第3話
その日の授業が終わると丁寧に部屋の扉を閉めて奥館を出た。
石柱路を落ち着いた足取りを演じて通り過ぎたが、角を曲がって本城の回廊に辿り着くとメリクは駆け出して自分の部屋に一目散に戻った。
部屋に戻って扉を閉めれば、そこでようやく人心地つけたような気持ちになる。
荷物をテーブルに起き、そのままベッドの上に身を投げ出した。
……今でも手の平に冷たい手の感覚が残ってる。
そこに触れて眼を強く閉じ、メリクは痛みを堪えるような表情をした。
どれだけ言い聞かせても、もう眼を反らせない現実だった。
リュティスの手に触れただけで、自分の肉体はこんなにもそれを嬉しいと思ってしまう。
自分は多分、リュティスに触れてほしいのだ。
優しくされたい、そばにいたい、触れてほしい。
グインエル王や、彼の忘れ形見の王女ミルグレンのように、第二王子にとって温かな気持ちを与える……そういう存在になりたかった。
半年前に封じた気持ちだったのに、今日リュティスの手に触れられてまた蘇ってしまった。
シーツに顔を埋めてメリクは首を振った。
(それだけは願ってはいけないことだ。だめなんだ)
また繰り返すだけだ。
そしてリュティスを遠ざけてしまうだろう。
(今の現状が……)
一番いい事。
まるで義務と責任の遣り取りでとても寂しい関係だ。
でも、本当に引き離されて会えなくなってしまうよりは百倍いい。
それ以下もそれ以上も望んではいけない。
十三歳になった。
周りに人も増えたけど、リュティス以上に存在に惹き付けられるような人間はメリクは見つけられなかった。
男でも女でもだ。
アミアの手に引かれて、あの礼拝堂で出会った時から、遠ざけられた時でさえもメリクの心は一度としてリュティスから離れた事はない。
(僕は……リュティス様が好きなんだ)
それはきっと誤摩化しきれない所まで育ってしまった想いだ。
言い聞かせた所で、今日のような事になればリュティスは一瞬で自分の心を支配してしまう。
メリクは逃げようとするのが無理なら、と何とか見方を変える事で自分の心を落ち着けようとした。
(リュティス様は僕にとって特別な人なんだ。憧れの人。だから、その気持ちは間違いじゃない。手の届かない人。だから時折触れてもらえればとても嬉しい。それでいいじゃないか)
想いは胸に抱いていていい、そう自分で思うだけでも少し心が楽になった。
想いに気づいてもらいたいとか、好きになってほしいとか、そういう想いが今は前ほど自分の中にないのは確かだった。でも嫌われたいとは思わない。ただリュティスにとって自分が、彼を傷つけたり困らせたりするような存在でなければいいとそれだけは思うことだった。
今リュティスの前にいると、一番強く胸にあるのは好きでも憧れでもなくやはり『畏れ』だった。
(でも僕にとっては、とても大切な人なんだ)
引き離されたくない。
……だから多くは望んではいけない。
リュティスの心は望まなかった。
でも自分はずっとリュティスを想っていよう、とメリクは心にそっと思った。
好かれていなくても、信頼されていなくても今は側にいられる。
それだけが救いだった。
【終】
その翡翠き彷徨い【第21話 冷たい手】 七海ポルカ @reeeeeen13
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