こころのとっかえっこ。

こよい はるか @PLEC所属

こころのとっかえっこ。

 いつしか僕の心は、君に奪われていた。

 そしていつか、君が望んで君の心を差し出して欲しかった。


 その為に僕は君を追いかけ続ける。

 ——君の心を奪う為に。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 あの日……桜が降り注ぐ傾斜のきつい坂で、真新しい制服に身を包んだ僕は、新しい学校の校門をくぐった。


 昔からの友人と談笑しながら歩く生徒も居れば、僕の様に一人で桜を眺める生徒もいる。


 昇降口を作業通路の如く通っていく生徒の中には、胸元に花の飾りをつけた人もちらほら居た。


 その波に乗り、僕は昇降口に掲示されたクラスと番号を確認して、ほこり一つ無い下駄箱に靴を押し込んだ。


 廊下に祝電の貼られたボードがずらりと並んでいる。出身学校を探すのも面倒臭くて、どこかの学校の校舎の背景だけ見て目の前を通り過ぎた。

 その校舎が僕の出身学校だったということには、後から気づくことになる。


 少しヒビの入った壁を横目に見ながら、基本的に自分のつま先を見て廊下を歩いていった。


 ——外を見た。


 本当に何気なく、窓越しに外を見た。


 そこに何か大事なものがある気がして、外を見た。


 目に入ったのは、桜の木の下に立つ、今にも儚く消えてしまいそうな人。


 鎖骨まである焦げ茶色の髪が風になびいて、綺麗だと感じた。


 率直な感想が、“綺麗”だった。

 こんなことは初めてだった。


 その美貌から、目が離せない。

 息さえも止まっていてどうかしたのかと思っていた時、彼女は振り向いた。


 小さな顔に、白い肌。ますます僕は凍りついて、彼女を見つめ返した。

 彼女は僕を見た途端みるみる目を見開いて、その後微笑んだ。


「……初めまして」


 口パクで声は聞こえなかったけれど、確かにそう聞こえた気がした。

 口パクする勇気のなかった僕は、やっと動く様になった首を頷かせた。


 桜吹雪が、僕たちの間を切り裂く様に降っていく。

 あちら側から目を逸らされた為、僕も呪縛から解かれた様に歩き出した。


 桜が、僕たちの出会いを祝福した。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 いつの間にか僕は教室の席に座って、本を読んでいた。周りには早くも談笑している人がいる。前の学校が同じだったのだろうか。


 もちろん僕の周りには、誰も居ない。周りと隔離された空間。

 ここに居ることが、昔から心地良かった。


 でも……少しだけ人の温かみを欲しているのも、否めない。


 だから、内心喜んでいる自分が心の隅に居た。


 ——君に、話しかけられて。


「ねぇ君、さっきの子だよね?」


 白くて細長い指先が、僕の本をつついた。


「……君は、さっきの」


 そう、話しかけてくれたのは、さっき桜の木を見上げていた、焦げ茶色の髪の女の子だった。まさか同じクラスになるとは思っていなくて、驚いた。


「そう! 覚えてくれてた? 嬉しい!」


 君は見た目の儚さに反してとても元気だった。まるでいつの間にか溢れてしまったかのような素の笑顔で、君はそう言った。


「私、桜。夕空ゆうぞらさくら!」


 心なしか先程より頬が紅潮している気がする。少なくとも僕と話すことに嫌気を感じている様子は見られず、安心した。


「僕は、日比谷ひびやこう

「煌くん! いい名前だね〜」


 彼女の中に、“嘘”という文字は無いのだろうか。全て心の底から思っていることだけで会話が構成されている。そんな潔白な言葉一つ一つに何とも言えない清らかさを感じた。


「……ありがとう。ゆうぞらって、こう書くの?」


 手元にあったメモ帳に夕空と字を書いて、彼女に見せた。


「そう! 字綺麗だね〜」


 お世辞を言われても何も出てこないよ……そう言おうとしたけれど、彼女の辞書に“嘘”がなければ“お世辞”もないのだろうと思い、やめた。


「……いい名前だね」


 率直な感想を述べると、彼女は大きく瞳を見開いて、その後口元を綻ばせた。


「ありがとう!」


 まるで暖かい光がそこから漏れ出ているようで、眩しくて目を逸らす。

 もうこの頃から——僕の心は君に奪われていたのかもしれない。


「ねぇ、私引っ越してきたばっかだから、話し相手なってよ」

「え……」


 此処に来たばかりで、最初の話し相手が僕でいいのか?

 僕は自分のコミュニケーション能力と人を楽しませる能力に自信がなかった。


 それでも君が言うのであれば、話し相手になってあげようと思った。


「いいよ」

「やったぁ!!」


 彼女はまるで大好物が夕食に出た時の様に喜んだ。

 ——勿論、という言葉を付け加えられなかったのは、甘く見て欲しい。


「煌くんって、なんでここ受験したの?」


 いきなり直球の質問だった。この高校は比較的偏差値の高い所で、少なくとも県内ではトップの学校だった。


「……近かったからかな」


 特に、受験が厳しかったわけではなかった。というか特待生合格だった。

 塾の先生にはもう少しレベルの高い高校に行けた、と言われるが、この学校は制服が好みなので後悔はない。


「さすが煌くん……! 頭良いんだね〜」

「そんなことないよ」


 僕のその言葉で、会話が途切れてしまった。彼女を繋ぎ止めたくて、自分から質問した。


「……君は? なんで受験したの?」


 なんだかんだ言って、自分から人に対してその人のことを質問するのなんて初めてかもしれない。


「うーん……勘、かな?」

「は?」


 勘、だよな? 神でも管でもなくて、勘だよな?

 受験に勘とかあるのか……?


「あっ、強いて言うなら制服! 緑ベース、可愛いじゃん」


 ——この学校は、男女問わずブレザーだ。だからデザインは性別で何ら変わらない。

 あれ、僕、彼女と好みが同じだったりする?


「……そっか」


 こういう時、僕も制服好きだよ、って言えたらコミュ力が高くなるのだろうか。


 今まで人と関わること自体を避けてきた僕には、一生成し遂げることができないかもしれない。


「あっそういえば……」


 キーンコーンカーンコーン——


 彼女が何か言いかけたところで、予鈴が鳴ってしまった。


「あー、また後でかな! 今日一緒に帰ろ〜」

「……は?」


 彼女が爆弾発言をし、僕は人生初と言ってもいい間抜けな声を出した。


「あ、私の席ここだった! 煌くん隣だ、嬉しい〜」


 出席番号順になっている席順で、僕は桜と席が隣だった。


「よろしくねっ」

「ああ、よろしく……」


 歯切れの悪い返事をして、前を向く。


 何だろう、これは運命なのだろうか。

 そんな恥ずかしいことまで考えてしまうくらい、仕掛けられているのかと思っていた。


 そんな僕の思考をぶった斬るように、ガラララッと教室のドアが開いた。

 大きな物体が入ってくる。


「はーい、皆さん初めまして。担任の長崎彰と申します、よろしくお願いしますね〜」


 ゴツくて、声は思ったより低くない担任だった。顔も怖いのに喋り方は優しいもので、思わず桜とバレないように笑ってしまった。


「この後入学式なんでね、その話と軽く僕の自己紹介だけしちゃいますかっ、はい」


 先生はそう言って右手で持ったメモ帳をもう片方の手に叩きつけた。


「あれ、癖なのかな」

「かもね」


 所々長崎先生の自己紹介に突っ込んでいると、いつの間にか自己紹介が終わっていた。


「じゃあ入学式の説明をします。体育館に着いたら……」


 だらだらと入学式の説明が始まった。どうせ僕の席は端っこではないし、周りを見ていればどうにかなる。


 隣で桜は、話中であるのにも関わらず鎖骨まである髪を結っている。茶色のヘアゴムで右側の髪に三つ編みを施し、一つ結びにしていた。


「どう? 似合ってる?」

「……うん」


 色白の頬に、少しだけ赤みが差した。


 駄目だな、僕、本音なんて言えないや。


 ——可愛いよ、だなんて。


 自分のことに夢中だったから、僕は気づかなかった。


 誰かに、睨まれていることに。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 入学式を堪能し、教室に戻り、配布物を受け取って、やっと帰りの時間になった。


 此処ここが家から遠いことと入学式が終わってから僕たちが昇降口を出るまでかなりの時間があったことで、僕の親は仕事が忙しいので直ぐに居なくなった様だった。


 桜の親御さんも同じ様に帰ってしまったらしい。


「煌くん、どこ住んでるの?」

「えっと……夕陽ヶ丘」

「本当? 私、朝陽ヶ丘なの! 隣じゃん、やったぁ」


 この学校は大体の人が電車通学するらしく、僕もその一人だ。家に着くまで一時間半はかかる。


 夕陽ヶ丘と朝陽ヶ丘は東西で隣り合っていて、その名の通り夕陽ヶ丘が西側にある。

 彼女の苗字に似ている自分の住所を口に出すのは、何だか恥ずかしかった。


 桜が、真上の太陽に照らされて散っていく。彼女と写真を撮ったら映えそうだな、なんて思いながら、桜の木を通り過ぎた。


 初めて登った坂を、初めて下る。受験の時は車で来て反対の門から入ったから、この傾斜のきつい坂を通るのは今日が初めてだった。


「あっ、コンビニ寄っていい?」

「何買うの?」

「おやつ!」

「えー……」


 真っ昼間だから昼飯とでも言うと思いきや、まさかのおやつだった。

 昼飯はもしや食べないつもりなのだろうか。


 坂を下り終わり、すぐ其処のコンビニに着いた。


「うわ〜久しぶり! 何買おうかなぁ……」


 アイス売り場に直行した彼女は、瞳を輝かせて幾つものアイスを手に取った。


「チョコかな、それとも黒蜜きなこかな……あっ煌くん、一つ奢るよ!」

「えっ、いいの?」

「うん!」


 彼女の財布には、少なくともお札は入っていなかった。数枚の小銭でなんとかするのだろう、わざわざ今そんな希少なお金で奢ってもらうのも気が引けた。


 ——が、やはり欲望に負けたので、お言葉に甘えさせてもらう。


「よし……今日はこれ、明日はあれ……決まった! 煌くんは?」

「僕、これにする」


 彼女が手に持っているのは、先程の選択肢には全く含まれていなかった、アイスコーナーにないコーヒーゼリーだった。


 そして、僕が取ったのは。


「えっ、煌くんいちご好きなの? ちょっと意外!」


 いちご味のソフトクリームだった。


「……美味いだろ、いちご」

「なんだー、可愛いとこあるじゃん!」

「うるさい」


 にやにやと効果音がつきそうなくらい彼女は面白がっていた。


 家族以外に何かを奢ってもらうのは、初めてだった。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 公園でのんびりとアイスを食べる。

 もし一人だったら今頃家でごろごろしていただろうに、桜はすごい影響力だ。


「煌くんの、ちょっとだけちょうだい!」

「え、いいけど……」

「やったぁ! ありがと」


 スプーンですくって少しだけ口に入れた彼女。僕はスプーン無しでかぶりついていたから、これは所謂間接キスってやつじゃないのか。


 人とまともに話さないで生きてきた僕が、きちんと友達を作ったその日に間接キス、とは。


 人生何があるか分からない。


「じゃあ僕にもコーヒーゼリーちょうだい」

「あれっ、食べれるの? びっくり!」

「食べれるって」


 いちごソフトクリームを買っただけでどれだけ舐められているのだろう。

 そこまで好き嫌いのはっきりする人間ではない。


 一応僕のソフトクリームに付属していたスプーンですくう。


「……美味い」

「あ、ほんと? よかったぁ」


 ——美味い、とか言いながら苦さが耐えられなかったのは一生の秘密だ。


 そんなこんなでそれぞれのおやつを食べ終えた僕ら。

 そろそろ帰るのかな、と思っていると。


「おにーちゃん! おねーちゃん!」

「……?」


 見知らぬ男の子が、僕たちに話しかけてきた。


「一緒にドッジボールしよ!」


 五歳くらいだろうか、男の子は水色のボールを抱えて笑顔で話しかけてきた。


「いいよ〜」


 桜は彼ににこにこと笑いかけて、ゼリーのカップをベンチに置いて立ち上がった。


「あれ、煌くんは? やらないの?」


 僕は、下を向いていた顔を上げる。黒縁の伊達眼鏡だてめがねを外した。


「……やってやろうじゃん」


 舐められていた分、僕はやる気に満ちていた。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「ふっ!!」

「うっ」


 子供たちが外野に押し出され、僕と桜の一騎打ちとなった。


 見た目はいかにも大人しそうで文化系に見えるのに、なぜこんなに運動神経までもが良いのだろう。


 数分前からずっとボールを取っては返して、取っては返してを繰り返しているけれど、彼女はそこまで疲れている様子ではない。


「煌くん意外と強いんだね!」

「そっちこそなっ」


 僕たちにとってこのボールは少し小さいから、受け取るのは難しいけど投げるのは簡単だ。

 全身を使って本気でボールの投げ合いっこをするのは、何年ぶりだろうか。


 そして、僕の投げたボールを高く高く上げて、後からキャッチしようと企んでいた彼女が、ボールを後ろ目掛けて跳ね返した。


 外野には、僕のチームにいた子供たち。


 その一人がボールを掴み、彼女に当てた。


 幸い桜はボールだけを見ていて、敵の目の前にいるのに気づかなかった。


「あ」


 ポトン。


 彼女のお腹に見事直撃した威力の弱いボールが、意志を無くしたように地面に落ちた。


「やったぁぁぁ!」


 喜びを隠しきれないという様子で、桜にボールを当てた彼が叫んだ。


「流石だな、お前っ!」


 僕も久しぶりの勝利に興奮して、お前、なんかいう代名詞を使って彼の頭を掻き回した。

 最初に話しかけてきた男の子だった。


「えへへ……おにーちゃんがずっととってくれたおかげだよ! ありがとう!」


 やんちゃな笑顔を僕に向けて、「おねーちゃんもすごかったー!」と桜にも頭を撫でに行ってもらっていた。


「えへっ、ありがとう。負けちゃったなぁ」


 悔しそうに顔を歪めて唇を噛みながらも、未だ笑顔の彼女。

 僕はそんな周りを輝かせる朗らかな笑顔に、心惹かれたのかもしれない。


 ——木の影から、少しだけ人の気配がしたのは、きっと気のせいだ。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 いつの間にか陽が傾きかけていて、腕時計を見ると時刻は三時を回っていた。


 せっかくの午前帰りでこれから午後まであるのに、外で遊びほうけすぎるのは良くないよね、と言って帰ることになった。


 電車は通勤ラッシュの前だからか、いていた。余裕を持って座ることができ、ふかふかの椅子に意識を奪われる。


 外の景色は長閑のどかだ。空は青く澄んで、少し橙色に染まった太陽が電車の中を照らした。


 最寄り駅まではあと十数駅ある。少しぐらい眠っても大丈夫だろう、と思い、目を閉じた。


 〜桜Side〜


 煌くんは電車で座った途端、目を閉じて船を漕ぎに行ってしまった。色々話したいことはあったけど、しょうがない。

 流石に眠っている人を起こしてまで話すほど、私も野暮ではない。


 彼はいつもクールなのに、可愛いところがあって、かっこいいところももちろんあって、我ながらいい友達を持ったなぁ、なんて一日目にして思う。


 彼の寝顔は遊んでいる間よりも幼気いたいけだった。眼鏡を外した彼は、いつもより清潔感が増していた。


 眼鏡外した方がかっこいいよ、なんて口には出せない。


 なんでこんなにも心が奪われてしまうのだろう。


 彼の容姿、仕草、目を惹かれないものは一つもなくて。

 そんな自分に驚いて。


 そして、また外を見る。


 桜が降っている。


 私たちが出会ってたった一日だなんて思えない。


 まるでずっと前から一緒にいたような、仲が良かったような気がする。


 ただの錯覚だって分かってるけど、なぜか頭の奥で入学式の前の桜が思い出される。

 なんでかなぁ——私、好きになっちゃったのかな。


 私は外の桜を見て、少しだけ微笑んだ。


 〜煌Side〜


 東西線の上り。東から西へと走っていく線だ。

 だから彼女は、僕の最寄駅の一駅前で降りた。


「——うくん、煌くん」


 耳元で自分の名前を囁かれ、目を開いた。

 いつの間にか微睡まどろんでしまったようだ。初めての女友達の前で寝顔を見せるだなんて情けないな、なんて柄にもないことを考えた。


「次、煌くんの最寄りだから起こしたの。じゃね、今日はありがとう!」

「あ、うん。こちらこそ」


 電車が停車してすぐに慌ただしく降車した桜。小走りで改札口へと向かっていった。


 明日も会えるのだろうか。

 教室に行けば、隣の席に彼女がいるのだろうか。


 今日初めて会ったのに、何故か二度と会えない気がする。

 もしかしたら、初めて会ったからこそなのかもしれない。


 このまま電車に乗っていたら、彼女は明日学校に来てくれないと思った。

 そんなことはほぼないはずなのに、直感だった。


「……っ」


 衝動に駆られて、僕は駆け出した。ドアが閉まる直前だった。


 見慣れない彼女の最寄り駅で、僕は最初改札の場所さえも分からなかった。


 きょろきょろしてやっと階段を見つけて、駆け降りた。朝陽ヶ丘駅は、登校時に階段を登り、下校時に下るらしい。因みに夕陽ヶ丘駅はその逆だ。


 定期内で良かった。まだゼロ円の定期で改札を通る。


 走った。今までで一番速かった。


 駅を出たらすぐ目の前に道路があった。彼女はどこかと、きょろきょろ探す。


 意外とすぐに見つかった。右側の道路のこちら側に、桜がいた。ガードレールもなかった。


「桜っ!!」


 彼女は振り向いた。この上ない笑顔だった。僕も嬉しかった。僕らが此処で会うことも必然だった。


「煌くんっ!」


 彼女も僕の名前を呼んだ。彼女はより一層笑顔になった。持っていたコーヒーゼリーのカップを落とし、走ってきた。


 そして僕は、現実を悟った。


 向こうに見える黒い物体。急激に近づき、僕らを覆い尽くそうとした。


 に飲み込まれたら、僕らは終わりだと分かっていた。僕は必死に走って、彼女を抱き止めてそのまま跳んだ。映画を見ているみたいなスローモーションだった。彼女は驚いた顔になった。


 ガッシャァン!!!


 後ろで、耳を劈くような音がした。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 午後四時二十分頃、朝陽ヶ丘駅沿いの道路で、トラックの暴走事故があった。


 トラックは時速八十キロを超えた状態で、高校生男女二人に突っ込んだ。


 九死に一生を得て、二人はトラックを避けて助かった。

 いずれも、足の骨折の軽傷。


 トラックを運転していた同い年の加賀は、過失傷害の疑いで現行犯逮捕された。一時意識不明の重体だったらしい。


 僕らを睨んできて、遊び呆けた僕らをけていた彼だった。




 僕と桜、どちらも左足の骨折。駅の壁とトラックの間に挟まれた状態で、全治一ヶ月ほど。


 僕があの時電車を降りていなければ、彼女はどうなってしまっていたのだろう。


「本当にごめんね、煌くん……」

「いや、僕は全然大丈夫なんだよ。君の方が心配」

「怪我の程度ほぼ同じだし、私は大丈夫だよっ! 無理しないでね……」

「そっちこそ」


 心配を押し付け合い、病院から帰っている僕ら。

 あの事故から数日、やっと退院できた。

 出会ってたった一日でまさか二人して骨折するとは思わず、自分の持つ松葉杖に未だ不信感を抱いている。


 クラスメートの加賀は、桜の幼馴染で元カレだったらしい。


 高校生になって一日目で、他の男といちゃいちゃし始める元カノが気に食わなかったのだろう。

 あくまで『いちゃいちゃ』は彼個人の見解だけれど。


 しかも、彼は桜に不本意に振られたらしく、そのせいで親同士の仲が悪くなって、大喧嘩をし、加賀の親は寝込んでいるらしい。


 だから桜が嫌になり、怪我させようとしたらしい。やりすぎだとは思うけれど。


 後ろで僕らの母親たちが、僕らの荷物を持って談笑している。意外に馬が合うらしい。


 そして僕らもそれ以上に、馬が合った。


「ね、付き合って」

「は?」

「好き。付き合って!」


 歩いていた足を止め、しっかりと目を見て言われた。


 好き。付き合って。


 それって。


 僕は君の心を奪えたってこと?


「僕でよければ、もちろん」


 僕は自信を持って、君を好きになっていい?

 思ったこと全部、言っていい?


 嬉しい。出会ってまだ数日、僕にとっては濃い毎日を過ごしてきたつもりだ。大半は病室生活だったけど。


 その中で彼女が、僕に心を差し出してもいいと、信じてもらえたことが何より嬉しかった。


「……よろしく、ね?」


 恥ずかしがって下を向いた後、上目遣いでそう言ってくる。

 ああもう、可愛い。


 こんな本音を、僕は君に全て曝け出していい?


「よろしく」


 僕は満面の笑みになって、彼女の手を取る。


 ——彼女の、最高の笑顔だった。

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