第37話「連合の牙、迫る」

 ――ベルフェイン共和国・王都エルクライン


 かつては重苦しい税吏の足音が響いていたこの街も、滅税同盟の成立後は空気が一変していた。


 街角の露店では果物が無税で売られ、貧民街には新しい診療所が設置され、役所の壁には《税の是非を問う自由討議会》の告知が貼られていた。


 その変化は市民にとって希望だった。


 だが、希望の灯がともれば、必ずその光を憎む者が現れる。


 「標的はクロウ・シエル。任務の完遂まで、我々は影そのものとなれ」


 夜の森に集う三つの影――黒いローブに身を包んだ彼らは、魔導国連合の特務税務執行官。

 別名、《黒税隊(こくぜいたい)》。


 彼らは魔導国に課された税を“徴収せずに逃れた者”を、粛清するための暗殺集団である。


 今回、クロウの“滅税主義”によって租税反乱の兆候が広まり始めたことで、連合はついに剣を抜いた。


 「標的は現在、王都エルクラインの税務官邸に滞在中。内部構造は既に把握済み。夜明け前、侵入する」


 黒税隊のリーダー《三課:収奪ノ双刃》は、冷ややかに頷いた。


 「滅税などという戯言、今日で終わりにしてやる……」


 一方その頃、税務官邸の書斎では、クロウが魔導式の地図に目を通していた。


 「ルフラム王国の関税を撤廃した影響で、第三国からの流入資源が偏ってるな……ティア、物流調整を頼む」


 「了解しました。新しい調整税フォーマット、すぐに反映させます」


 「……って、師匠。最近寝てますか?」


 隣で書類にサインしていたリュークが眉をしかめた。


 「三日連続で徹夜ですよね? 頭の回転は落ちてませんか?」


 「心配するな、税制と睡眠は比例しない」


 「その理論おかしいですからね!?」


 笑いながらも、二人は確かな信頼と絆で結ばれていた。


 だが、その平穏は長く続かなかった。


 ――午前二時。官邸地下の警戒結界が、突如として“無音”の崩壊音を放った。


 「!? 結界が破られた……!」


 ティアが最初に異変を察知し、杖を手に立ち上がる。


 「敵襲か……!」


 リュークもすぐに剣を抜き、クロウの前に立ちはだかった。


 しかし、廊下に現れたのはたった一人。

 黒装束に覆面、瞳だけが鋭く輝く女。


 「――クロウ・シエル。お前に課せられた“遅滞滅殺税”を執行する」


 「……連合の殺し屋か」


 クロウは静かに頷くと、懐から税務印章を取り出した。


 「残念だが、ここでは滅税者に課税する権限は通用しない。ここはベルフェイン。国民が課税者を選ぶ国だ」


 「それでも執行する。なぜなら――それが“税の正義”だからだ!」


 女暗殺者が魔法術式を展開。

 炸裂する《課徴爆雷》――課税対象の生命力を爆発的に奪う魔導攻撃。


 「クロウ、下がって!」


 リュークが身を挺して盾を構える。


 衝撃波が廊下を揺らし、壁が剥がれる。


 しかし、リュークは踏みとどまり、叫ぶ。


 「こっちは師匠が教えてくれた“免税防壁”だ!! そんなインチキ魔法、効かねぇよ!!」


 「チッ……ならば、強行突入!」


 暗殺者は一瞬でティアの背後に回り、短剣を振るう。


 「甘い!」


 ティアが繰り出したのは、《累進収束弾》――相手の攻撃を“納税意識”で圧縮・反射する特殊魔導。


 カッと光が走り、敵の手から短剣が弾かれる。


 「おのれ……まさか、本当に滅税を“戦術”に応用しているとは……!」


 「当然よ。クロウさんの教えを、舐めないで!」


 劣勢に立たされた暗殺者は、懐から魔導信号を放った。


 ――数秒後、官邸の天井を突き破って、二人の黒影が舞い降りる。


 「《徴収ノ鬼》……!」


 リュークの声が震えた。


 「連合本部直属の、課税執行官最上位……!?」


 その瞬間、室内の空気が変わる。


 殺気ではない。

 圧倒的な、“課税への信仰”そのものだ。


 「我らの名は《徴収ノ鬼》。租税秩序を乱す者は、納税の名の下に裁かれる」


 「ふざけるな!」


 リュークが剣を振るいかけた瞬間――


 「リューク、下がれ」


 クロウが静かに前へ出た。


 その目には、揺るぎない意思が宿っていた。


 「この国はもう、課税の恐怖で縛られはしない。――今こそ、“納税の鎖”を断ち切る時だ」


 「――リューク、ティア。ここから先は私がやる」


 クロウ・シエルは二人に目配せすると、静かに前へ出た。

 彼の手には、滅税者としての象徴――赤き印税帳が握られていた。


 「……本気か、師匠?」


 「今夜の相手は、過去最悪だ。だが、ここで怯んだら滅税主義は終わる。覚悟を見せる時だ」


 対峙するは、《徴収ノ鬼》の双子――レム=カイマとベラ=カイマ。

 二人は同時に魔法陣を展開し、課税呪文を詠唱し始めた。


 「《加算連撃・千の租(せんのそ)》!」


 ベラが放った魔術は、千に及ぶ課税項目を高速で積み上げ、対象の精神と魔力を破壊する税系呪文。


 「受けよ、“未納の重さ”を!」


 だが、クロウは構わず前進した。

 周囲の空気が、まるで逆流するかのように変わる。


 「――《課税拒絶式・第零号》発動」


 印税帳が開かれ、頁が一斉に空中に舞い上がる。


 「なっ……これは!?」


 「“課税権の無効化”!? そんな魔法、連合にも記録がない……!」


 「当然だ。これは私が編み出した、“滅税思想の錬成呪文”だ」


 クロウの周囲に生じた透明な結界が、課税魔法のすべてを“条文ごと”消し去っていく。


 「これが……滅税の極致……!」


 ベラの膝が崩れた。


 次の瞬間――クロウの手が宙を裂き、彼らの魔導核(まどうかく)を一閃。


 「この国の未来のために、眠れ」


 魔導核を破壊された《徴収ノ鬼》は魔力を失い、静かに崩れ落ちた。


 だが、その瞬間――リュークが叫ぶ。


 「クロウさん、後ろ!」


 ――残っていた《三課:収奪ノ双刃》が、死角から短剣を放っていた。


 風を切る音が背中を裂く――


 だが。


 「間に合った……っ!」


 ティアが展開した《繰延結界》が、最後の一撃を遮った。


 「あなたを……殺させるわけにはいかないんです……!」


 「ティア……!」


 クロウは振り返り、傷だらけの彼女に目を見開く。


 「私は……この国で……課税が人を殺すことを、何度も見てきた」


 「だから……あなたに……滅税という希望を、守ってほしいんです……」


 涙を流しながら笑うティアの姿に、クロウは強く頷いた。


 「わかった。ならば、生きて、この思想を未来へ届けよう」


 残された《収奪ノ双刃》が最後の抵抗を試みるも、リュークの剣がそれを阻んだ。


 「ここで逃がしたら、師匠の顔に泥を塗ることになる!」


 刃が交差し、火花が散る。

 激突はほんの一瞬で終わった。


 リュークの剣が勝ったのだ。


 その夜明け――


 王都エルクラインに公式文書が掲示された。


 《滅税者クロウ・シエル、王都防衛において魔導国連合の課税執行官を退ける。住民税ならびに物品税の恒久廃止を宣言。》


 この知らせは、瞬く間に他国にも波及する。


 ルフラム王国の一部地域では自治体が連合からの課税徴収を拒否し、エルダリア公国では新たに《滅税議会》が立ち上がった。


 クロウの戦いは、まだ終わらない。


 だが、この一夜が、確かに世界を変えたのだ。

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追放された異世界税理士、悪魔と結託して滅税国家を築く 誰かの何かだったもの @kotamushi

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