プロローグ


「はぁ、はぁ、はぁ」

 

 空高くに大きな入道雲が鎮座する、夏の強い日差しの下。

 額から汗を流し、息を切らしながら、山道を自転車で上がって行く男子。

 ルックスも身長も特に目立つ要素はなく、服装も白いTシャツの上に青いシャツ。紺のパンツとスニーカーの、普通の高校3年生。

 名前は蒼浄和成(そうじょう かずなり)。

 幼い頃に事故で両親と妹を亡くし、家族を失った後、北海道の父方の祖父母に引き取られた。

 今日は家族の命日。

 郊外にある先祖代々の墓に墓参りに行く途中だったのだが、あまりの暑さに、木陰を見つけると、避難するように入り込んだ。

 

「はぁ・・・温暖化のせいか知らないけど、北海道も年々暑くなってるな・・・」

 

 いくらでも流れて来る汗を腕で拭い、良過ぎるほど良い天気の空を見上げて一息つく。

 

「こんなことならバスにすれば良かったかな。いやでも、お金はあまり使えないし、仕方ないか・・・」

 

 毎年欠かさず来ている墓参りだが、今年は暑さが尋常ではない。

 持ってきていた水筒も、すでに中身は空っぽだ。

 

「ふぅ。愚痴ったところで、今からヒッチハイクってわけにもいかないし、この山さえ越えればもうちょいだし、頑張りますか」

 

 ただでさえ暑いのに風も無くなり、もう余計なことは考えられずに、ひたすら山道を上がっていた、そんな途中。

 

「あ、この道・・・」

 

 山の中腹で、主要道路から外れて山の中に入って行く、地元の人だけが何処に繋がっているか知っているような、一本の細い道。

 この道があること自体は前から知っていたが、1度も行ったことのない道だった。

 

「確かこの先には、有名な心霊スポットがあるんだっけ」

 

 そこにあるのは、現在ではもうほとんど使われなくなった長いトンネル。

 入ったはずの人が出てこず、そのまま消えてしまうという神隠しの噂があり、他にも、幽霊が出る、うめき声が聞こえる等々。

 廃トンネルには付き物と言えるような話しがいくつもあった。

 

「そう言えば・・・」

 

 ウソかホントかわからない、ありがちな話を思い出してると、別のことを思い出した。

 そのトンネルを抜けると、墓地への近道になるという話。

 今までは噂が不気味で、近づくことはなかったのだが・・・。

 

「・・・トンネルなら外より涼しいだろうし、もしホントに近道なら、すごく助かるけど・・・」

 

 そう思いながらも「よし行こう!」と言う気分にはなれない。

 ただ、そんな風に逡巡してる間にも、体中から汗が吹き出し、暑さに体力と精神力をどんどん奪われていく。

 

「トンネル、涼しいだろうな・・・とりあえず、そのトンネルの入り口まで行ってみようかな」

 

 訳のわからない不気味さよりも、今はこの暑さから少しでも逃れたい。

 そんな思いで、トンネルに向かうことを決めて自転車で進むこと数分。それは見えて来た。

 

「はぁ~。なるほどね」

 

 舗装は一応されているが、ほとんど通る人がいないのか、あまり綺麗とは言えない道。

 さらに地元の人が使うだけの、車がすれ違うのがギリギリなくらいの細い道を進んで行くと、やがて件の場所と思われるトンネルに行き着いた。

 

「これは・・・。確かに、雰囲気あるな・・・」

 

 山を貫通する、大きくはないトンネル。

 途中でカーブでもしてるのか、向こう側の景色は見えず、電灯も切れているようで中は真っ暗闇だ。

 

「ひんやりした風は来るから、中は涼しいだろうけど・・・」

 

 他にも誰かいれば良いのだが、あいにく今は自分1人しかいない。

 しかも外はものすごく明るいのに、トンネルの中は、まるで光が闇に食い尽くされているかのような暗さだ。

 

「・・・いや、別に怖くないし? 幽霊なんているわけないし? そういうのは全然ちっとも全く平気だし?」

 

 誰にしてるのか、言い訳じみた独り言を呟くものの、それに反応する人は誰もいない。

 

「一応、方向的には近道っぽくはあるけど・・・どうしたもんかな・・・」

 

 もしこのトンネルが近道で間違いないなら、すごく助かるし、帰りのことも含めて今後とても便利になる。

 友達に話す良いネタにもなる。

 

「・・・思いっきり飛ばせば大丈夫かな。いや、何が大丈夫かわからないけど」

 

 さすがにこれが夜だったら「近道なんて考えないで、地道に進むのが正しい人間の姿だよな」なんて言いながらまわれ右してトンネルは避けたが、今はまだ昼前。

 太陽も「これからまだまだアゲてくぜ!」とばかりにガンガンに燃えている。

 そんな暑さと、目の前の不気味なトンネルを天秤にかけ、しばし脳内会議していたが・・・。

 

「・・・まだ昼前だし、全然明るいし・・・大丈夫だよな」

 

 暑さで出るのとは違う汗を背中に感じながら、和成はトンネルを抜けることに決めた。

 そう決めると、一旦、トンネルから少し離れた場所まで下がる。

 少しでも早く抜けれるように、トップスピードでトンネルに入るために。

 

「・・・よし、それじゃ行くか」

 

 何度か呼吸を整えると、意を決し、力一杯ペダルを踏み込む。

 自転車は一気に加速し、予定通りトップスピードでトンネルの中に入った。

 急激に周りの気温が下がり、ともすれば寒いくらいの風が肌を通り過ぎて行く。

 

「後はこのトンネルが何処まで続いてるかだけど、出来るだけすぐ終わってくれよ!」

 

 別に怖くはないが、何かに追いかけられていたらシャレにならない。

 後ろがどうなってるのか気になるが、絶対に振り向かずにペダルを力一杯回し続ける。

 もしカーブを越えても出口が見えなかったらどうしようと思いながら突き進むと、カーブは長くは続かず、その奥には、明らかにトンネルの出口らしい光が見えたのだった。

 

「やった!!!」

 

 ここ数年で1番かも知れないくらいの安堵感を覚える。

 後はこのまま出口まで一直線。

 ・・・そう思った時だった。

 

「・・・え?」

 

 真っ直ぐ、トンネルの出口の光だけを見ながら進んでいた矢先。

 突然、トンネルの出口の光が、水面を見るように揺れ始めた。

 

「ちょ!? な、なんだよ!? なんなんだよ!? 止めてくれよ!」

 

 和成の恐怖に怯える叫び声がトンネルの中に響き渡る。

 一刻も早くこのトンネルから出たい気持ちが、ペダルを回す足を加速させる。

 その間にも出口の光が揺れる。

 正確には「出口前の空間の揺らぎ」は徐々に大きくなっていき、そして揺らぎが頂点に達した、次の瞬間。

 

「・・・・・・・・・え?」

 

 空間に真っ黒な穴が開いた。

 としか言えない現象が起きると、今度はその真っ黒な穴の中から、一気に目が眩むほど強い不思議な色の光が溢れ出し、和成はその光に飲み込まれた。

 

「うわああああああああッ!!!」

 

 スピードが出ていた自転車はすぐにバランスを崩し、そして、そのまま和成は自転車から投げ出されるように、不思議な色の光が溢れ出す穴の中に放り込まれてしまったのだった。

 

 ・・・やがて、何事もなかったかのように光と穴は消えてなくなり、静寂が戻ったトンネルの中に残っていたのは・・・所有者が消えてしまった自転車だけだった。

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ヒヨクの絆 うさぎねこ紳士3世 @usagineco3

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