遺伝子の万華鏡

改案堂

強いか、弱いか?

今回のテーマは「遺伝的弱者」です。

お題に沿って、少し考察してみましょう。



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まずは言葉の意味から。

「遺伝的」と「弱者」に分けられますね。


遺伝とは、大まかに先天的な遺伝と後天的な遺伝に分けられます。


1.先天的な遺伝

 いわゆる生物の、基本的な性質の一つの事です。

 生殖によって"親"から"子"へ形質が引き継がれる現象で、地球上の生物は主にDNA(デオキシリボ核酸)を設計図とすることでその成り立ちをコピー、ペーストしてゆきます。

 人間でいえば、耳垢が乾燥or湿る傾向、髪の毛の色が濃いor薄い、21番染色体異常のダウン症、心室中隔欠損などが有名でしょう。


2.後天的な遺伝

 これは、(1)垂直感染による伝達と(2)家庭・環境要因の情報伝達に分けられます。

  (1)は細胞核に収められた染色体以外で遺伝子を継承するという意味でミトコンドリアが挙げられます。パラサイト・イヴで有名になりましたね。また卵子由来の遺伝として人類の起源を探る重要な手がかりとして、後天的な遺伝要素に挙げられます。

  (2)は少し広義な範囲となり、例えば家庭環境で学習する場合や生活環境・教育環境も遺伝要因と言えます。

  親が貧困層の家庭では子も貧困層に留まる傾向があったり、学問に積極的でない学校へ通学すると進学率も高くない傾向になる、といった要因も遺伝と考えられます。


 特に2-(2)はDNAやウィルスに拠らない、学習などによる非物質的な情報伝達を根拠とした遺伝として、社会性生物である人間には重要な要素と言えます。



 弱者とは相対性を表す言葉で、基準値を中央として強い/弱いの段階的な関係を示しています。

 多ければ強い、少ないと弱いとは限らず、母集団中の数の寡多によって決まる場合もあります。

 また遺伝という性質上、継承されることで生存に不利になったり、逆に継承されないことで不利に作用する場合もあるでしょう。これもまた弱者と言えます。


 ①多い方が強い場合

 例えばアルコール濃度は多い(=高い)ほど酒精が強い、と表現されますし、民主主義社会の投票では投票割合が多い方が選挙に強い、と言えます。


 ②少ない方が強い場合

 逆に数が少ない方が強い例として、水銀は摂取量が少なくとも毒性は強く、鳥類の鷹は生物ピラミッドの中で数は少ないものの捕食者として頂点に近いので立場が強いでしょう。


 ③生存への作用

 生存に不利に働く場合、そもそも継承できないので弱いと考えられます。染色体分離不全によるトリソミーなどが代表的です。


 考察対象によって強弱を定義する必要があり、また観察者の立場でも強い、弱いに違いが出てくるでしょう。



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次に、遺伝的弱者について幾つか例を出して考えてみましょう。



1.先天的遺伝による遺伝的弱者


 親から子へ引き継がれる遺伝形質の一つに、鎌状赤血球症という貧血を伴った赤血球の遺伝疾患があります。


 症状としては、通常中央部の凹んだ円形になる赤血球の中央部が欠損し、アルファベットのCのような形状を形成します。この形状欠損により赤血球の運搬する酸素量が減り、重度の貧血に陥りやすく、最終的には臓器の機能不全になりやすい。平均寿命は60歳程度になります。


 通常であれば生存には不利に働くため、①タイプの先天性の遺伝的弱者です。

 しかし主にアフリカや地中海沿岸、中近東方面など特定地域では、生存には不利に働かないことが判明しています。


 なぜかというと、鎌形赤血球症の欠損形状はマラリア原虫の感染に強い傾向があり、マラリア蔓延地域では生存に不利に働かないからなのです。 

 つまり、一見日常生活には不利に働く貧血症の原因は、同時にマラリア耐性を持つ形質でもある、という訳です。



2-(1).後天的遺伝=垂直感染としての遺伝的弱者


 ミトコンドリアはごく原始的な原核生物を除くと生命に必須と言えますが、それ以外の後天的遺伝の例としてキジラミの細胞に共生するカルソネラ・ルディアイがあります。


 これは現在知られている生物としては最も少ない塩基配列を持ち、ウィルスより小さく、葉緑体と同程度と言われています。単体では生存できず、厳密には生物の定義から外れる可能性もあります。


 しかしキジラミの細胞では産出できないアミノ酸を生産することで細胞内で必須とされ、また自己増殖能力を持ち独立した独立膜を持つため、垂直感染による世代交代が可能な寄生・共生体と考えられています。


 この場合は生物単体として成立できない③タイプの遺伝的弱者と言えますが、宿主のキジラミにとってもメリットがあるため、必ずしも不要な存在とは言い切れません。



2-(2).後天的遺伝=社会的情報伝達としての遺伝的弱者


 人類は先天的遺伝以外にも成長段階の環境に影響され、その情報を次世代に継承するという特徴が表れやすい傾向にあります。


 貧困の再生産と言われる現象がその例の一つです。要因は知能や性格、健康状態、家庭環境、経済格差や教育格差など、単体ではなく複合して影響する事が多く、①と②の複合になっている場合も多くみられます。


 必ずしも行政に頼る事が解決手段とは限りませんが、支援や機会の提供が生存の不利を緩和する場合もあります。


 生物としての遺伝と異なる点として、明確な原因の特定が困難な点が挙げられます。個別要因に対策をとっても他の因子から影響を受けやすく、大幅な改善は個体の能力よりも周囲との関係性を変えることでしか得られない場合もあります。


 また、生存そのものを不利にするとは限らず、一概に生物として遺伝的弱者へ追い込まれる事は多くないことも特徴です。



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 以上の例から、遺伝的弱者とは生存に不利に働く遺伝子を持つものの、それ以外の遺伝要因や地域環境、外部影響により必ずしも不要な存在とは言い切れないといえます。

 なぜならば一面では弱くとも、他方面から見ると強みとなる要素により、次世代へ継承する能力がある、と考えられるからです。



 つまり遺伝的弱者とは、生物の基本的な性質の一面的な見方だ、と云う事ができるでしょう。

 生命現象は万華鏡のようなもの、一方で有利だと思われても生存に不利に働いてしまう形質もあり、また一方では弱者と思われた形質が生存に不利に働かない場合もあるのです。


 何が良いか悪いか、はたまた強いか弱いか。要因や経緯よりも結果を以て議論すべきでしょう。

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遺伝子の万華鏡 改案堂 @kai20220512

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