【白人という人たち】掌編小説
統失2級
1話完結
日本のとある山間地域に中倉光也という46歳の男が居た。光也は和服を着て現代文明を拒絶した生活を1人で送っていたが、光也のその生活には彼なりの理由があった。光也は幼い頃から戦争の話を祖母から何度も何度も繰り返し聞かされて育っており、その話によると、祖母の兄と弟はアメリカ白人兵が実行した空爆によって命を落としたとの事だった。そして、戦後には日本に駐留したアメリカ白人兵が祖母の従姉妹を強姦した後に首を絞めて殺害したという話も聞かされていた。光也の周辺に白人は1人も存在していなかったが、祖母からそんな話を聞かされていた子供時代の光也の心の中では白人とは何とも恐ろしい鬼の様な存在になっていた。そして、光也が小学4年生の時に白人と日本人のハーフの松田克彦という少年が光也のクラスに転校して来た。克彦は粗暴な少年で光也は毎日の様に克彦から暴力を受けていた。また、金銭を恐喝される事も屡々あった。しかし、克彦の一家は克彦の小学校卒業を期に県外に転居して行き、光也はイジメからは解放される事となった。だが、光也には更なる苦難が襲い掛かる事になる。光也が中学2年生の時、一人でバスの座席に座っていると、隣の座席に白人の青年が座って来るという事があった。周りは空席だらけなのに、わざわざ隣に座る白人青年の事を不思議に思う光也ではあったが、直ぐにその理由は判明した。その白人青年は光也の手を取って自分の股間を触らせたり、逆に光也の股間を触ったりしていた。この世の中には少年に欲情する成人男性が存在するという知識は光也にもあり、白人青年の行為は痴漢と呼ばれるものだと光也も理解したが、恐怖心で拒絶する事も出来ず、大声で他の乗客や運転手に助けを求める事も出来ずにいた。その白人青年は乗車したバス停から3つ目のバス停で降車して行ったが、光也の心は酷く傷付いた。(白人とは本当に恐ろしい人たちだ)光也は益々、その思いを強くする。しかし、光也の苦難はその後も続く。光也が高校2年生の時、白人男性の観光客が運転するレンタカーが光也の母と妹を轢き殺すという事故が起きた。母と妹は青の歩行者信号に従って横断歩道を渡っていたのだが、信号無視を働いた白人男性のレンタカーに轢かれたのだ。そして、その白人男性は飲酒運転だった。結果として光也は世界中の白人を極限まで憎む様になるのだった。
光也はある日、気付いた。現代の日本には白人の発明品が溢れている。自動車、水道設備、電話、エアコン、缶詰、写真、コンロ、洗濯機、冷蔵庫、パソコン等々。白人を憎む自分が白人の発明品の恩恵に預かる訳にはいかない。その境地に至った光也は24歳の時に会社を退職し、地方の山奥に移住して現代文明を拒絶する生活を始める事にした。サツマイモを含む野菜類を自給自足で栽培し、タンパク質は釣った川魚で摂取していた。そんな生活を1人で22年も続けていた秋のとある穏やかな日に、光也は釣りをする目的で川に向かって歩いていた。すると、なんの前触れも無く突然、左胸に強烈な痛みが発生した。脂汗が滝の様に顔面から流れ落ち、道端にうずくまっていると、幸いにも間を置かず、通りすがりの2人の村人に発見されて救急車で総合病院に運び込まれる事となった。診断は心筋梗塞だった。心筋梗塞の発症から手術までの時間が短時間だった事、執刀医が熟練した医師であった事などもあり、手術から10日後には光也は自らの足で歩いて病院を退院する事となった。しかし、術後という事もあり山奥の自宅まで歩く事は困難な話で、タクシーに乗っての帰宅となった。
(心筋梗塞の手術という現代医学も、救急車もタクシーも全部、白人の発明だ。俺は白人の発明で命を助けられた。憎くて憎くて堪らない白人の発明が俺の命を救った!!)その屈辱の現実に苦しんだ光也が自殺を決意するのは当然の帰結だった。(縄を発明したのは白人ではない筈だ)(首吊りを発明したのは白人ではない筈だ)実際のところ、それは光也にも確信の持てる話では無かったが、しかし、精神的に酷く疲弊していた光也は深く考える事を放棄した。恐怖心は自分でも拍子抜けするほど微弱なものだった。光也は縄の輪に首を通し、普段は食卓に使っている踏み台の木の塊を蹴飛ばす。光也の46年の孤独な生涯は、こうして質素で古びた民家の中でひっそりと幕を降ろす事になるのでした。
【白人という人たち】掌編小説 統失2級 @toto4929
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