トランプのハートは何を示す?

大河井あき

トランプのハートは何を示す?

 俺たちは晴れの日、ランドセルを家に放ってから宿題を後回しにして学校の裏山に集まり、おもちゃをいろいろとくるんだブルーシートを開いて敷き、遊ぶのが常だった。

「なあ、ババ抜きってよく考えたらすげえよな。普通のカードゲームと違ってデッキ一つでいいんだぜ?」

 五厘ごりんの坊主が似合っている寺山がそう言いながら揃ったカードを捨てた。俺は寺山から一枚カードを引いて、そのまま戸崎に手番を渡した。

「僕たち三人で一緒に遊べるのもいいよね。TCGトレーディングカードゲームだと一人余っちゃうから」

 戸崎はメガネの端をくいっとあげてから二枚捨てて、手番を回した。

 何気ない話をしながら順繰りに進めていたが、しかし、最後におかしいことになった。

「あれ、内田、なんでカード一枚持ってんの? ジョーカー二枚あったっけ?」

 寺山の渋い顔が困惑に変わる。

 途中から湧いた違和感は、枚数が偶数だったことかとちながらカードを二人に見せた。

「いや、スペードのエース。誰か間違って捨ててない?」

 みんなで眉をひそめながら捨てた束をまとめていく。

「あれ、もしかして、ハートのAが足りない?」

 ダイヤとクラブのAを取った戸崎が言った。

「前遊んだときはあったはずだぜ。なあ、内田」

「ああ。じゃあ、誰かが盗ったとか?」

「いやいや、それはないと思うよ。ブルーシートにくるんで草陰くさかげに隠しているわけだし、もし見つけたとして、ハートのAだけ取っていく理由がないよ」

 確かに。

「内田、もしかしてドッキリ仕掛けたりしてないよな?」

「しょぼすぎるだろ。ドッキリにしては」

「まあ、そっか。まさか、戸崎?」

「僕が二人にドッキリを仕掛けるわけないじゃないか」

 もちろん、寺山も違うだろう。ジョーカーを引いただけで顔に出るのにドッキリの仕掛け人なんて務まるはずがない。

「あー、どうしよ。新しいトランプ買うのやだな」

「そうだな。次からはAを一枚抜いてやろう」

「あ、内田くん頭良い!」

 成績優秀な戸崎にそう言われるとちょっと上機嫌になる。

「じゃあ、今日は時間もちょうどいいし、また明日にしよう」

「にしてもよー、どこ行っちまったんだろうな、ハートのA」

 きつねにつままれたような気持ちになっていたけど、片付けはすんなりと済んだ。

 たかがカード一枚だと、そう思っていたから。



 ことを知ったのは、その三日後だった。

「あっ、戸崎、昨日はどうしたんだ?」

 いつものようにブルーシートを敷き、ババ抜きの準備を整え終えてちょうど、戸崎がやってきた。

 戸崎は昨日休んでいた。

「実はおじさんが亡くなって、葬式に行っていたんだ」

「え、もしかして、啓也けいやおじさん?」

 寺山が青ざめた顔で尋ねると、戸崎はこくりと頷いた。

 俺も信じられなかった。大人なのにタバコは吸わないしお酒も飲まないし、毎朝ランニングをしていて、ときどき新聞を取ったときに会うと「おはよう!」とにっこりとした顔で挨拶をしてくれるあの啓也おじさんが亡くなるなんて。

 ババ抜きをしながら理由を聞くと、余計に信じられなくなった。突然の心臓発作だというのだ。

「心臓発作ってさあ、健康でもなるもんなの?」

 寺山が聞いたけど、戸崎は首をかしげた。戸崎でさえ分からないことなら、俺にも分からない。

「あれ、また偶数だよ」

 戸崎がそう言って、寺山は青い頭をぽりぽりとかいただけだったが、僕はすぐに言いたいことが分かった。

「前に続いて今回もか」

「え、どゆこと?」

「カードが一枚なくなっている」

「まじ?」

 僕たちはやはり眉をひそめながら束をまとめていく。

 あれ、おかしい。

「なあ、ハートの三、ないか?」

 スペード、ダイヤ、クラブはあったが、ハートがなかった。そういえば、前回もなかったのはハートだ。

 二人は確認して首を横に振った。

「やっぱ誰かがいたずらしてんじゃねーの?」

「うーん。そんなはずないんだけれどな……」

 結局、よく分からないまま、次やるときはさらに三を抜いてやろうということで話がまとまって解散となった。


 その翌日、寺山が休んだ。



「お前ら、俺が休んだ日、裏山行ったか?」

 帰りの校門で、深刻な表情をした寺山が尋ねてきた。

 僕も戸崎もかぶりを振った。きっと戸崎も同じだ。何となく、行くのが怖かったんだ。

「……俺の親戚が事故に遭って、死んじゃった。葬式に行っていたんだ」

 上級生と喧嘩しても泣かない寺山が、ぽろぽろと涙を流した。

「車に乗っていて、なんか、スリップしたらしい。それで、運転席に座っていたおじさんと、後ろに座っていた女の子二人が死んじゃったんだ。おばさんのほうはほとんど無傷で済んだみたいなんだけど、葬式でずっと泣いてた」

 戸崎に続いて寺山まで親戚が亡くなるなんて。悲しいって気持ちよりもっと重たい何かが心にのっかった。

 でも、戸崎はちょっと違う表情をしていた。

「三、人……」

 戸崎の顔から、血の気がすうっと引いた。

「おじさんと女の子二人で、三人……」

 その言葉で、戸崎が言おうとしていることが分かった。

「まさか。いや、まさか。なあ、それなら確かめに行こう」

「確かめるって、何をだよ」

「トランプを、だ」

 沈痛な面持ちの寺山はまだピンと来ていないらしい。口に出すのも怖かったけど、言った。

「ハートの数は覚えているよな。前回なくなったのは三で、その前はA、つまり、一だ」

「つまり?」

「死んだ人数と、ハートの数が同じなんだ」

 寺山の顔にさっと半信半疑の恐れが浮かんだ。僕も、おそらくは戸崎も同じ気持ちだ。

「そんな、偶然だろ。なあ、戸崎?」

「……うん。そのはず。仮に誰かが本当にひどい悪戯いたずらを仕掛けたとしても、おかしいんだ。だって、おばさんは助かっているんだから。狙ってやったんだとしたら、なくなっていたのはハートの四のはず。三人だけ殺すなんて、できるはずがない」

 そう、そんなこと、あるはずがない。

 そう思いながらも僕たちは裏山へ駆け出していた。

 着いてすぐにランドセルを放りだし、乱暴にブルーシートをほどいてトランプを確認して、僕たちは言葉を失った。



 ハートのカードがすべて消えていた。

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