六年目の坂道、未来への一歩

春の柔らかな陽射しが校庭を照らしている。六年生になった僕は、昨日までの五年生とは違う緊張感を胸に抱えていた。新しいクラス、新しい担任、そして何よりも、もうすぐ卒業という、これまでに感じたことのない「終わり」が近づいていることを実感していた。


朝のホームルームが終わり、親友のタクヤが隣の席に座った。「よっ、六年生の始まりだな!」と笑いかける。彼の明るさは変わらず、僕はその笑顔に少しだけ救われた気がした。だけど心の奥底には、胸のざわつきが消えなかった。


放課後、僕は一人で図書室へ向かった。本を読むことで、いつも自分の気持ちを整理しようとしていた。しかし、ページをめくる手が震える。クラスメイトの会話や廊下の騒がしさが頭の中で反響し、どうしても集中できなかった。


「どうしたんだよ、最近お前、元気ないな」とタクヤが言った。僕は首を振りながら、「大丈夫だよ」とだけ答えた。本当は「怖いんだ。みんなと同じように笑えなくなるのが、もうすぐこの場所から離れるのが」と伝えたかったのに。


家に帰ると、母が夕飯の支度をしていた。笑顔で「学校はどう?」と聞く声に、僕は嘘をついた。「楽しいよ」と。だけど食卓の端で、父と母がひそひそと話しているのが聞こえた。家の空気はどこか重くて、僕は孤独感に押し潰されそうになった。


そんな日々の中で、僕は少しずつ変わっていった。笑顔を作ることが増えた。友達と冗談を言い合い、授業に積極的に手を挙げる。でも、その裏で「本当の自分」がどんどん遠ざかっていく感覚に苛まれていた。


運動会の日、僕は徒競走で転んでしまった。走ることが嫌いになったわけじゃない。けれど、転んだ瞬間、周りの笑い声が刺さった。「あいつ、まだそんなこともできないのか」と。心が粉々に砕け散った。


夜、一人で枕を握り締めて泣いた。誰にも見せられない弱さ。泣いても泣いても、心の隙間は埋まらなかった。そんな僕に、タクヤはそっと寄り添い、「お前はお前のままでいいんだ」と言ってくれた。その言葉に少しだけ救われた気がした。


卒業式の前日、僕は教室の窓から見える桜を見つめていた。ピンク色の花びらは、優しく揺れていた。明日はもう、ここにはいない。僕はこの場所で、確かに生きていたんだと胸に刻んだ。


「中学でも、頑張ろうな」とタクヤが笑う。僕はうなずいた。まだ不安はあるけれど、未来への小さな一歩を踏み出そうとしていた。


これが小学校生活最後の一年。終わりがあれば、始まりもある。僕の物語はまだ続く。そう信じて、僕は夜空に浮かぶ星を見上げた。

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あの頃、僕はランドセルの檻の中にいた 誰かの何かだったもの @kotamushi

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