エピローグ 根に息づく日々

朝の光が、静かに屋敷の庭を照らしていた。

風は優しく、森の木々が揺れ、葉の擦れる音がまるで囁きのように響く。


私は縁側に座っていた。

右腕──義肢となったそれは、もう動かない。

けれど、確かに“ここ”にある。


それは世界と繋がる“呪具”。

魔力の通り道として、いまも根の奥と緩やかに結ばれている。


だけど、不思議と重さはなかった。

痛みも、恐れも、もうない。


 


「ネイア、こっち見て!」


シシマルの声がする。

畑のあいだを、ニャグレム改で器用に跳ねて走っていた。


「はしゃぎすぎだ、シシマル。畝が崩れる」


クロが苦々しげに言いながらも、ちゃんとあとを追っている。

その頭上を、シロがふわりと浮かび、温かな光で苗床を包んでいた。


私は左手で湯気の立つミルクの器を持ち、静かに口をつけた。


「あったかい……」


 


誰もが疲れていた。

そして、確かに戦いは終わった。

でも、世界が完全に癒えたわけではない。

根の深く、いまも世界樹は沈黙のまま呼吸を続けている。


私は時々、右腕に手を添える。

そこから伝わる微かな脈動が、根の奥の“鼓動”を感じさせた。


「……大丈夫。まだ、私は“ネイア”だもの」


 


遠くで、リルが屋敷にやってきた。

彼女は小さな荷を抱え、私たちに微笑む。

敵だった人が、いまはこの世界を守る仲間になっている。


それだけで、何かが報われた気がした。


 


炎も、影も、光も、今は私のそばにある。

だから、私は織っていく。

戦うためではない。守るためでもない。


ただ、日々の穏やかさを織り続けていく。

それが、私にとっての“魔法”。


世界の端で、猫たちと笑いながら過ごす日々。

それこそが、私の選んだ未来。


 


──そして、あの日の決意は、いまも根の中に静かに息づいている。


 


「世界は変わらなくても、私たちは選び続ける」


「何者として、どう生きるかを」


 


右腕にふと手を添え、私はそっと微笑んだ。


「おかえり、ネイア」


猫たちの声が、今日も私のそばにある。

それだけで、私は十分だった。

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魔女と猫の森 自己否定の物語 @2nd2kai

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