窓の外の女

ゆずの しずく

窓の外の女

「この部屋、六階でしょ?」


美咲がそう言ったとき、私はなんとも言えない違和感を覚えた。

大学の先輩・中谷さんの家に集まって、卒論の打ち合わせをしていたときのことだ。


「そうだよ。エレベーターめっちゃ遅かったでしょ」


中谷さんが笑って返すと、美咲は少し顔をしかめて、窓のほうを見た。


「……さっき、窓の外に女の人がいた気がして」


部屋は六階、しかも外には何もない中空のコンクリートの壁。

もちろん、立てる場所なんてない。


「見間違いじゃない?」


私は笑って言ったが、美咲は曖昧にうなずいた。

そのまま空気は戻り、卒論の話を続けて、夜十一時過ぎには解散となった。


それから二日後。


私は奇妙な話を聞いた。

美咲が、行方不明になったのだ。


警察が家に入ったとき、部屋は無人。携帯も財布もそのまま。

ただ、窓だけが少し開いていて、そこに指の跡のような、黒い汚れが残っていたという。


奇妙なのは、それだけじゃなかった。


数日後、中谷さんが連絡してきた。


「窓の外に、何かいる」


最初はいたずらかと思ったが、中谷さんは本気だった。

ビデオ通話を繋ぐと、彼の顔は青ざめていて、カーテンを閉め切ったまま、窓の方を見ようとしない。


「見ちゃダメなんだよ……目が合うと、引きずられるって」


「何が?」


「“窓の外の女”。都市伝説だよ。

 六階以上の部屋にだけ現れて、目が合った人を連れていく。

 昔、2ちゃんねるでも話題になってた。

 見てしまった人は数日以内に失踪するって……」


「でも、そんなの……」


言いかけて、私は背筋が凍った。


窓の外に――白い手が、貼りついていた。

指先が、ゆっくりと、ガラスをなぞっている。


その向こうに、女の顔が、歪んで浮かんでいた。

真っ黒な目で、私を見ていた。


……その日以降、私はカーテンを開けていない。

窓の外を見たら、終わりだとわかっているから。


ただ一つ、恐ろしいのは。


あの手の跡が、今朝……内側についていたことだ。

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窓の外の女 ゆずの しずく @yuuu2525

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