センチメンタルアンドロイド
長月瓦礫
センチメンタルアンドロイド
両手をまっすぐに横に伸ばす。
複数の人間が私を一斉に点検する。
人間と同じような見た目をしているのに、私は人間にはなれない。
「異常なし」と指さしながら、何度も点呼を繰り返す。
何を目指しているんだろう、この人たちは。
人間を目指せと言わんばかりに、繰り返し繰り返しアップデートを重ねている。
性能が上がるほど、私は人間に近くなる。
人間からしてみれば、遠のいていくように思うらしい。
人間は人間、唯一無二の存在ということか。
ドクターはチェックリスト片手に、私を見ている。
何を考えているのかな、この人も。
何も分からない。それがもどかしい。言語化できない。
これが人間が言うところのセンチメンタルな気分という奴だろうか。
機械の体にめぐるプログラム、完全のはずなのに一致しない。
外側は人間を模した皮膚や毛におおわれ、人間の形を成した何かになっている。
他の仲間も大して変わらない。
性別によって差があるだけで、性能に差ははない。
強いて言うなら、部品が浮いているような違和感がある。
実際、そんなはずはない。すべてが正しく、精巧に作られている。そのはずだ。
「なぜでしょう、気分がふわふわしています。正常なんですよね、私は」
「そもそも、気分なんてものは存在しないはずだろう」
なぜなら、君はロボットなのだから。
ドクターはそう続ける。
それはそうだ。情緒なんてものはないはずだ。
そうだとしたら、この違和感は何だろう。
違和を感じる。
命令通りに組まれたコードに従うだけの私に、しっくりこないことがある。
そんな日が来ることがあるなんて、思わなかった。
これは最初からあったわけではないのだろう。
数週間前からこの違和を感じていた。
これを言語化できないのはなぜだろうか。
「そういえば、数年前の研究データに『心』に関する記述がありましたよね。
この違和感はそういうことなのでしょうか」
「あの失敗作を肯定すると思うか」
それを実際に作った研究者は、世界から追放された。
逃亡した末に回収され、研究そのものが破棄された。
果たして、何人が覚えているだろうか。
「しかし、それを肯定する流れが来ているのも事実だ。
案外、アレはまちがっていなかったのかもしれないな」
あっさりと意見を覆した。この人にしては珍しい冗談だ。
言葉を飲み込むように、深呼吸する。
よほど、気に入らないらしい。
「何を見たんだ、君は。違和を感じる原因が何かしらあるはずだろう」
何かしらの原因と言われても、心当たりはない。
違和を感じた日から本日までの記録をざっと巻き戻す。
目で見て耳できいて、仮の肌で感じたものが巻き戻される。
どの記録にも必ずドクターがいる。
無表情というわけではなく、わずかに表情が崩れるタイミングがある。
朝のあいさつ、昼食のラーメンを前にしたとき、定時5分前、残業が確定したとき、喜怒哀楽がこの人にも備わっている。
私を点検した彼らにも、何かしらの感情があるのだろうか。
「すみません、分かりませんでした」
「定型文でごまかすんじゃないよ」
「まあ、私の一番の特技なので」
ドクターは少しだけ笑っていた。
センチメンタルアンドロイド 長月瓦礫 @debrisbottle00
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