

 両親はすでに仕事に出かけ、家の中には僕だけ。台所の椅子に座っても、足は床に届かない。

 朝食のパンは、ナイフの先に刺してゆっくりとちぎるしかない。

 僕がSNSで人気者だと知ってから、両親は少し心配そうな顔をするようになった。

 「本当に大丈夫なの?」

 母は昨夜も、そんなふうに優しく尋ねてきた。僕は「うん」とだけ答えて、彼女の手のひらに乗って微笑んだ。


 僕の“バズり”の始まりは、本当に偶然だった。

 友達が僕の姿を動画で撮ったのがきっかけ。小さな僕が、鉛筆を剣に見立ててノートの上で「エイッ!」と叫ぶ様子。それをSNSに投稿した途端、世界が変わった。

 一晩で動画は拡散され、「#一寸法師チャレンジ」「#小さな勇気」といったタグが生まれた。

 企業からCM出演のオファーが届き、テレビ番組でも特集されるようになった。


 初めはうれしかった。

 「すごいね!」「希望をもらえる」

 たくさんの応援や感謝の言葉が、心をあたためてくれた。

 僕は自分の小ささを、ようやく“誇り”だと感じられた。


 でも、時が経つごとに、何かが違うと感じるようになった。

 通学路を歩けば、知らない人がスマホを向けてくる。

 スーパーで買い物をすれば、「本物の一寸法師ですよね?写真撮ってもいいですか?」と話しかけられる。

 道を歩くだけで、遠くから笑い声やささやき声が聞こえてくる。


 応援メッセージに混ざって、心ないコメントも増えてきた。

 「どうせ裏方がいるんだろ」「大人が操ってるだけ」

 「小さいってだけで得してる」「もう飽きた」

 誰が言ったかも分からない言葉が、じわじわと心の奥に刺さる。

 通知を切っても、どこかで誰かが自分のことを語り、評価し、消費している気がする。


 それでも画面の向こうには、応援してくれる人がいる。

 その声を裏切りたくなくて、僕は毎日、小さな冒険動画を撮り続けた。

 鉛筆の上を綱渡りしたり、巨大なスイカの中に潜り込んだり、紙飛行機に乗って部屋を一周したり。

 「頑張ってるね」「勇気もらえる」――そんな言葉が、僕の居場所を守ってくれているようだった。


 でも、夜になると、全部が静かになる。

 スマホを閉じて布団に潜り込むと、部屋の広さがやけに身にしみる。

 人気者のはずの僕が、結局、ひとりきりの部屋で小さな体を丸めている。

 「僕は、僕をちゃんと見てくれる人がいるのかな」

 ただ“小さいから”注目されているのか。

 本当の僕は、誰にも伝わっていないのではないか。

 無限に膨らむフォロワー数と、ぽっかり空いた孤独の穴。その間で僕は、いつも揺れている。


「一寸法師を見つめる目」――親しい人と世間の本音

 カフェの片隅で、友人の理沙はスマホの画面を眺めていた。

 「今日もまた、一寸法師くんがバズってる」

 高校時代は、たまに一緒に放課後の公園で話すだけだった彼。

 今やSNSの中で、誰もが知る“ヒーロー”になってしまった。


 理沙はふと、胸の奥に小さな波が立つのを感じた。

 うれしいはずなのに、どこか寂しい。

 「あんなに遠い存在になるなんて……」

 SNSで彼のアカウントを開くたび、次々と寄せられるコメントの数に圧倒される。

 「すごいね」「羨ましい」

 そんな言葉を口にしながら、理沙は自分が“ただの観客”になってしまったことに気付く。

 かつての“友達”ではなく、今や無数のフォロワーのひとり。


 一方、家族の食卓にも、静かな変化が生まれていた。

 母は、毎朝、朝食の準備をしながら息子をそっと見守る。

 「本当に、楽しそうにしているのかな」

 息子は画面の中で笑い、元気よく手を振る。でも、ふとした瞬間、画面越しに映る小さな背中が、どこか無理をしているようにも見える。

 「たまには、スマホを置いてお散歩しない?」

 そう声をかけても、「今、ちょっと編集中だから」と小さな体を丸めてパソコンに向かう息子の後ろ姿。

 母はただ、その背中をそっと見つめるだけだった。


 同級生の中には、複雑な思いを抱く者もいた。

 「羨ましいよな。なんであいつだけ、あんなに注目されるんだろう」

 自分も動画を投稿してみたけれど、誰も見向きもしなかった。

 「小さいって、そんなに特別なのか」

 嫉妬や焦り、あきらめ。

 彼の人気を「応援」という言葉でごまかしながら、どこかで見下したり、遠ざけたりもしていた。


 世間もまた、彼をさまざまな目で見ていた。

 「勇気をもらえる」「自分も頑張れる気がする」

 けれど、一方で「小さなだけ」「珍しいだけ」「話題になればそれでいい」――そんな冷ややかな目も、確かに存在した。


 そして、一寸法師自身もそのことに、気付いていた。

 カメラをオフにした夜。

 静まり返った部屋の片隅で、そっと呟く。


 「僕の“本当”は、どこにあるんだろう」


 彼の小さな体に集まる巨大な期待と羨望、時に冷たさと無関心。

 バズる光の奥で、一寸法師は誰にも気づかれぬまま、自分だけの答えを探していた。


――小さなヒーローの心に、大きな世界の影がさす。

誰もが見ているのに、誰も本当には見えていない。

その孤独を抱えながら、一寸法師は今日もスマホの画面の向こう側へ手を伸ばす――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

次の更新予定

毎日 06:00 予定は変更される可能性があります

物語の裏側 ~昔話たちのもう一つの声~ Algo Lighter アルゴライター @Algo_Lighter

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ