2
レベリウスから聞かされたウィリシュは、
「それは面白そうだな」
と、乗り気でいる。
「殺し合いじゃないんだぜ?あくまで剣の勝負なんだ」
「でも、マゴロクは今まで剣を作ったことがあるのか?師匠のお前を差し置いて」
「あ。……、ま、まあ」
「奇妙だよな。……、まああの爺さんの頼みってんなら、仕方ないけど」
と、ウィリシュは不思議そうに言いながらも、了承した。
どの刀を使うか。
孫六は、自身がそれまで作刀した幾振りかの中から選ぼうとしている。
「親方、ウィリシュとの話はついたよ」
工房から戻ってきたレベリウスの声にも反応しない。
「どうしたんだよ」
「どれを使うか迷っておる」
うーん、と孫六はうなりながら、一振りの刀を取り出した。
「これは。……、このような色の鞘を作ったかな」
それは海のような色の鞘で、このような鞘の色は孫六には出せないものである。
まあよい、これにしようときめたとき、
「あっ。……」
レベリウスの声が漏れた。
「どうした?」
「いや、それは。……」
「これがどうかしたのか?」
「やめておいたほうがいいんじゃないか、と」
なるほどの、と孫六は何かを察した。
「よし、これにしよう」
孫六は一振りを決めた。
勝負は二日後となった。
場所は、クロムンドの道場の庭で、ウィリシュは事前にゲインズに話をつけた。
「奇妙なことですね」
といいつつも、トーハン・アーデンに代わって許可を出した。
「その勝負というのは、いつですか?」
「それが、明日らしいのです」
勝負の当日になって、ウィリシュとレベリウスがクロムンド・バトーが主宰をしている剣術道場に入ると、
「ご苦労様です」
とクロムンドが挨拶をした。
「お世話になります」
レベリウスが答え、ウィリシュも頭を下げる。
「道場での勝負は控えてもらい、外での勝負になりますが、よろしいですか」
「わかりました」
「では、こちらへ」
外ではすでにイシュタールと孫六が待っていた。レベリウスは何やら言いたげに孫六の方を見ているが、孫六は、首をかしげるだけであった。
真剣のために勝負は一本限り、とクロムンドが宣言をした。
ウィリシュとレベリウスは互いに礼をし、構えた。
二人ともに正眼の構えで、足摺ひとつ動かない。
「レベの奴め、多少は出来たか」
孫六は意外な思いであった。ウィリシュは本職で腕は確かであるのは疑う余地もないところだが、レベリウスもどうして、少しウィリシュには譲るものの、腕は悪くない。
焦れたのはやはりレベリウスで、その大柄な体を生かした振り下ろしでウィリシュの脳天を狙う。が、次の瞬間、刀が真っ二つに折れた。
これにはさしもの孫六も身を乗り出すほどに驚いた。自身が天下一の名匠、とは思わないが、それでも多少の自信はなくもなかっただけに、この甲高い金属音は、
「儂も、まだまだということかな」
と、つぶやくのに精いっぱいであった。
イシュタールの剣で受けたウィリシュも、立ち合い人であったクロムンドも、茫然として、最早勝負にはならなかった。
「人間の作ったものなど、大したものじゃない」
イシュタールは揚々として言い、ウィリシュから剣をひったくるようにしてとり戻すと、喜び勇んで道場を後にした。
「あの野郎」
ウィリシュはイシュタールを追いかけようとしたが、孫六がそれを止める。
「なんでだ」
「いや、追わんでくれ。何をどう言ったところで、儂らの負けには違いないのだからな」
「いや、あいつの態度が気に入らないんだ」
「いくら言ったところで、向こうは負け犬の遠吠えのほどにしか思わんよ。好きなだけさせてやれ」
納得の行かさなそうなウィリシュであったが、ひとまず感情を抑え込んでとりやめにした。
孫六はすかさず、折れた刀の断面を見た。
「お、親方」
レベリウスが今にも泣きそうな顔をして、うずくまっている。断面を見た孫六は、思わず知らず笑い始めた。
「気でも狂ったのか」
と、クロムンドは心配したが、孫六は、
「いや、気など狂うてはおらんよ。なぜ『負けた』のか。それがわかったのだ。のう、レベ」
「あ。……、ああ、ああ」
「すまなんだな、道場主殿」
「ええ。まあ、お気を落とさずに」
「なに、気など落さんわ。レベ、工房に戻るぞ」
孫六は折れた刀を引き取って道場を後にした。
一方のイシュタールは、
「人間がエルフより優れているものなんて何ひとつないんだ。何が名工だ、名匠だ。いんちきじゃないか。出まかせもいい加減にしろ」
と、何度も呪いを吐くようにして呟いている。剣を太陽に当てる。剣は刃こぼれ一つ起していなかった。
工房に戻った孫六に、レベリウスが土下座をした。
「済まねえ親方」
「どうした、己が儂の刀に模して作ったのを見抜けなんだのは儂の不徳であって、お前には何もない」
「で、でも親方の評判が」
「評判なんぞ、時が変わればどうとでも変わってしまうものさ。それに、儂が驚いたのはそのようなことではない」
「じゃあ、なんだよ」
「あのイシュタールとか言った坊主の剣な、遠からず割れるぞ」
「なんで?受けとめたじゃないか」
「それが分からんのなら、お前も、この刀も、まだまだということよ」
孫六が愉快に笑っているのを見て、レベリウスは分からない、とばかりに首をかしげていた。
孫六の刀が折れた。
この事実は、瞬く間にアーデンの町中に広がった。無論、表向きにはレベリウスとなっているが。
「災難よの」
ゲインズ・アブールから聞いたトーハン・アーデンはこう漏らした。
「おそらく、レベリウスが打ったものが折れた、かと」
「それしかあるまい。あれだけの技量を持つ男だ、いかにエルフが優秀とはいえ、そう簡単に後れをとることはないだろう。しかし、面白くなってきたな」
トーハンが火事を見ている野次馬のような顔をしているのを見たゲインズは、
「楽しそうでございますね」
といった。
「あの頑固ジジイがどうするか、見ものじゃないか」
孫六は、レベリウスに、
「素材を見極めねば、刀剣は実にもろい」
といった。
「刀というものは、『折れず、曲がらず、切れる』だ。なぜ、儂だけではなく、多くの刀工たちが、造り込みなどという面倒をやっているか、これでわかったか?」
頷くレベリウスの表情から見るに、おそらく心底分かったと思われる。
「分かってもらわねばならん。これは、鍛冶屋として必須の心得とせよ」
孫六は断面を見極めた。
「いつものとおり、無垢のまま打ったようだな」
「ああ。どうにも造り込みってのが分からなくて。でもよ、表に出すつもりはなったんだぜ?」
「分かっている。お前もそのつもりで、鞘の色を変えたのだろうが、そもそもあのような所に置いておくのが間違いの元だ。自身の習作というなら、別の場所に置いておくべきであったな」
ぐうの音も出ないレベリウスに、
「そのような事で落ち込んでいる場合ではない。よいか、あの坊主をそのまま良い気分にしてしまえば、お前の名に傷がつく。生意気な天狗の鼻を折らねば、ますますもって天狗の鼻は伸びるであろうな」
「どうすりゃいい」
「しれたこと、打ち直すのみよ」
今度は、レベリウスの全ての行動に孫六がそばから離れない。
素延べ、鍛え。何から何まで、付きっきりで教え込む。これまでのレベリウスであれば、すぐに音を上げてしまっていたであろうが、今度に限っては、レベリウスは懸命に、誠実に応えている。
孫六の言葉に熱を帯びてもそれは変わらず、レベリウスは文句を言わず、黙々と従って打ち上げていく。
「ここからは、教えたことがなかったな」
孫六は以前のように、工房に全く光が入らないように、全ての隙間に板を打ち付け、工房の中は手もすら見えないほどの暗闇になった。
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