続
病室:再会と違和感
昏睡から目覚めて数日、月島実はリハビリを兼ねて、病室の窓から外を眺めることが日課になっていた。
「先生、今日も夢の話してくれますか?」
毎日やってくるのは、かつての教え子であり、今は看護師を目指すという篠原理央だった。明るく気遣いもできる少女で、記憶の混濁する月島にもやさしく接してくれた。
だが、月島の中にはずっと引っかかっていることがあった。
——夢の中で見た「黒く塗り潰された少女」。
そして、理央の顔と声は、その少女と酷似していた。
「理央……君は、俺のクラスだったよな? でも……名簿に、君の名前がなかった気がするんだ」
理央は一瞬だけ微笑みを止めた。
「私のこと、忘れてた方がよかったのに」
そう言って、彼女は病室を出ていった。
その背中は、どこか、この世のものではないように感じた。
校舎跡地:封印された記憶
退院後、月島は事故が起きた旧校舎を訪れた。三ヶ月前、屋上から転落し、奇跡的に命を取り留めた事故。
彼はそこで、保管庫から当時の出席簿を見つけた。
1年C組。30名。
しかし、明らかに不自然な修正跡があった。
31人目の生徒の欄に、白い修正液が塗られている。
——この席、空席だったっけ……?
不意に、後ろから声がした。
「——もう思い出した?」
振り返ると、そこには誰もいなかった。ただ、風に吹かれてめくれるプリントの束。
その中に、ひとつだけ残っていた生徒写真。だが、顔の部分が破り取られていた。
真実:名前のない少女
月島はかつて、担任として心を閉ざした一人の生徒を気にかけていた。
家庭環境に問題を抱えていたその少女は、何かあるたびに屋上へ行きたがった。
——事故の日、彼女は屋上にいた。自分は——助けようとして、手を伸ばして……
(……俺は、彼女を……)
病院の記録には、月島が自ら飛び降りたとある。だが、月島の記憶は違っていた。
誰かの手を掴もうとしていた——そして、空を見上げた光の中に、彼女が消えていった。
最後の階段:もう一度
ある夜、月島は再び夢を見た。
あの校舎。あの階段。
そして、屋上にはもう誰もいなかった。
ただ、フェンスに貼られていた小さなメモ。
「先生、今度は落ちないでね。私は、ちゃんと見てたよ」
涙が溢れた。
彼は夢の中で深く頭を下げた。
「……ごめん……ありがとう……」
【終章】消えた記録、残った記憶
その後、月島は復職せず、生徒のメンタルケアを行うカウンセラーとして働き始めた。
あの少女の名は、いまも思い出せない。
けれど確かに、どこかで彼女が微笑んでいるような気がする。
——先生は、もう逃げない。
【終】
屋上 神町恵 @KamimatiMegumi
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