最終章:星詠みの初歩、世界を照らす

 エルフリーデの額に汗が滲む。


 全身全霊を込めて、彼女は魔力を練り上げ、そして放った。


 それは、華々しい光でもなければ、破壊的なエネルギーでもない。


 ただ、真っ直ぐに、虚無の王の「楔」へと向かう、見えないほどの微細な一筋の光だった。


 次の瞬間、虚無の王が初めて苦悶の叫びを上げた。


 その不定形な体が激しく揺らぎ、楔の部分から亀裂が走る。


 エルフリーデの一撃は、物理的なダメージを与えたのではない。


 世界の法則と虚無の王を繋いでいた楔を、正確に「断ち切った」のだ。


 拠り所を失った虚無の王は、この世界の法則から弾き出されるように、もがき苦しみながら次元の亀裂の彼方へと押し戻されていく。


 やがて亀裂は閉じ、世界に静寂と、そして弱々しいながらも確かな生命の息吹が戻ってきた。


 エルフリーデはその場に崩れ落ちた。


 ライルが駆け寄り、彼女を支える。


「やったな、エルフリーデ」

「ええ……でも、信じられない。あんな、初歩の魔法で……」


 彼女は、自らが放った力のあまりの小ささと、その結果の大きさに戸惑っていた。


 世界を救ったのは、伝説の勇者の再来でも、強大な魔力でもなかった。


 それは、一人の「落ちこぼれ」とされた少女の、たゆまぬ探求心と、真実を見抜く「観測眼」、そして、誰にも評価されなかった「初歩」の技術を極限まで高めた集中力だった。


 やがて、エルフリーデとライルのもとに、生き残った人々が集まってきた。


 彼らは、何が起こったのか完全には理解できなかったが、目の前の少女と獣人が世界を救ったことだけは悟った。


 かつてエルフリーデを嘲笑した者たちも、今はただ畏敬の念を込めて彼女を見つめるだけだった。


 エルフリーデ・ヴァイスハイトは、力ではなく知恵で世界を救った「星詠みの賢者」として、その名を歴史に刻むことになる。


 彼女の功績は、魔力至上主義だった世界に大きな変革をもたらした。


 人々は、力の強さだけでなく、知識の深さ、観察眼の鋭さ、そして基礎を疎かにしないことの重要性を認識し始めたのだ。


 エルフリーデは、ライルとともに忘れられた観測所を再興し、新たな星詠みたちを育て始めた。


 彼女の瞳は、今もなお、未来の空に起こりうるかすかな異変の兆候を「観測」し続けている。


 たとえそれが、ごく「初歩」的な兆候であったとしても、その先に待つかもしれない大きな災厄から世界を守るために。


 そして、彼女こそが、真の意味で「星詠みの一族」の力を受け継いだ「末裔」であることを、世界は静かに認めていた。

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星詠みの末裔と忘れられた観測所 anghel@あんころもち @anghelff11

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