246円の手向け花

パ・ラー・アブラハティ

じゃあね、また始めよう

 空が紅い。夕暮れでもない、これはそんな美しいものじゃない。世界が終わります、そう告げられたのはほんの数十分前のことだった。晴天の霹靂、まさにその言葉が似合う日になった。人は笑って、泣いて、踊って、馬鹿になった。


 でも、僕は学校の屋上で空を見て祈っていた。笑いも、涙も、踊りも、僕には必要無かった。無数の隕石が流れ星のように煌めいている。運んでいるのは希望ではなくて、絶望だけど僕にとっては希望だ。


「なーに、そんな暗い顔して主人公面してるの?」


「自分の人生は常に自分が主人公でしょ」


 僕に話しかけてきたのは同じクラスメイトの香織だった。こんな地獄絵図には似合わない可憐で美しい。空に降る隕石が夜空に輝く星だったなら、それは彼女のためにあるのだろう。


 次の日はもう来ない、そう悟っているのに僕たちはいつものように話をした。


「みんな慌ててるね」


「これから死ぬって言われたらみんなそうなるよ」


「私たちもなにかしようよ」


「ん、いいよ」


「やったー! 何しよっかなー」


 彼女は不敵な笑みを浮かべて、世界の終わりなんかどうでも良さそうにこれから何をするのかを考えた。


 瞳の奥に映る隕石が徐々に大きくなっている。タイムリミットは多くは残されていないらしい。神様は、僕たちのことなんてどうでも良くて、君の楽しみも提案もどうでもいいんだ。不条理、理不尽、最低な言葉だけが似合う。


 でも、僕はこの世界が心底嫌いだった。家に帰れば感情を制御しきれないで怒鳴る両親に、学校。人生の通り道に用意された全てが鬱陶しくて、億劫で嫌だった。なのに、どうして神様を恨んでしまうのだろうか。


「あ、ねえ! 私ね、コンビニの店員さんになってみたかったの!」


 君は、ぱあっと笑ってしたいことを思い付く。


「でも、今から行っても雇ってくれないよ?」


「それもそっか〜。じゃあ、コンビニでなにか買って最後の晩餐でもしようよ。私たちはさ家に居場所がないコンビなんだしさ」


 悲しい言葉を明るく君は言った。僕と君の居場所は、この世界の片隅にもなかった。どこを探しても、蔓延っている絶望に打ちしがれて世界を呪っていた。そんな時に君という存在にあった。思えば、これが初めて感じた希望かもしれない。


 星のような明るさの裏にある夜空が僕と似ていて、寂しい共通点ですぐに仲良くなって、色々と話して笑って遊んだ。その瞬間だけは、世界が嫌いじゃなかった。いつまでも続いていて欲しいと願える、希望に満ちた世界だった。


 あぁ、だからか僕は神様を呪ってしまうんだ。君がいる時は世界が希望に満ちる、終わって欲しくないんだ。君との関係と人生が。


「ねえ、花とか持ってない?」


「持ってるわけないよ……あるとしたら」


 僕はズボンをまさぐって出てきたほんの少しのお金。一枚一枚を数えて、全部で。


「246円……少ないな」


「私たちの人生みたいだね」


「確かに、価値がない人生だったしね。ねえ、また来世でも友達になってくれる?」


「もちろん、君が居ないと私の人生は楽しくないからね。来世もよろしくね」


 僕と君の人生は未練がないと思っていた。でも、最後に未練ができてよかった。


 あぁ、来世を信じてる。

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246円の手向け花 パ・ラー・アブラハティ @ra-yu482

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