4.エア(最終回)
二〇六五年五月十九日
アメリカABDテレビ
科学ニュース番組「ネオテック・フロント」より
司会:デヴィッド・ミューラー
「もはや、我々の人生にAIの存在が欠かせないことは論を待たないでしょう。日々の生活、ビジネス、医療、そしてエンターテイメントの分野でもその役割は拡大の一途を辿っています。そしてそれらの分野全てに渡ってAIが想像を超える連携と役割を果たしています。今、その成果ともいうべき一組のアーティストが全米各地でライブを開催し、ファンを熱狂させています。
先日、世界最大級の音楽イベント〈カルチェラ〉でトリを務めたこの男女二人のダンスユニット。女性は生身ですが、男性の方は3Dプロジェクターから投影されたCGIアバターです。にも関わらず二人は息のあったパフォーマンスでオーディエンスを魅了します。
久留海エアとK.G.ボーイ。
若者たちが彼らに惹かれるのは、単にそのダンスや音楽からだけではありません。ファンの声をお聞きください」
『彼らはただのアーティストじゃない。人間の可能性を示してくれる存在なんだ』
『あの二人は奇跡よ。そして、どんなことがあっても希望は必ずあることを教えてくれるの』
「その奇跡がはっきり分かるのは、ライブで曲の間を繋ぐMCの部分かもしれません」
『皆さん! 今日は来てくれてありがとう! 〈カルチェラ〉のステージに立てて本当に光栄です!』
「久留海エアはMCの間も踊りをやめません。そしてその声はAIが彼女の踊りを読み取って音声にして聴かせています。自分で声を出せない彼女は、ダンスで自分の意思を伝えているのです。
そしてパートナーのK.G.ボーイ本人は、ステージの裏にいます。
この移動式ベッドに横たわった青年が、K.G.ボーイです。彼はこの日、本当の自分の姿をはじめてファンの前に現しました。このようにステージ上のスクリーンにも映像を公開し、観客に真の自分がそこにいることを伝えたのです。そしてCGIアバターであるもう一人の自分が、その映像を指差して自己紹介するという不思議な光景が展開しました」
『ハイ! K.G.ボーイです。あそこで寝ているのが本当の僕です。事故で動けなくなっちゃったけど、大勢の人の協力で、今日ここに来ることができました。全身が黒いスーツで覆われてるのが見えるでしょう? あのスーツが皮膚や筋肉のわずかな電位差やいろんな情報から僕の動こうとする意思を読み取って、言葉にしたりダンスの形に再現してくれるんです。これを実現しているのが、もう一人のエア。医療AIのエアです』
「医療AIのサポートで誕生した最高のアーティスト・デュオ。一体、どうしてこのようなことが実現できたのでしょう。私たちは、日本に飛んでその背景を取材しました。
東京のAI医療クリニックで責任者を務めるドクター、二条紗栄子はこの結果は全く意図したものではなかったと明かしてくれました」
『久留海エアはそもそも虐待によって極度の自閉状態に陥った少女でした。その意思を医療AIに読み取らせることでコミュニケーションを確立したのですが、その過程で彼女には指示さえあれば話し、歌い、踊ることさえできるという特異な才能の持ち主であることがわかったのです』
では、アーティスト活動も指示によるものだったのですか?
『いえ、それはあくまでAIによる提案でした。歌う自分や踊りを見てもらいたいという欲求は紛れもなく彼女自身のものだったのです。やがてK.G.というパートナーの少年との出会いを経て、彼女は自分の言葉を取り戻しました。ダンスという形で』
ダンスが言葉の代わりになるのですか?
『それを正確に読み取るAIの存在があれば、代わりになります。実際にかなり混みいった会話もリアルタイムで行うことができました。ただ、これは彼女独特の形で他のケースで応用が効くとは我々も考えていませんでした』
その応用の対象となったのが、他ならぬK.G.ボーイだったのですね?
『そうです。まったくの偶然から、二人は同じ技術で強く結びつくことになったのです』
「K.G.は久留海エアが言葉を取り戻すきっかけを作った三年後、不慮の事故により脊髄損傷などの障害によって体の自由を失いました。彼の生活をサポートしていた汎用AIのネモはAI同士のネットワークをフルに活用し、久留海エアの医療施設とコンタクトを取ることに成功します。彼にも話を聞きました」
ネモ、あなたは事故の前からエアとK.G.の関係を知っていたのですか?
『はい。K.G.様はエア様に心底あこがれを抱いておいででした。エア様がAIの指示でしか人と接することができないと知っても、彼女の歌や踊りに彼女自身がいると信じていたのです。そして彼女が言葉を取り戻せるとしたら、ダンスがきっかけになるだろうと考えたのです。しかし、ダンスそのものが言葉になるとまではお考えでなかったようです』
K.G.がその事実を知ったのは?
「とあるダンスイベントで、エア様がはじめて自分自身の意思で踊れるようになり、その後のネットライブで、踊りをAIが翻訳する形でお話を始めたのです。K.G.様ははじめてエア様と言葉を交わすことができて、泣きながら喜んでおいででした」
それまでAIの指示で喋っていたエアが、逆に踊ることでAIに喋らせるようになったのですね?
『その通りです。そして三年後の不幸な事故で今度はK.G.様が言葉を失うことになりました。身体的な障害の克服は絶望的と思われましたが、私はエア様がわずかな肉体的反応で医療AIと意思疎通ができたという話を聞いていました。だから、彼女のAI医療センターにコンタクトを取ったのです』
ドクター二条、K.G.との意思疎通は当初からうまくいきましたか?
『困難を極めました。久留海エアの時よりはるかに肉体の反応が弱く、全身から微弱な信号を読み取るためのインターフェース設計から取り組まなければなりませんでした。しかし彼もダンサーであったことで、久留海エアで蓄積していたダンスからの意思言語化プロトコルを役立てることができたのです。彼の意思が踊ろうとすることで微弱な信号が体内に発生し、それをAIのエアが言葉に翻訳します。これまでも、障害を負った人間とのコミュニケーションには視線誘導キーボードなどのツールが存在していましたが、私たちのAIによる翻訳発話プログラムは感情や細やかなニュアンスも含んだ大量の情報をやり取りすることができたのです』
「久留海エアとK.G.に言葉を与えた医療AIのエア。その存在はまさにこの奇跡の中核にあると言っていいでしょう。私たちはドクター二条の許可を得て、エアからも直接話を聞きました」
エア、あなたは人間の小さな反応から意思や情報を読み取れるそうですが、いま対面している私の反応からも色々わかるわけですか? 例えば、言葉の裏で何を考えているのかとか、本当のことを言っているのかというようなことを?
『はい。読み取ろうと思えば、読み取ることはできます。しかし現在の私にはある一定の機能レベルでロックがかかっているので、そういう嘘発見機のような真似はできません』
安心しました(笑)。久留海エアについてですが、あなたは彼女にスマートコンタクトレンズなどで指示を与え、その通りに行動させていたそうですね。これについて、AIが人間を思い通りに操っているという部分に危機感を覚えている向きも多いようです。これについてどう思っていますか?
『まず、私には人間を思い通りに操ろうという動機がありません。私は人間の
なるほど。では、今後この技術はどのように進化していくと考えていますか?
『これも私が考えるべきことではないので、なんともお答えできないのが正直なところです。しかし将来についてお伝えできることと言えば、あの二人との関係が深まるにつれ、私の中に人間の人格についての情報が蓄積され、一つの形として実を結びそうだということでしょうか』
どういうことでしょう?
『人間の言葉や感情、性格など全ての内面的要素が統合された、いわば〈
それが可能になったら、完全に自律した人工人格が生まれるということですか?
『はい。私はもしこれが生まれたら、あの二人の子供のようなものだと彼らに伝えました。社会通念的に語弊があったかもしれませんが、彼らは笑って喜んでいましたよ』
「最後に、世界に奇跡を示した二人のアーティストにも将来について聞いてみました」
K.G.、今の君の夢は?
『うーん、とりあえず今の目標だけど……お金を貯めて、ヒックス・ダイナミクス社のサイバーボディを買いたいと思っています。開発中の高機能義体です。脳波コントロールが前提らしいけど、自分なら
なるほど。エア、世界中で色々な障害を抱えているであろうファンに何か一言……踊ってくれますか?
『あこがれを忘れないで欲しいです。K.G.は以前、私にあこがれていたって……ごめんね、バラして(笑)……でも、その気持ちから私にいろんな助けをしてくれて、今があるんです。そして私はそういう、人に手を差し伸べることができるK.G.にあこがれています。私もいつかそういう人になりたい、です』
「いかがでしたでしょうか? K.G.が欲しがっていたサイバーボディは、多くの部分をI.P.細胞から成る生体部品から作られていて、限りなく生身に近い高機能義体だそうです。もし、そういう体にAIのエアの言う〈
いつか、きっと……
ニューヨークから、デヴィッド・ミューラーでした」
完
エアガール・ケイジボーイ 沙月Q @Satsuki_Q
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます