3
孫六はカンテラに火を入れてひとまずの光源を確保した。
「ここが、鍛冶屋の肝として心得ておけ」
孫六は炭を炉の中に流し、火を入れると、風を起こした。黒塊にほのかな赤が灯る。孫六がさらに風を入れると、熱気が一気に拡散する。
「カンテラを消せ」
レベリウスがカンテラの中の火を消すと、もう工房の中の光は炉のみになった。
「入れろ」
「へ?」
「打った奴を入れるんだ」
レベリウスが打った刀を入れると、刀に赤色が伝わる。孫六がじっと、刀の赤色ぐあいを確かめる。
「よく見ておけ。この赤めと焼入れの、ほんの少しでも手際が狂うと、もう使い物にならんからな。そして、毎度同じようにやっていても、全く同じものができるわけではない。どこまで入れ、どこで引き揚げ、どこで冷やすか。それを見極めねば、刀を打つことは出来ん」
レベリウスは赤くなっている炉と対峙している。刀が夕陽のように茜色になったとき、
「上げろ!!」
孫六のいう通りに引き揚げ、さらに、
「水に突っ込め!!」
言われた通りに冷水の中に入れる。白煙が立ち上がり、天井にあたる。孫六は工房に張りつけた戸板を外してまわって光を取り入れ、レベリウスが打った刀を見る。
レベリウスの手が震えている。
「親方」
「なんだ?」
孫六は刀の見聞をしながら返事をする。
「毎度、こんなことやってたのか」
「ああ。どれだけやったかな。それでも、満足のいった物はない。どこか、不満であったよ」
「あれだけの出来で?」
「鍛冶屋だけではなく、物を作る連中というのは、案外そういうものさ。むしろ、悪い出来に満足するのは作り手として失格だと、儂は思う」
孫六は出来上がった刀を少し手直ししてから、研ぎに入った。
出来上がった刀は、見た目こそ孫六が打ったものと遜色はない。でもそれは、前にレベリウスが一人で打った、あの例の折れた刀も同じである。
「でも、なんか違う」
レベリウスは直感でそれを思った。
何が違うのか。無論、造り込みや、火を入れて鍛える段取りなどが違う、ということはある。だがそれ以上に、自分が今まで打ってきた剣とは全く違う手ごたえのようなものを感じている。
「なにが違うんだ?」
レベリウスがぼそりというと、
「それを知りたければ、それを使ってみることだ」
孫六はそう答えた。
それは、試しに切ってみろ、ということである。
レベリウスは抜き身のまま、裏庭に出て、一番太い薪を取り出した。
切株の上に置き、孫六のまねごとのように端座すると、大きく振りかぶって薪を切った。
「……?」
空気を切るようで、何かを切った感触はない。これは今までになかったことであった。だが、確かに薪は二つになって左右に落ちた。
「お、親方!!」
「切れたであろう?」
孫六は特に喜ぶこともせず、淡々と、当然のように言う。
「恐らく、出来たやつはこれまでの中でも出来は良いほうだ。初めて打ったものだ、大事にしておけ」
「わかった。……、わかったよ」
レベリウスは満面の笑みをたたえつつも、持っている刀は震えている。
「親方」
「なんだ?」
「あのエルフのガキともう一度勝負をしたい」
「そのことならば忘れろ。お前までそのようなことに飛び込む意味はない」
いや、と頭を振ったレベリウスの目を見た孫六は、
「どうしても、やり返さんと気が済まんか」
と、苦笑した。
「これは、親方だけの問題じゃない。俺の問題でもある。あの高慢ちきの鼻を折らねえと、エルフ族は方々で言いふらす。余計な面倒を起こさせないためだよ」
「そこまでいうなら、好きにすればよい。やり返したところで空しくなるだけだろうがな」
といって、孫六は考え直した。
「何故、あの坊主は儂との勝負をせがんだのか。それが知りたい」
イシュタールが孫六の刀を知りたく、勝負を仕掛けてきた、というのはあるだろうが、どうもそれ以外にも何かわけがあるように思えてならない。
「それと、あの坊主の剣の素材をもう一度この目で見たい」
そう思い始めると、もう一度勝負をするのもやぶさかではなくなった。イシュタールが持っていた剣がどういう素材なのか。
見た印象からして、恐らく通常の鋼を使ったものではない。そして、魔術合金とも違う。おそらく、孫六がこれまでに見たことのない素材で作らているのは間違いない。その素材を、孫六は知りたくなった。
レベリウスがやっとのことでイシュタールを見つけ、
「もう一度、勝負をしてくれないか」
と頼んだ。すると、イシュタールは、
「やだね」
と、断った。
「まあ、そうするだろうな。普通なら」
「わかったか?何度やっても同じことだ」
「……、これを言うかどうか迷ったが、お前があの時勝った刀は、親方の刀じゃない。俺が打った刀だ」
嘘だ、とイシュタールは断じた。
「嘘じゃない。あの鞘の色を見ただろう?親方はあんな鞘の色を使わないのさ。で、今度は、正真正銘、本物のマゴロクのカタナだ。もしこれで負けたら、どこにでも言いふらすなりなんなりすればいい。どうだ?」
「そこまでいうなら、今度こそ勝負をつけてやる。勝負の方法も、相手も同じだ」
「わかった。そのように取り計らってやる」
またしても狩り出されたウィリシュは、
「俺は暇人じゃないんだぞ」
と文句を垂れていたが、孫六が、
「まあ、そういわずに。レベに後でいいやつを打ってもらうようにいうから」
と宥めるようにいうと、
「本当は、全部あんたが打っていたんだろう?弟子入りなんていうのも嘘。本当は、逆なんだろう」
ウィリシュはそうやり返した。
「なんだ、分っていたのか」
「当然だよ」
「いつからだ」
「確信を得たのは前の勝負のとき。なんとなくそう思っていたのは、最初、あいつから剣を買ったときだ。あまりに出来が違いすぎるからな」
ウィリシュと孫六は二人して笑いあうと、
「だが、一つだけ言えるのは、もし、レベの奴が持ち出すとすれば、今度は正真正銘、まことにレベのやつが打ったものだ。それだけは天地神明に誓って言おう」
「なるほど、どこまであいつが腕を上げたのか、試させてもらおう。……、で、相手は?」
「儂がやる」
「マゴロクが?」
ウィリシュが鼻で笑う。
「大体、お前さんは剣を扱えるのか?」
「剣術なら、多少はな」
うーん、とウィリシュは気乗りしているようには見えない。
「どうしてもか?」
「儂も、この度のやつは扱ってみたいと思うた。レベの剣のほどを肌身で確かめたい」
わかった、とウィリシュは不承不承ながらうなずいた。
「怪我してもしらんぞ」
「お互い様だ」
勝負の日は、すぐにやってきた。
孫六は普段の作業着から、特別に裁縫師にあつらえてもらった、小袖袴姿に変わっていた。孫六は、裁縫師に、ミレバルにやってきた時の白装束を見せ、
「このように作ってもらいたい」
と、頼みこんだ。裁縫師は実に驚いた。
「こんなつくりの服は見たことがない。出来ない」
と初めは断ったが、何度も孫六が頼み込み、ついには、玄関で土下座するにまで至って、ようやく、
「わかりました。ただし、これをきれいに分解させていただきますし、おそらく二度とこれは着れなくなりますが、それでもよろしいですか?」
と断りを入れて、作業に入った。
出来上がったのは四日ほどで、この裁縫師は腕がすこぶるよかった。袖を通し、足を入れた孫六は、
「儂がいた町でも、ここまでの腕の者はそうはおるまい」
と、満足した。
奇妙な孫六の姿を見たイシュタールは、馬鹿にしたようにして笑う。一方のウィリシュは、
「その姿の方が妙にしっくりくるな」
と、うなずいていた。
孫六の白鞘の中はレベリウスが初めて打った刀である。一方のウィリシュは、前と同じくイシュタールの剣。
「勝負は前と同じ、一本。いいですね?」
立ち合い人のクロムンドが確認すると、両者がうなずいた。
ウィリシュも、孫六も、正眼に構えた。
次の更新予定
関の孫六、異世界で鍛冶屋をひらく。 更科 @AKIRA-yapafuji
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